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第四話 女合戦で勝てるはずがない


マリアがオーナーをやっているらしい娼館は、町の端の、そういう店が集まった区画にあった。


こういった遊び場に不慣れなチャールズは、少しソワソワとしながら伯爵のあとをついて歩いていた。ノアやマオ、ホールデン伯爵はまったく動じる様子もなく、真っ直ぐに娼館イデアルを目指している。

……伯爵がついて来てくれてよかった、と。チャールズは密かに胸を撫で下ろしていた。


「ここのようです――ふむ。マリア好みの外装だな」


建物を見上げ、伯爵がぽつりと呟く。

イデアルという娼館は、チャールズが想像してたよりずっと上品で、ここが娼館だと教えられていなければ、そうだとは気付かなかっただろう。


伯爵が先に入り、チャールズも続く。

店の中も、外装同様高級感があり、落ち着いた雰囲気となっていた。ここが貴族向けのサロンだと言われても素直に頷いてしまいそうだ。


店の女性たちも……さすがにそれなりに露出の多い衣装ではあるが、下品にならない程度のドレスで、所作も社交界で通用しそうなほど美しい。

……店に入ってきたホールデン伯爵やチャールズを見上げて美しく微笑む様は、マリアの仕草そっくりだ。


「まあ。初めてのお客様ですわね。初めてのお客様は、まずオーナーがお会いすることになっておりますの」


出迎えた女性のエンジェリク語も、上流階級の発音のそれだ。エンジェリクでは、発音で生まれ育ちの差がはっきり出る――教育を受けていない庶民と貴族ではまったく違う。

何もかも予想外でチャールズが目を丸くしている間に、女性の一人が奥へ向かい、オーナーを呼びに行った。


ほどなくして、玄関ホールに面する大階段から、女性が一人降りてくる。

もちろん……この店のオーナーにして、チャールズたちが探していた件の相手――マリアだ。


マリアはチャールズや伯爵を見ても顔色一つ変えることなく、にっこり微笑む。


「……当店は、一見さんお断りですの」

「は?」


チャールズが呆気に取られているのも構わず、マリアは階下に視線をやった。


「お客様がお帰りよ――ララ、お見送りをよろしく」


へいへい、とやる気のない返事をしながら姿を現したのは、特徴的な赤毛の男。マリアの従者ララ――そう言えば、彼もマリアに同行していたのだから、マリアが帰ってこないということは彼もずっとヘンシャル領にいたわけだ。


他人のふりを決め込むマリアと違い、ララは呆れたようにため息を吐き、よ、と親しげに挨拶してきた。


「マリアを迎えに来たんだろ?悪いな。せっかく来てくれたのに――あいつ、まだ帰るつもりはないみたいでさ。詳しいこと聞きたいだろうけど、とりあえず部屋移ろうぜ。まだ開店前だから、女たちは身支度で忙しいんだよ。いつまでもここにいると邪魔になる。それに、マリアの身分含め、こっちの事情をあの子たちは何も知らねーんだ」


ララに案内され、男たちは店の一室で話をすることになった。


部屋には簡素なベッド、テーブルと椅子があり、ララに割り当てられた休憩室なのだと教えられた。

……そもそも、どうしてこんなところに。


「あのアホボン領主から、どこまで話聞いてる?」

「マリアを娼館送りにしたことまで。本当なのか?あのマリアが、あんな男に大人しく従うとはとても思えないんだが」


我ながら散々な言いようだとは思うが、いままでのことを思い返すと疑問に感じるのも当然だろう。

あんな中身のない身の程知らず、マリアならきゅっとひねって終わりだ。なんで大人しく言いなりになって、いまだに娼館なんかに。


「……なんか面白そうだから、だってさ。と言っても、最初は本気で娼婦やるつもりはあいつもなかったと思うんだけど……まあ……成り行きっていうか、売り言葉に買い言葉っていうか……いや、あれはあいつが一方的にケンカ吹っ掛けただけか?」


その時のことを思い返し、首を傾げてララは何やらぶつぶつ呟いている。


とりあえず最初から説明を、と伯爵が口を挟み、ララは順を追って話し始めた――最初は、あのヘンシャル領主の一人芝居の後に馬車に乗せられ、娼館へ向かったところから。

店に到着すると、店の用心棒に乱暴に玄関ホールへ連れ込まれたマリアは、その店の女店主と対面した……。




「フン。こいつが傾国の魔女だって?お貴族様らしく綺麗な顔をしてはいるが、年増じゃないか」


女店主もかなりの年齢である。恐らくは、彼女も娼婦あがり。

だからこそ、すでに若さという武器を失っているマリアを見て、娼婦としての価値も低いと見なしたのだろう。年増なのは事実なので、マリアは女店主の物言いも気にすることなく、ホールに座り込んだままじっと見上げている。


「まあ、いいさ。貴族って肩書きさえあれば、それだけでヤりたがる物好きは大勢いるだろうからね。領主様のお望み通り、安い料金で、いままで相手にしたこともないような底辺の男たちに奉仕してやるといい。あんたのようなお上品な女がどこまで耐えられるか、見ものだねえ」


マリアの顔をつかんで品定めしていた女店主の手を、マリアがバシッと叩いて振り払う。

生意気な反抗に女店主は一瞬だけマリアを睨んだが、じろりと睨み返され、思わず後退って怯んだ。


「私を安売りする気?私の寝所に入りたくて、大国の王すら私にかしずくというのに?その私を?最初から、安売りですって?」


マリアが怒鳴っているわけでもないのに、怒気を孕んだ声におされ、女店主がじりじりと後退っていく。

すっとマリアが立ち上がると、女店主は小さな悲鳴を上げた。


「あなた、言動から察するに、この店のオーナーでしょう?商売人の端くれでしょう?それなのに……商品の価値も売り方も分かってないの?商売の才能ないわ、さっさと止めなさいよ、目障りな女ね」


これは完全にマリアのペースだな、と玄関の片隅で傍観していたララは思った。


自分もマリアにこっそりついてきて侵入していたのだが……もう女店主はマリアの存在感に圧倒され、ララのことなど目に入ってもいないだろう。

ララは隠れる緊張感などさっさと放り出して、マリアがどう話をしめるのか待つことにした。


「商売の才能のない人間に取り扱われるなんて御免よ。あなたごときが、私を使おうだなんて百年早い」


スタスタと玄関に近付き、マリアは傘立てから乱暴に日傘を一本取り出す。マリアは女店主に振り返って言った。


「客なら自分で選んでくるわ。あなたの手腕なんか必要ない――この店に、あなたも必要ない。一週間でこんなボロ店買い取ってあげるから、あなたは次の仕事でも探しておきなさい」


日傘を振り回し、マリアは娼館を出た。

……ものすごく堂々と、正面から出て行った。女店主は恐らくそれを止めなくてはならない立場にあっただろうに、ポカンと口を開けたまま、しばらくその事実に気付かないでいた。


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