第50話 兄貴がやってきた
「ようやく決まったな!! 後はコラボに備えて準備を……」
と、更に細かい詳細を詰めようとした時だった。
玄関からドアの開く音が聞こえ、全員がそちらの方へと向く。
「相変わらずここはボロいねぇ……やれやれ」
愚痴を呟きながら中へと入る金髪の青年。
目鼻立ちは整っており、背もシュッと真っ直ぐになっており、いわゆるイケメンというカテゴリーに入る人物だろう。
誰だこいつ、と最初は思ったが彼の面影を見た途端、記憶が蘇る。
まさか……。
「兄貴……」
「ん? ああ、やっぱりここに居たのか、無名」
「「「「え!?」」」」
その場にいた全員が固まり、俺達二人を見比べるように視線を動かす。
俺を知っているかのような反応、
嫌味を含んだ言い方、
冷たい視線で見下す態度、
音梨優真。
間違いない。
俺の兄貴で親父に次ぐクソ野郎だ。
「で? ケイゼル実験部隊のエリートが何のようで?」
「笹月千草……僕は無名がここに来たと知らせを受けて様子を見に来ただけさ」
「ほうほう?」
なら見物させてもらおうと、ソファに座るリーダー。
兄貴はケイゼルの実験部隊にいるのか。
当時から性格に難はあれど、その実力は本物だ。
兄貴の潜在スキルは幼い当時からAランクの判定を貰っていた。
今は覚醒してSになっている可能性もあるし、そもそもケイゼル内で特に優秀な者しか入れない実験部隊にいる時点で更に腕をあげたのだろう。
「まさか生きてたとはねぇ。お兄ちゃん嬉しいよ」
「嘘つけ。俺がダンジョンに無理やり置いてかれた事は知ってるだろ?」
「僕も心苦しかったんだよ? 才能がなさすぎて父さんから見捨てられるなんてさ……ふふっ」
笑う所はあったのか? と思う程のわざとらしい嘲笑。
兄貴は自分より劣る人間を見下す傾向にある。
正確に言えば、自分に媚びない弱い人間が大嫌いだ。
生まれた時から恵まれた容姿と才能を持ち、輝かしい成果を出し続けた結果、悪い意味でナルシストになってしまった。
俺が最後に話したのは何年も前だが、相変わらずと言うか悪化しているというか。
思わずため息が出る。
「もしかして、今更音梨家に戻ろうと思ったのかい?」
「は? なんでそうなるんだ?」
「意地を張らなくてもいいじゃないか。無名が強くなったことは知ってる。けど、それでも父さんは許さないと思うよ? 無名の事は”失敗作”って言ってたからね」
嫌味をたっぷり込めて、俺をバカにしながら語り続ける。
なんだ?
さっきから俺に対して言いたい放題言ってくれるじゃないか。
俺が何かしたのだろうか……怒りも多少はあるが、やたらと挑発的な兄の態度も気になる。
「いい加減あがくのはやめろよ。みっともないだろ?」
更に追い打ちをかける兄の姿でようやく分かった。
俺を怒らせたいんだ。
怒らせて反撃を誘う事で、自分に有利な場に持っていこうとしている。
「パパ……」
「真白、抑えろ」
「でもっ……」
言いたい放題の兄貴に周りは勿論、特に真白は手を出そうと前に出たので抱きしめて食い止める。
今、兄貴の思い通りになってはいけない。
カッとなって手でも出せば、そこを突いて更に追い打ちをかけ続けるだろう。
「へぇ、彼女なんていたんだ。こんなヤツでも好きになってくれる人がいるなんて、幸せそうだね?」
「は?」
マズい、れなまで我慢の限界を迎えている。
俺が色々言われる分にはいいが、二人にまで被害が及ぶのは流石に避けたい。
ここは無理やりにでも外へ連れ出して、満足するまで二人きりで話し合うしかないか……
地獄の長話を目前に俺は重い腰をあげ、兄貴に近づこうとしたのだが……
「もうその辺でいいだろう」
「リーダー……?」
ずっと後ろで見守っていたリーダーが立ち上がり、俺より前に出てきた。
「おやおや、何か文句でも? 兄弟同士仲良く話してるだけですよ?」
