第38話 幸せは増えるもの
「い、一応聞くが……何故、”パパ”なんだ?」
当然の疑問。
名前を呼ばれ、
心の底から信頼し、
甘えた顔でお願いをされる。
いよいよ告白か……
と思っていたが、どうやら違うらしい。
勘違いっていう線も十分あったけどね?
れなと結ばれた経験が、俺を調子に乗らせたらしい。
「心の底から信頼できて、頼りになる大好きな人。そんなの、今までパパしかいなかった」
「父親の事が本当に大好きなんだって、摩耶さんから聞いた」
「ん、真白にとってパパは世界一大好きな人。でも、無名くんのことも世界一大好きになっちゃった」
「真白……それは」
思い違いでもないらしい。
顔を赤らめ、俺の顔に当たるくらい呼吸を荒くさせている。
「”愛してる”なんて言葉じゃ言い表せない。世界一大好きな二人に優劣もつけたくない。だから……”パパ”って呼びたい」
「っ……」
抱きしめる力を強くさせながら、上目遣いで俺をじっと見つめる真白。
真白はれな以上に身長が低く、ちょこんと座ると小動物のような愛らしさがある。
パパか……
真白にとって父親という存在はあまりにも大きい。
俺は真白たちの父親をよく知らないが、真白が心の底から大好きだった事を摩耶さんから聞いている。
その言葉の重みも、今ハッキリ理解した。
「いいよ、パパって呼んで」
「……!!」
茶化しでも冷やかしでもない、真剣な表情。
最初は戸惑ったが、真白にとって”パパ”という呼び方は大事なもの。
真白が大好きな人と同じ呼び方をされるのだ。
真白の事を考えても、受け入れるべきだろう。
「パパっ……!!」
「うわっ!? 急に倒れ込んで……」
「パパ好き……大好き……愛してる……♡」
すりすり頬を擦り付けながら、俺に身体を預ける姿は子犬のようだ。
無意識に頭を優しく撫でれば、「んぅ……」と甲高くあざとい声を出す。
一生このまま愛でていたい……
「アタシもダーリンの事だいすきー!!」
「おおおおうっ!? く、くるし……」
「えへへ♡」
真白に負けじと、れなも飛び込んできた。
二人を支える力は今の俺にはない。
思わず体勢を崩してしまい、背中を地面につけてしまう。
でも、あったかけぇ……
「おっほん!! わらわ達がおることを忘れるなよ……?」
「ふふっ、若者たちが熱々になる場面も悪くないね」
「「「あ……」」」
三人のイチャイチャ空間だったけど、保護者二人がいる事も忘れてた……
気まずそうに見ている摩耶さんと、ニヤニヤ嬉しそうに眺める高宮さん。
これ以上は流石に二人に申し訳ないし、れな達を引き剥がそうと動いたのだが、
「ま、いーや」
「え?」
何故か逆に押し倒された。
「くふふ、ダーリン♡ 皆に見られながら初めてを迎えよ♡」
「おいおいおい!? ここ病院!! 人いる!! TPO!!」
「無名の言う通りじゃ!! 少しは自重せんか!!」
「……ちなみに姉さんはノーパン」
「ふむ、かなり大胆だね?」
「ボソッと嬉しい情報をありがとおおおおお!!」
カオス、非常にカオス。
病院とは思えない騒々しさに飲み込まれる。
ここにいる三人は一応、怪我人なんですけどね。
ちなみにれなは動き回ったせいか、可愛いお尻をチラっと見せていた。
マジでノーパンなんかい。
この騒ぎはしばらく続きそうだなぁと、呆然と考えていたら。
「れなちゃん真白ちゃん大丈夫!? 仕事に追われる間に二人があんな事になるなんて!! 何とか合間を見つけて、飛鳥姉さんがお見舞いに来た、わ……よ……」
「「「……」」」
更に騒がしそうな、知らない人がやってきた。
「やあ飛鳥。大変だっただろう、ゆっくり休みたまえ」
「え? 休む流れなのかしら? まあいいけど……」
「……どなた?」
「八重樫さんだよ、オトプロの社長」
「そして、真白達の親戚で親代わり」
「……oh」
親族じゃん。
親族に淫らな姿を見せちゃったじゃん。
高宮さんや摩耶さんに見られるより、よっぽど気まずいわ。
「まあよく分からないけど……話くらい聞いてもいいわよね?」
「……はい」
俺は迷わず正座をして、これまでの経緯を話し始める。
ちなみに摩耶さんは帰った。
「もうわらわがいる理由はない」とのことらしいが……
改めて礼を言いに行かないとな。
ーーーーーー
「なるほどねえ……お姉さんがいない間にそんな事が……急に詰め寄ったりしてごめんなさいね?」
「いえいえ、親として心配するのは立派だと思います」
目の前に立つ、緑髪のお姉さんは意外と物わかりがよかった。
彼女……八重樫飛鳥さんは夢咲姉妹を幼い頃から育ててきたのだとか。
俺の存在はメールで知っていたらしいが……
知らない男が娘二人とイチャついてる場面、という最悪の初顔合わせ。
そんな状況でも受け入れてくれる辺り、社長として親として懐が大きい人なのだろう。
「あらあら〜♪ 無名くんってば褒めるのが上手いんだからっ!!」
「いってぇ!?」
「飛鳥、彼は怪我人だよ?」
「わああああ!? ご、ごめんなさい!!」
……少し前言撤回。
よりにもよって弾丸が貫通した場所を叩かれた。
回復魔法でだいぶ治ったとはいえ痛い……
「改めまして、お姉さんがオトプロの社長で親代わりの八重樫飛鳥よ」
「音梨無名です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「んー……」
「?」
「んんー……」
「八重樫さん?」
何故、八重樫さんは俺を見ているんだ……?
髪の先から膝まで。
前のめりで色んな所をじーっと見られ、なんだかむず痒い。
そして一通り見終わった後、
「……意外とイケるわね」
「はい?」
「やっぱり!! 飛鳥さんの好みだと思った!!」
好み?
一体何の話をしてるんだ?
って近い近い!?
八重樫さん急に迫って来たな!?
「ふふっ♪ 事務所に入れるなら、好みの子がいいでしょ?」
「クールキュートパッション、全てが揃ってる」
「そんな贅沢な人間なのか、俺は?」
「「そうだよ?」」
悪くは無いが良くもないって感じだと思うが……
そこまで魅力に溢れていたのだろうか?
二人とも、目をキラキラさせて「間違いない!!」って顔してるし……
褒められるのは嬉しいんだけどね?
「……」
「ん? ダーリンにまだ何かあるの?」
「パパについてもっとお話する?」
静かに二人を眺める八重樫さん。
初めは悲しげな目をしていたが、やがて二人の反応を見ると笑顔を取り戻す。
「……ううん、もう十分よ。二人とも幸せだって分かったから」
「うん!!」
「真白は幸せ」
彼女も二人の事が心配で仕方がなかったのだろう。
親を失い、自ら育て見続けてきた立場としては、幸せそうな表情をしてくれる事がどれほど嬉しいことか。
「じゃ、お姉さんはまだお仕事あるから行くわ!! 無名くんにも今後、案件とか振るからよろしくね☆」
「任せてください!」
こうして、社長との初顔合わせは終わった。
日々と言うのは過ぎるのが早い。
二、三日もすれば怪我は治り、退院して
気づけば俺達は、自宅へ帰ることが出来た。




