第7話「話は変わるが」
アルファ達がクロノスと話していた同時刻。
惑星キョートの隣の惑星『トリットン』にて、ある男がアヤカシと退治していた。
「いざ勝負!!」
「グルゥアァ!!」
相手である狼のような見た目のアヤカシは、男へ良く研がれた刃のような爪を振るう。
どっしりと待ち構える男はそれを紙一重で回避すると、軽く膝でアヤカシの腹を小突いた。
「キャィン……!」
それだけで大きく吹き飛ぶアヤカシ。
「この感じ、レア級ではないな! スーパー級と言ったところか! 並なら今ので消し飛んでいたぞ!!」
男が攻撃した部分には大穴が空いていた。そしてそれを即座に再生させる化け狼。
絶望的な実力差。勝てるわけがない。この怪物からどう逃げ果せようか、アヤカシは考える。
「様子見。かなり慎重じゃないか!!」
「――黙レ……!」
そう、アヤカシには知性があった。
今は格の違う相手に圧倒されているが推定等級はスーパー級。そこらの雑魚とはワケが違う。
本能剥き出しの形をしているだけ。賢しい獣だった。
「俺ハ、オ前ガ、気ニ入ラナイ」
「そうか! ならば掛かって来るといい!!」
「断ル。ココハ身ヲ退コウ!」
「何!?」
アヤカシは飛び上がると黒い光を放ってその場から消え失せた。間髪入れぬ撤退。この男から逃げ遂せるにはそれが最善手だ。
「ワッハッハ! 逃げられるとはなんとも情けないぞ俺!」
逃げられたのにも関わらず清々しいほどに高らかに笑う男。そこに微塵も落胆は無い。
「しかし、それにしても人違い――いや“アヤカシ違い”だったか!」
男は空を見上げる。視線の先には、惑星キョートがあった。
「噂のアヤカシ、か……お前は一体どこにいるんだろうな」
男の名はザ・ワン。人類最強のレジェンド級ヒーローである。
◇
本部長室を後にしたアルファ達は、惑星キョート中心都市『ナカギョー』を歩いていた。とある人物を探すのとパトロールを兼ねる為だ。
「……なんかアレだ。アタシが滅茶苦茶にした街をアタシが歩くって複雑な気分だわ」
「なら自分の仕出かした事をしっかり噛み締めておけ」
アルファがこの星に来た時、それはもうパニックだった。
道路は抉れ、電柱はへし折れ、建物にはヒビが入っていたのだ。おかげで交通機関は完全停止、その日の業務全てに支障をきたした。
だが、パトロールしていたヒーローが通行人を守ったことによって奇跡的に怪我は無かった。
もしその場にヒーローが居なければ、アルファは傷害致死罪か何かで牢屋の中――もしくは処刑されていただろう。ヒーローにすらなれていなかったに違いない。
ある意味、彼女もヒーローによって救われていたということである。
「ん、なんだアレ?」
突然、アルファが一点を見つめて立ち止まった。
「どうした」
何かとテッペーがそっちの方へ視線を向けるとそこには長蛇の列。
その正体は、最近開店したカフェの行列である。
「へぇー余っ程美味いんだろうな」
「――人は話題性のあるモノによく飛び込むのサ」
「ん?」
知らない声が返答してきた。テッペーではない誰かだ。
アルファが声のした方――カフェのテラス席へ振り向くと、そこに座っていたのは赤いスカーフとテンガロンハットが特徴の茶髪金眼の男だった。
「テッペー、誰このイケメン」
「知らねぇよ」
ついでに顔が良かった。
「僕の名前はハートレッド。君達と同じくヒーローなのサ!」
キラリ、と座りながら決めポーズをするカウボーイ。今の一瞬で、動作全てが大袈裟でウザったらしい男のように感じたアルファとテッペー。
だが、幾らウザくとも気になる言動は聞き逃しはしない。普段からサラッとモノを言う何処ぞの本部長を相手にしているのだから。
「おい、なんで俺様達が“ヒーロー”だと分かった?」
テッペーがそう訊くと、ハートレッドはやれやれと言わんばかりに答えた。
「“人は話題性のあるモノによく飛び込む”と言ったばかりじゃないカ。ヘアンの英雄クン?」
「「ヘアンの英雄?」」
聞いた事のない2つ名を口にするハートレッド。それに“話題性”と言った。街を破壊したアルファは兎も角、テッペーも話題になるなんて一体どういう事だろうか。
ハートレッドは少し考え、2人に分かり易く伝えた。
「ハァ、本当に何も知らないみたいだネ……そうだな、巨大採掘場の一件の事ダヨ」
「「巨大採掘場? ……あぁアレか」」
2人はすぐに気付くが反応は薄い。全員の認識として巨大採掘場と言えば間違いなく『ヘアン』だ。恐らくハートレッドの言う『“ヘアン”の英雄』とはここから来ているのだろうと。
そしてそこはアルファにとって初任務を行なった場所でもあった。
約100体のノーマル級アヤカシの討伐。加えてそれを指揮していたレア級アヤカシの捕獲。
観光名所でもあったあの場所の平和を取り戻した英雄として、彼らは知らず知らずの内に讃えられていたのだ。
「アレそんなに有名になってたのか」
「知らないとかじゃなくてマジで興味無いんだネ……」
テッペーはハートレッドの話に納得する。だが、彼にはまだ気になることがあった。
「お前、パトロール中じゃないのか」
「いや、人を待っていたのサ」
「へぇ、誰を?」
ハートレッドはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、席を立った。どうやら決めポーズをするつもりのようだ。
彼は髪をかきあげて、その高い身長でテッペーを見下ろしながら答える。
「君達をサ」