第37話 再び訪れる日常
「気絶して三時間で起床は早すぎるじゃろ、バケモノか」
「……なんか起きちゃいました」
少し重めな身体をグググっと起こすと、隣で摩耶さんが呆れた表情をしていた。
どうやら病院に運ばれたらしい。
腕には点滴の針が刺さっており、腹部を中心に包帯が巻かれている。
でも痛みはないんだよな……回復魔法ってすげー
「摩耶さんは大丈夫なんですか?」
「わらわを舐めるな。大した怪我はなかったし、なんなら昔の方がもっと過酷じゃったわ」
「流石レジェンド……」
あれ以上を経験するって一体何をしていたのだろうか。
いつか現役時代の話を聞いてみたい。
「後、ありがとうございます。俺達を運んだり、諸々の処理もやってくださったんですよね?」
「気にせんで良い。さすがに事情聴取くらいはあると思うが、悪いようにはならん。二人も無事じゃしな」
「ほんとですか!! あーよかったぁ……」
俺が一番気にしていたことだ。
あれだけの拷問を受けたら、何かしらの後遺症があると思っていたから。
何事もなくて何よりだ。
「お主はゆっくり休め。二人もじき目を覚ます」
「了解です」
摩耶さんが椅子から立ち上がると、部屋を出て行った。
恐らく、二人のところへ行ったのだろう。
扉が閉まるのを確認し、俺は再びベッドに寝転がった。
「殺したんだよな……俺」
モンスターとは違う、とてつもない罪悪感と不安。
人を殺すというのが、どれほど罪深いモノなのか己を持って実感した。
やはりいい気分ではない。
こんな事を”楽しい”とやってのける探索者殺しの気持ちは一ミリも理解できない。
正常な反応が残っている事に、俺は一安心する。
「とりあえず寝て、明日は二人の元へ行こう」
ーーーーーーー
「失礼しまーす……」
「「……っ!!」」
翌日。
二人が入院している部屋に入室すると、涙目の二人が俺を見て固まっていた。
他にも摩耶さんと、高宮さんの姿まで。
「お、もう起きてたのか……やっぱ回復魔法って凄……」
「ダーリンッ……!!」
「無名くん……!!」
「え!? わ、わわわわわ!?」
俺を認識するや否や、ベッドからバッと勢いよく飛び込んできた。
元気すぎるだろ……!?
唐突に飛び込まれて体勢を崩し、尻もちをつきつつ受け止める。
「怖かったよ……痛くて辛くて、すっごく怖かった……!!」
「皆、死んじゃうと思って……不安だった……」
「……無事でよかった」
あれだけの事を味わったんだ。
絶望でいっぱいになるのも無理はない。
むしろ、泣きながら動ける元気があって何よりだ。
少しでも安心させるべく、俺の胸元ですすり泣く二人の頭を優しく撫でる。
「お主らは怪我人じゃぞ!! 大人しく休まんか!!」
「まあまあ。心を休ませてると解釈してください」
「……その様子だと随分泣きつかれたみたいですね」
「ふふっ、甘えてくれる事は嬉しい事だよ?」
服を濡らした高宮さんと摩耶さんの姿から、色々と察する事が出来た。
「それはそうと音梨くんには済まない事をした。良かれと思って調査員へ話を通したが、まさか音梨くんまで入場制限を喰らうとは……」
「全然大丈夫ですよ。制限されたおかげで、罪のない犠牲者を減らせたのですから」
「そう言ってくれるとは……ありがとう」
”神速”で無理やり突破したから、そこまで困ってなかったという事実は伏せておこう。
入口とはいえダンジョン外で魔法使っちゃったしね。
「ダーリンって本当に凄い!! 探索者殺しをみんなやっつけちゃうんだから!!」
「ありがとな……摩耶さんがサポートしてくれたおかげで、なんとか助けられたよ」
「ふふ、実は少しだけ意識が戻った時があって……ダーリンが叫びながら魔法を撃ってたの」
「まじ? なんか恥ずかしいな……」
尻尾をフリフリさせながら、れなが昨日の出来事について語り始める。
叫んでる所って……あの時は無我夢中だったし、必死で何も考えられなかったというか。
カッコ悪い所を見せてしまった気がする。
けど、れなは嬉しそうだ。
「アタシ達を助けたくて必死なんだなって。そんな姿を見て、アタシは安心して目を閉じる事が出来たんだ」
「……怖かったよな。もう少し、早く辿り着けたら」
「謝らないで」
謝罪をしようとする俺の口をれなの指が抑える。
「ダーリンが来てくれた。それだけで凄く嬉しかったよ」
「……ありがとう」
れなをギュッと抱きしめる。
彼女にここまで言われるなんて……彼氏としては幸せすぎる事だ。
お互いに抱きしめ合う中、真白がさりげなく俺の肩に顔をうずめた。
「……無名くんが来てくれて嬉しかった」
「真白……俺の名前を」
「あの姿を見て、無名くんは本当に信頼できる人だって思った。だから……死んで欲しくなかった」
声が震えている。
あの時、真白が必死になって俺に伝えた言葉。
『死なない……で……』
真白が俺を信頼し、心の底から心配してくれた事が俺の心に再び火をつけた。
彼女と、”約束”を絶対守りたいと。
「ちょっと危なかったけど、死なずに帰ってきたぞ」
「ん……ありがとう……」
顔を押し付ける力が強くなる。
同時に腕に身体ごと巻きつかれ、豊満な胸をダイレクトに感じ取った。
うお、すげぇ。
れなもだけど、真白もそこそこあるな……
「あ、真白ちゃんに胸押し付けられて興奮してる」
「……興奮はしてないけど嬉しいです」
「バカ正直ー!! ダーリンって結構ハーレム願望ある感じ? アタシは大歓迎だよ♡」
「真白もOK」
「え、いいの?」
「「うん」」
ハーレムに対して2人はかなりノリノリみたいだ。
美少女姉妹と夢のハーレム。
この字面に惹かれない者はいない。
二人がいいならアリなのでは?
いやいや……流石に色々と問題がありそうだし、ゆっくり考えてからにして……ね?
「これからも、ずっと真白達といてくれる?」
「当たり前だろ? むしろ俺の方からお願いしたいくらいだ」
「……えへへ」
始めて真白の笑顔を見た。
普段からあまり表情を変えないせいか、こういう時に表情を変化させた時のギャップが凄まじい。
(可愛いな……)
心が揺らぐ。
真白を見ていると鼓動が早くなり、体温が上がっていくのを感じる。
「無名くん……」
「ん? なんだ?」
「思いが……溢れてきちゃった……」
「っ……!!」
「だから……言うね」
とろんとした表情で俺を見つめる真白。
まさか……言ってしまうのか。
ゴクッと唾を飲み込み、真白が言うであろう言葉に備えて心の準備をする。
(れなと真白……二人と付き合うのか……)
超素直に俺の気持ちを表すと……
”こんなに可愛い二人と付き合えるなんて幸せすぎる”
一人を全力で愛するべきだ!!
なんて当然のセリフ、俺には吐けませんでしたごめんなさい。
ハーレムに好意的な二人の後押しもある。
しかし、俺に対してようやく心を開き、素直に甘えてくれた真白の姿が完全に俺を傾かせた。
覚悟を決める時が来たらしい。
複数人を愛するなんて、難しいと思うがなるべく寄り添いながら……
「無名くんの事、”パパ”って呼びたい」
「……はい?」
おっと、話が変わって来たぞ?




