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第54話 朝日視点・温もりはここに

「……起きちゃった」


 枕元のスマホを見れば、時計は三時四十五分を示している。

 朝にしては早いし、夜にしては遅い時間。

 

 たまーにあるんすよねぇ、途中で起きちゃうことって。

 あーしは喉が渇いていたのを感じ、体を起こして水を飲みにリビングまでこっそり向かった。


「っく……はぁ」


 寝起きという水分が奪われた身体に、潤いが与えられる。

 ただ水が冷たすぎたからか、動いてしまったからか分からないが少しだけ目が冴えてしまった。

 

 この状態で布団に入っても寝れる気がしないので、リビングのソファにもたれかかり、少しだけぼーっと時間を過ごすことにした。


「居心地……いいっすねぇ」


 宣伝部もいいが、この家は違った心地よさがある。

 なんだろう?


 宣伝部は楽しみはしゃぎながら真剣になれる職場で、

 パイセンの周りは疲れを癒してくれる場所というか。


 心の底から安心できる場所?

 そんな感じっすかね。


「あーしもここに来るまで大変でしたからねぇ……」


 少しだけ思い出を振り返る。


 男なのに女の恰好をしているというのは、周りからしたら少し異質な存在だ。

 実際、両親はそんなあーしを拒絶して追い出したし。

 

 女の子の恰好をして、女の子の振る舞いをして、自由に生きる。

 あーしはそうしたかった。


 ただ、追い出されたら自分の事は自分でやらないといけないし、お金は稼がないといけないので……

 才能さえあればお金を稼げ、荒くれ者も多い探索者界隈にあーしは潜り込み、色々あって宣伝部に入ったわけだ。

 

 始まりから終わりまで無茶苦茶だが、なんとかなってるなぁと……思わず苦笑いする。


 と、後ろの扉がガチャッと音を立てた。


「あれ? 朝日も起きてたのか」


「パイセン? もしかして起こしちゃいました?」


「多分たまたまだろ……んー」


 パイセンは軽くあくびをしながら、水を飲みに冷蔵庫までよたよた歩く。

 気の抜けた姿を見るのは初めてで、いつもとは違うパイセンが少し新鮮に思える。


「朝日はどうしたんだ? ソファに座ってさ」

 

「あはは、少し目が冴えちゃって……眠気が来るまでここにいようかと」


「あー……俺もそうしようかな」


「え?」


 よっこらせ、とパイセンが隣に座る。


 ち、近い……!!


 お風呂とか起きてる間に大胆な事はしたけれども、静かな夜に二人きりというのはパイセンの存在をより深く感じてしまう。

 思わず顔をうつむかせて、黙り込む。

 部屋が真っ暗で、お互いの顔がうっすらとしか見えないのが幸いだろう。 

 

「よっ」


「あ……」


 とか思っていたらパイセンが指先から白い光を出した。

 明るさはそこまでではないが、お互いの姿を確認するには十分。


 おかげで恥ずかしそうなあーしの姿まで見られてしまい……それを見たパイセンはふふっと笑いだした。

 

 こんな所、見られたくなかったのに。

 ずっとパイセンのペースに飲まれてるなぁ……


「き、器用な事できるんすね」


「無属性を練習してたからな。ま、逆に言えばこれくらいしか出来ないんだけど」


「それで十分っすよ……その力で、パイセンはまっしー達を助けたんですよ?」


「……そうだな」


 苦い表情をしながら、ソファへ更にもたれかかるパイセン。

 配信者殺しとの戦いを、あーしはまっしー達から聞いている。

 

 壮絶な戦いだったらしく、パイセンは自らの手で殺人まで行ったと。 

 その事が今もパイセンの心の奥底で苦しめていると。


 まっしー達のおかげで前を向けるようになったらしいけど……

 

「大丈夫っす……パイセンは優しい人だって知ってますから」


 優しくパイセンに抱きつく。

 これで少しでも癒しになれたら……なんて思っていたり。


「あぁ、大丈夫だよ。みんなが支えてくれるからさ……ありがとう」


「えへへ」


 ぽんぽんと頭に手を置かれる。

 パイセンの表情もさっきより和らいだ気がする。

 

 あーしの存在がパイセンの支えになっているというのは凄く嬉しい。

 出会ったばかりだけど、もっと関係を深めていけたらいいな…… 


「そういえば朝日の潜在スキルってなんだ?」


「あぁ……あーしはですね」


 暗い話題から変えるために潜在スキルの話になる。

 あーしは意識を集中させると、周囲の環境を変化させた。


「……?」


 何をしたんだ? と周りを確認するパイセン。


 一見すると何も変化してないように見える。

 が、実はとあるものが消えているのだ。


 あーしのスキルは単純ですから……あ


「っ!?」


 違和感に気づいたらしい。

 色んな物に触れて確認したり、はたまた口を開いて声を出そうとしたり。

 

 だが、それらの”音”は一切聞こえない。

 

 もう十分だろうと思い、あーしは潜在スキルを解除した。


「これが朝日の潜在スキルか……」


「はい。あーしは音が消せるんです」


 あーしの潜在スキル【遮音】

 これは自身の発する音、もしくは周囲の音を完全に消す潜在スキルだ。

 使用方法としてはモンスターの奇襲に使ったり、気配を消して逃走したい時とか。

 

 後は作業に集中したい時とかも周りの音を消している。

 急な呼び出しに対応できないのがネックだけど。


「これは便利だな……魔法の音を消して相手を混乱させるのも良さそう」


「あ、いいっすね。今度試してみましょ♪」


 やっぱりパイセンはダンジョンの話になるとイキイキする。

 まっしーと話してる時もそうだったけど、ダンジョン関連の話題をしている時の元気なパイセンの姿があーしは好きだ。

 

 まるで子供のような無邪気さと探求心があって、見ていて可愛げがあるなぁと思う。 


「ふわぁ……眠気も来たし、そろそろ戻るか」


「はい♪」


 二人きりは初めてだったけど、また話してみたい。

 みんなとワイワイガヤガヤするのも楽しくて好きだけど、こういう落ち着くのもあーしは好きだ。


「……」


「朝日?」


 けど……もう少し思い出がほしい。


「少しだけ……ギュってしてほしいっす」


「あぁ……いいよ」


 あーしが近づくと、そっと抱きしめる。

 パイセンの胸元から響く心臓の音が妙に早く、あーしにドキドキしてくれているんだと実感した。


「温かいっすね……」


 安心する温もり。

 愛する人に触れあえるという事がこんなにも幸せな事だなんて。

 複雑なあーしという存在がパイセンによって受け入れられ、時間を忘れてこの幸せを味わっていく。


「大丈夫か?」


「ん、もういけそうっす」


「ならよかった」


 パイセンとの思い出が増える事を楽しみにしつつ、あーし達は寝室へと戻るのだった。


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