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 銀甲の冑には爪痕が刻まれ、頬にも切り傷がある。口の端に血を滲ませて、金の髪も乱れた上にかなり汚れている。

 群れを為して移動する、人獣を討伐隊の騎士かなにかだろう。


 騎士は、モンスターを挑発する魔法道具を取り出して、人狼の気を自分に向けさせようとする。

 しかし、人狼は亜人であり、モンスターではないから、効果はいまいちなのだ。

 ふふふ。素人め……。


 人狼たちは、私より騎士のほうが脅威と感じたのか、ゆっくりとそっちに向かっていく。

 人狼たちの気は私から逸れた。この隙に逃ぐ出すのがセオリーなのだろう。

 だが、私にそんな常識は通用しない。

 助けられるだけなんて女が廃る。私は騎士に治癒と回復、身体力強化を掛けた。


「これは!」


 騎士は感嘆の声を上げると、素人とは思えない太刀捌きで、人狼数体を瞬く間に斬り伏せた。

 人狼は決して弱い相手ではない。群れを為せばその戦力は、数の分だけ倍増されるという。それをこうも簡単に倒したのだ。

 賞賛に当たる実力者だった。

 素人なんて思ってごめんなさい。


「あの……」


「アールグレイ、アールグレイ!」


 騎士が私を見つめ、なにかを言おうとしたときだった。馬車から、母さんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「騎士さま、ありがとうございました。えっ、お仲間が負傷をされておられるのですか? それは大変です! すぐに治療に参りましょう!」


 私は母さんの言葉を振り切って、騎士の手を掴むと走り出した。


「母さんごめん。私、この人たちを救わなきゃ!」


 走りながら振り返り、母さんとセイロンに大きく手を振った。母さんは、尋常ではない慌てぶりだったけど、今は無視をしよう。


「それで? お仲間は?」


 馬車から見えない位置まで移動すると、私は騎士を見上げて問い掛けた。


「あ、こちらです。すいません」


 騎士は朗らかな笑みを浮かべて、木々の生い茂ったほうへ私を誘導しようとする。


「こう見えても、護身術には長けていますからね? 人を捕縛する魔法も心得てますし」


 さすがに少し身の危険を感じて、先に忠告して置く。暴漢の一人や二人や、五人や十人くらい、どうにかできるよう教育されてきたのだ。


「はい?」


 私の懸念など打ち払うように、騎士はぽかーんとした様子で聞き返してきた。


「なんでもありません!」


 変な心配をした自分が恥ずかしくなって、私は騎士に背中を向けた。

 背後から、笑いを零した声が聞こえた。

 私がなにを考えていたか、見抜かれたようだ。


「人狼は広い場所での戦闘を得意としていて、狭いところや、障害物の多いところを苦手とするんです。だから、ここに身を潜めているんですよ」


 騎士は笑いを噛み殺しながら、説明をしてくれたが、笑いを噛み殺せなくなったのか、笑い出した。失礼な男!


「殿下! ご無事でしたか!」


「申し訳御座いません。我々が不甲斐ないばかりに!」


 茂みの中には男が四人、いずれもが負傷を負っていた。私を助けてくれた騎士も、結構な怪我を負っていたけど、この人たちに比べると掠り傷のようなものだ。


 私は茂みを掻き分けて、慌てて四人に近付くと、治癒と回復を掛け回った。


「ふぅ……」


 四人、全員を完治させて一息付くと、四人は私に背中を向けている。

 プライドが傷付いたとか、そんな下らない理由だろうが、さすがにムッときた。


「ちょっと、お礼くらいあっても良いんじゃないんですか? 物やお金を出せとは言いませんが、一言くらい言えますよね?」


 私が声を掛けても、誰一人として礼を言おうとしない。


「レ、レディ。まずは身形を整えて頂いてよろしいか?」


「身形?」


 私は自分の姿を見て、羞恥が込み上げてきて、自分の身体を抱きしめて屈み込んだ。


 ここに来たときに引っ掛かったのか、ドレスの裾が破れて、太腿がさらけ出されている。腕も脇腹も破れて肌が剥き出しになっていて、谷間までも見えてしまいそうになっていた。


「きゃあっ!」


 その私に、誰かがなにかを掛けてくれた。

 男物のマントだ。私はマントに包まって身体を隠した。


「騎士は訓練ばかりで女性と接点が少ないから、目に毒だね」


 私はマントに包まったままで立ち上がると、藪から出るために歩き出した。

 金髪の騎士が、出やすいように藪を切り分けてくれる。


「レディ。感謝します。助かりました」


 藪から出たところで四人の騎士たちが、軽く身体を傾けて礼を言ってきた。 


「いえ。見苦しいものをお見せしてしまいまして。お体は大丈夫ですか?」


 私が問い返すと、四人は確認をし合うように互いに互いを見ると頷いた。


「はい。大丈夫です」


 そして、隊長らしき男が代表していう。

 しかし、おかしなことに、最初に助けてくれた金髪の男は別のようだ。

 四人は纏まっているのに、一人だけ完全に別行動をしている。


 だけど貴族と護衛、そう思ったら納得がいった。しかし、私はこの時、なにかを聞き逃しているような気がしたが、それがなんなのか答えが出なかったから、考えるのをやめた。


「ここから一人で帰れる?」


 他の四人は茂みを抜けたところで待機している。私と金髪の騎士だけになったときに、金髪の騎士が問い掛けてきた。


「ああ、大丈夫です。街道まで行けば、家のものが迎えにくるでしょうから」


「そう。送ってあげたいのは山々なんだけど、僕たちはまだやらなきゃならないことがあるんだ」


「いいですよ。お仕事がんばってください」


 騎士は笑顔を浮かべていうが、なんだか翳りのある笑顔だった。


 そのとき、私は瘴気が広がってくるのを感じた。寒気が背筋を這い上がってくるような悪寒に、私は身を震わせた。

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