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第六話 その夜の出来事


「マリアがこの店のオーナーとなった経緯は分かった。しかし、理解できぬことがひとつ」


ララの話を聞き終え、ホールデン伯爵が言った。


「目的はとうに達成したというのに、なぜマリアはいまもヘンシャル領を出ていない?経営者ごっこをしたがるタイプでもあるまい。ましてや、子どもたちやオフェリアが自分の帰りを待っているというのに」


たしかにそうだ、とチャールズも同意する。


娼館の経営など、寂しがっている子どもたちを放ってまでマリアがやりたがるようなことでもないはず。

この店を買い取るまでは、売り言葉に買い言葉……というか、マリアの負けず嫌いが発動してしまったせいだとしても、もうここに留まる理由はないだろうに……。


だが伯爵はそのことについて詮索するつもりはないらしく、立ち上がってララに声をかけた。


「少し出てくる。その間、レミントン公爵を頼む。公爵、一時間ほどで戻りますので、ララたちと共にここでお待ちください。少なくとも、この店は安全そうですので」

「あ、ああ……それはいいが、一体どこへ」


チャールズに質問する余裕も与えず、伯爵は従者のノアを伴って、さっさと部屋を出て行ってしまった。

伯爵はどこへ行ってしまったのか――ララが用意してくれた茶を飲みながら大人しく待つしかないチャールズがそんなことを考えていると、本当に一時間で帰ってきた。

……その手に、娼館イデアルの権利書を持って。


「この娼館はついいましがた、私に権利が移った――もちろん、君の経営の邪魔をするつもりはない。聞けば、この店をここまで盛り上げたのは君の手腕だそうではないか。そのような素晴らしいオーナーには、これからも存分にその腕を振るってもらわなくては」


権利書を見せつけながらそう話す伯爵を、マリアは恨みがましそうに睨む。


「……旦那様のいけず」


なんだかよく分からない悪口を言っているが、伯爵はまったく気分を害した様子もなく、こうなるのは当然だろうと言わんばかりの口調で開き直った。


「娼館が欲しいのなら、私にねだるべきだ。君のためならば店のひとつやふたつ、喜んで買い取ってプレゼントするというのに」

「旦那様だと、ひとつやふたつどころか百や二百買い取って来そうなので、とても頼む気になれません」


ぷい、とわざとらしく拗ねるマリアを抱き寄せ、機嫌を直してくれ、と聞き分けのない幼子をあやすようにマリアの機嫌を取る。

マリアも、夫に甘やかされてまんざらでもないようだった。


「……もう、旦那様ったら。こうなることが分かっていましたから、早々にお引き取りいただきたかったのに」


マリアはため息を吐き……すぐにいつもの笑顔に戻って、改めて伯爵やチャールズと向き合う。


「私を探しに、わざわざヘンシャル領にまで来てくださってありがとうございます。私も、そろそろ子どもたちのもとへ帰らなくては……と思っていた頃でしたの。でも今日はもう、みなさんもお疲れでしょう。詳しいお話はまた明日。お部屋を用意しておりますから、どうぞお休みくださいな」


マリアがララに振り返ると、ララはチャールズと伯爵を部屋へと案内し始めた。

自分たちが来た時には、どうせこの店で一晩休むことになるだろうということは予想して、ちゃんと客室の用意をしてくれていたらしい。


正直、その気遣いはありがたい。チャールズは外国から海を渡ってエンジェリクに戻ってきたばかりで、休む間もなくヘンシャル領へ来たところ。

まだ夜は始まったばかりだが、部屋に着くなり寝台に横になると、抗いがたい睡魔に負けてしまった。




チャールズが目を覚ましたのは夜も更けた頃。

マオが、眠っていたチャールズを起こした。


重い頭を持ち上げてマオを振り返ってみると、静かに、とジェスチャーでマオが伝えてくる。マオが部屋の出入り口に近づき、こっちへ、と手招きした。

パチパチと目を瞬かせた後、チャールズは寝台から立ち上がり、マオについて部屋を出た。


チャールズや伯爵に与えられた客室は二階にあり、長い廊下を進むと、玄関ホールに面する大階段に出た。

ホールは客と娼婦たちの歓談の場にもなっているようで、営業時間のいまはにぎやかな声が聞こえてくる。


大階段には伯爵がいて、ホールで楽しげに語り合う客たちを眺めていた。その手に、さりげなく酒の入ったゴブレットを持って。


「レミントン公爵もいらっしゃいましたか――ノア、公爵にも酒を」


ノアが渡してくる杯に困惑するチャールズに、受け取るべきです、と伯爵が忠告する。


「ただの客を装ったほうがいい。彼ら、どうやらかなり危うい話をしているようで、歓談しているふりをして絶えず周囲をうかがっています」


ホールでは大勢の紳士たちが楽しそうにお喋りをしているのだが、その片隅で長椅子に腰かけて寛いだ様子の一団に、伯爵が視線をやった。ごく自然な動作で……意図的に眺めていることに気付かれないよう、細心の注意を払いながら。


一団の一番若い青年のそばにマリアがいて、彼らをもてなしているようだ。

……帽子を深々とかぶっているのではっきりと見ることはできないが、青年の顔には見覚えがあるような。


「あいつはロドニー・ヘンシャル。先代のヘンシャル侯爵の息子で、いまのヘンシャル侯爵の弟らしいぜ」


いつの間にか自分たちの近くに来ていたララが、チャールズの疑問に答えるように説明する。

伯爵は二階の手すりに優雅な仕草でもたれかかりながら、一口、酒を飲んだ。


「……弟がいたのか。それは盲点だったな」

「弟キャラは、マリア様の守備範囲ですね」


伯爵の呟きに、すかさずノアがつっこむ。

ノアなりの冗談なのか……自分は笑うべきなのか……チャールズは、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


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