第5話「帰るまでが任務」
アルファの武装『ウルトアーマー』はとにかく重かった。
人工筋肉による身体強化がなければ着用者は立つことすらままならないほどに。
「助けてくれ」
倒れたアルファは、テッペーを呼ぶ。
「なんだもうバテたのか?」
「電源が切れたんだよ。300キロあるから超重いんだコレ」
「そんなに重いなら脱げばいい」
血塗れの刀を下方へ振り払うテッペー。業物であろうそれは血を一滴も残さず滑り落とすと、見事な光沢と刃紋を見せる。当然、刃こぼれなど少しもなかった。
「馬鹿! んな事したら死ぬだろうが! 凍ってるけど一応上にあるのアヤカシだぞ!」
「ああそうだったな」
そう言って彼は納刀すると携帯電話を取り出して、それを操作しながらアルファを担ぎ上げた。
「重っ」
「頑張れよ」
「うるせえよ」
ウルトアーマーは電源が切れる直前にフィルターごと閉鎖されるので、着用者は放射線を完全に防ぐ代わりに外部から酸素を取り込む事が出来ない。
では何故アルファは普通に会話出来ているのか。
それは小型酸素ボンベがスーツに埋め込まれているからなのと、電源が切れた際、意思疎通が不可となる事故を防ぐ為にマイクとスピーカーはスーツとは別電源になっているからだ。
以上により、最大で1時間だけスーツの電源無しでも活動出来るようになっている。
「暇」
「運んでやってるんだから我慢しろ」
「そうだ、質問いいか?」
「……なんだ」
彼女はテッペーにふと思った事を口にする。
「お前なんで生身で戦えるんだ?」
今更ではあるものの確かに謎であった。
彼は恰も“自分もスーツ着てますよ感”を出しながら普通に戦闘していたが、実際は何の変哲もない普通の着物を着ているだけだ。
スーツによる強化がされたアルファに匹敵する身体能力もそう。そもそも大体、人間はどれだけ鍛えても数メートル先まで飛ぶ斬撃なんて放てない。
彼を普通の人間という枠組みで考えるには、大分無理がある。
「今だってお前は300キロあるスーツを着たアタシを生身のまま運んで「訊くな」
一言。彼はそれ以上何も言わなかった。答えるつもりがないのだろう。
「そっか」
するとアルファも短くそう返す。無理に言いたくないなら、そっとしておくのがベストだと思ったからだ。
正直な話、正体なんてどうでもいい。気になっただけで、そこに裏も表もない。
「じゃあ、刀については?」
ならばと、テッペーの背負う刀について訊く。
漆黒の鞘、藤の柄巻、格子状の鍔、血が固着しない滑らかな刀身。
扱う本人の技量も相当なモノではあるが、ノーマル級とはいえアヤカシを千切りに出来てしまうこの刀も有象無象ではないだろう。
「『村正』だ」
「へぇ。作者は?」
「センジ」
良い刀を打つ職人だ。いつか世話になるかもしれない、とアルファは“センジ”という名前を忘れないように記憶したのだった。
◇
「よし、結構離れたぞ。この辺りでいいだろ」
「お、感謝感謝」
巨大氷像から数キロ離れた場所で下ろされたアルファは、左手で何やら意味不明なハンドサインを数回行なった。
その次の瞬間、
「ぷはぁ! やっと軽くなった!!」
「!!」
左手の篭手だけを残して、さっきまで着ていたスーツが綺麗に消え去った。まるで手品のように。
「なんだ今の」
「ん? ああ、瞬間移動ってヤツだよ」
実は、彼女が左手に着けている銀の篭手――『ウルトガントレット』は瞬間移動装置なのだ。
つまり、直前にしていた謎のハンドサインは、発動する為のコマンドだったのである。
「で、お前のスーツは一体どこにいったんだ」
「本部長の爺さんが、アタシに気ぃ利かせて充電室用意してくれたからそこに送っておいた」
「そうなのか」
やっと超重量から解放されたアルファは大きく伸びると深呼吸する。
「言い忘れてたがお前を運んでる時に、俺様からSSSに拘束したアヤカシの片付けを頼んでおいた。態々戻る必要は無ぇ」
「分かった、じゃあ帰ろう」
この日以来、巨大採掘場『ヘアン』の入口にはアルファとテッペーの2人を讃える為、凍ったアヤカシを模した像が建てられたという。
――任務完了。
ウルトアーマー:銀色の鎧型スーツ。重さは300キロ。
ダイヤニウムが大部分を構成するので、耐久力はかなり高い。大抵の攻撃から着用者を守る。しかし強力な衝撃の無効化は出来ない。
高性能AI『アダム』と遠隔通信する事で、着用者のバイタルを安定化させる。普段はフィルターを通して外部から酸素供給するが、電源が切れた時に完全閉鎖する。そのままだと呼吸が出来ないので1時間だけ使用出来る酸素ボンベを常備している。
密閉力がかなり高いのであらゆる熱、放射線、病原体を遮断する。電源が切れてもここだけは変わらない。
肉食動物を参考にした人工筋肉で身体能力の強化。瞬発力が特に高い。
フルパワーでの活動時間は1時間ジャスト。強酸性に弱いという弱点がある。
サイズ変更可能。
ウルトガントレット:銀色の篭手。左手用。
瞬間移動装置。誤作動を防ぐ為に、独自のハンドサインを複数行う事で発動。
ウルトアーマーと連結することで同じ機能を使える。