「兄弟同士の話に茶々を入れに来たのでは無い。ただ、宣伝部の”取引相手”を失望させるような真似はやめていただこう」
「取引相手?」
リーダーの言葉に首を傾げる兄貴。
「宣伝部と彼らオトプロは来週辺りコラボをする予定がある。相手は登録者200万人超えの大人気配信者。そんな大手と関われるなんて、宣伝部としては大きなチャンスだ」
「へぇ、そんな約束をしてたんですね。流石は行動力の塊だ」
「褒めても何も出さないぞ? で、我々にとってオトプロは大事なお客様であり取引相手……そのような相手を不機嫌にさせる等、取引としては最悪の対応ではないか?」
話の筋は通っている。
取引、という堅苦しい関係では無いにしろ、オトプロと宣伝部のコラボは、双方に大きな利益を産むからこそやる意味がある。
特に宣伝部にとっては、自分達よりも知名度の高い俺らとコラボ出来るなど夢のような話。
それを無駄にされるとなると……怒る所の話じゃない。
にも関わらず、兄貴は余裕そうな態度でヘラヘラしてるが。
「これはこれは。そのような約束をしていたとは知らなくて。失礼……」
「謝って済む話ではないぞ?」
「はい?」
流れが変わる。
リーダーの声が一段と低くなり、威圧的な態度で兄貴を捉えた。
「これは宣伝部……いや、ケイゼル全体の知名度やイメージアップに繋がる極めて重要な取引だ。それを外部の嫌味で潰されるとなると……」
リーダーがゆっくり兄貴の方へ迫り続けると、その迫力に押されて兄貴が後ろの方まで追い込まれていく。
そして、ガンッとドアに背が着く所まで移動すると、リーダーは目を細めてガンを飛ばし……
「貴様、社長にどう説明するつもりだ?」
「そ、それは……」
正論を含んだ怒りの前に、兄貴が完全に萎縮していた。
完全に空気が変わっていくのを感じた。
「今、彼らが我々とのコラボを無かったことにしてもおかしくないのだぞ? 私の予想だと最低数十万の数字が動くであろう一大企画を台無しにされたとなれば……分かってるな?」
武器もない
魔法もない
スキルもない
実験部隊というエリート、しかも音梨家の親族を前に、リーダーは隙の殆どない正論と言葉の圧力だけで完全に押し込めた。
これが大人のやり方ってやつか……すげぇ。
「チッ……無名、話はまた今度だ」
「あ、おい……」
逃げやがった……
立場が悪くなった途端、後ろを向いて足早にドアから去っていった。
最後までどうしようもないヤツだ。
「すまないな。上の立場とはいえ、我々の会社の者が不適切な発言をしてしまった」
「いえいえ。元はと言えば、音梨家の親族だった俺がいるせいですから」
「にぃには悪くない!!」
「あれはエリートさんがゴミすぎっすよー……だーから実験部隊は特に嫌いなんすよね」
楽しい空気を悪くしてしまったというのに、宣伝部の人達は気にせず、むしろ俺を庇ってくれた。
今までは兄貴に一方的に言われ続けるだけだった。
けど、今は違う。
「真白もれなもありがとうな。俺の為に怒ってくれて」
「当たり前だよ!! ダーリンを悪く言うなんて許せないもん!!」
「真白も同じ。パパは大丈夫……?」
「俺は大丈夫だよ」
二人をそばに手招きし優しく抱きしめる。
いつの間にか、俺にはこんなに多くの味方が出来たんだなぁ……
本当、皆には感謝でいっぱいだ。
「今回の事は本当に気にしてないので、こちらこそ今度のコラボよろしくお願いします」
「そう言ってくれると助かる……そうだ、次のコラボが終わった後、私の奢りで盛大にパーティをやろう!!」
「おお!!」
その場にいた全員が立ち上がる。
「お気持ちのような物だが、精一杯の謝罪として受け取ってくれ!! はっはっはっ!!」
奢りでパーティというワードに辺りが更に騒がしくなる。この豪快さもまたリーダーが好かれる一因なのだろう。
俺達はパーティを楽しむべく、次のコラボに向けて更に気合を入れるのだった。




