第七話 そろそろ帰り支度を始めましょう
「あいつら――ロドニー・ヘンシャルを中心に、兄レズリー・ヘンシャルを逮捕しようと企ててるらしい。兄を追い落として、あいつが新しい領主になろうと……逮捕理由はめちゃめちゃあるんだってさ。別に罪をでっち上げるとかじゃなく、兄の評判と素行が普通に悪すぎる」
手すりにもたれてロドニー・ヘンシャルを見ながら、ララが言った。
「領民たちによる反乱ということか」
「そういうこと。ここに来て数日の俺たちでも、いまの侯爵の悪評はたくさん聞いたぐらいだからな。ヘンシャル領の住人達からすれば、あいつが次の領主なんてとんでもないって感じでさ。実を言うと、マリアにこの娼館を買い与えた男は、この密談のための場所が欲しくて――情婦にやらせてる店ってのは割と定番だよな」
なるほど、とチャールズも伯爵も頷く。
マリアが引き当てたのは単なる大富豪ではなく、需要と供給が一致する相手だったわけだ。
……相変わらず、なんという強運。それをしっかりと自分のものにしてしまうのだから、本当に恐ろしい。
「だいぶ若いな。先代ヘンシャル侯爵は俺の父と同世代だろう?ロドニー・ヘンシャルって、俺より年下じゃないか?」
チャールズの父親は三度結婚をしており、世間一般の感覚で言えば、かなり遅くに生まれた子どもである。そのチャールズより、ロドニー・ヘンシャルは若く見える……。
「兄のレズリーが三十歳だったか……。父親のクリフォード・ヘンシャル候が、そもそも四十歳で結婚しています。妻は当時十五歳……それだけの年齢差があっては、夫に我が子を取り上げられても言いなりになるしかなかったのも無理はないのかもしれません」
伯爵が事前に調べておいた情報を語り、ララが話を引き継いだ。
「俺もその相談話についてマリアから聞いてたんだけど、侯爵としては本当に親切のつもりで子どもを義姉に育てさせようとしたっぽいぞ。若くして自分みたいなおっさんに嫁ぐことになって、子ども生まされて、しばらく寝たきりの状態になっちまって……せめてゆっくり休めるようにと思って、義姉に子どもを任せたんだってさ。その判断を嫁さんに一言も相談せず、全部自分で勝手に決めたってのが大問題なんだけどさ」
最後の一文がなければ、侯爵なりに妻を気遣った美談……だったのかもしれない。
うーん、と微妙な反応をするチャールズに対し、伯爵はヘンシャル侯爵に賛同しかねるようだ。
「レズリーが生まれる少し前。クリフォード・ヘンシャルの姉ブリアナは、船の事故で夫と息子を失っている。亡くなった息子の名前はレズリー」
「それ、は……」
「絶望の淵にいる姉の慰めになれば、と思って我が子を渡したのでしょう。それで、よかれと思って名前まで亡くなった甥のものを」
それはさすがに色々とやらかしているな、とチャールズでも思わずにはいられなかった。
「そりゃ、嫁さんも自分の居場所なんかないと思って出て行くよな」
「……出て行くな」
ララの言葉に同意しながら、もしかして、と気付く。
「二人目を身ごもったから、次の子は奪われたくないと思ったとか……?」
「その可能性は高いよな。年上で逆らえるはずもないと夫の言いなりになってたけど、子どもができて、いつまでもメソメソしてる場合じゃないと吹っ切れた」
ヘンシャル家についてお喋りをしている間に、紳士たちの密談は終わったらしい。
ロドニー・ヘンシャルは兄を追い落とす企てを話し合っていたとは思えない朗らかな様子で仲間たちに別れを告げ、マリアの頬にキスをして店を出て行く。
残った紳士たちも……店の女を買ったり、酒をもう一杯だけ飲んで帰って行ったり。もてなしが終わったマリアが、チャールズたちのいる階上へとやって来た。
「起きていらっしゃったんですね。騒がしかったですか?」
いや、と伯爵が首を振る。
「君がヘンシャル領をすぐに出なかった理由はこれか?」
そんなところです、と涼しい笑顔で答えるマリアに、チャールズは呆れ気味だ。
「領主への反乱を手伝ってるのか――子どもの勘は侮れないな……」
ある意味、クリスティアンの心配していた通りになっているわけだ。心外ですわ、とマリアはわざとらしく拗ねてみせる。
「手伝ってるなんて言い方。おおいに後押ししているだけです」
「より悪いじゃないか」
チャールズがツッこみ、ララは苦笑いする。伯爵はまったく動じることもなく、やはりマリアはどこへ行っても変わらないな、と一人納得していた。
「お話がまとまって、明日、ロドニー様たちはヘンシャル邸に乗り込むそうです。この日のために周到に計画していらっしゃったようなので、余所者の私たちは知らぬ顔で関わらないほうが、彼らのためになることでしょう」
マリアは彼らの計画を把握しているらしい。
今日……日付が変わったので、昨日ヘンシャル領に到着したばかりでほとんど何も知らない自分たちができることはない。悩む余地もなく、傍観者に徹する以外選択肢はないだろう。
「私はロドニー様にお呼ばれしておりますの。彼は私がオルディス公爵であることを存じておりますから、兄の不敬を謝罪しておられましたわ。すべてが終わった後、改めて罪を償わせてほしいと」
夜の賑やかさに比べれば朝は静かなもので、店の娼婦たちも就寝となり、起きているのはマリアたちだけ。
マリアはほとんど寝ていないだろうに、元気なものだ……あくびをしながら、彼女のタフさにチャールズは感心する。よくやるよな、とララも相槌を打った。
ロドニーたちが動き出したのは昼前。
ヘンシャル邸を見張っていたノアが娼館へと戻ってきて、動きがありました、と報告する。とうに身支度を終えていたマリアと伯爵は優雅なアフタヌーンティーをすぐに切り上げ、ヘンシャル邸へ向かった。
領主の屋敷は傍目には大きな変化はなく、昨日チャールズが訪ねた時と同じだった。
ただ……屋敷の中は、やはり雰囲気が違った。まず、屋敷の人間が少ない――半分はロドニー・ヘンシャルの協力者で、半分は事情を知らないらしい。事情を知らない者たちは、自分たちの身の振り方に困惑しているようだ。
「オルディス公爵、お待ちしておりました。いま、貴女をお呼びするよう申し付かったところで――ヘンシャル侯爵は奥におられます。どうぞこちらへ」
屋敷の執事長が、マリアを見て恭しく頭を下げる。この執事長は、チャールズがここを訪ねた時に案内してくれた男だ。
この男も、ロドニーたちの企てに加わっていたのか……。