第一話 魔女にとっては割と日常
年末年始のテンションで書く短期連載……の予定。
五話もあれば完結するはずです。はずです(強調)。
時系列は「悪名伝」編第五部、第六部の間ぐらい。
「マリア・オルディス――偉大なるエンジェリクの王を堕落させた魔女め!貴様の狙いなど分かっているぞ!淫蕩な貴様の正体を、この私が見抜けないとでも思ったのか!」
いったいこれは何の茶番が始まったのか、と。
応接室の長椅子に座るマリアは、自己陶酔した様子で一人芝居を続ける男を冷ややかに見ていた。
場所はエンジェリク王国ヘンシャル領。
先代領主クリフォード・ヘンシャル侯爵が亡くなったと聞き、マリア・オルディスはその追悼のためにヘンシャル領へやって来たところであった。
ヘンシャル邸の家人に案内されて通された応接室で、現領主の到着を待っていたら……現領主レズリーが部屋に入ってくるなり訳の分からないことを言い出した。
……父親が亡くなったショックで、ちょっとアレな感じになっちゃったのかしら、なんて考えてみたり。
「ついにこのヘンシャル領主まで毒牙にかけようと企んでいるようだが、浅はかだったな!足を踏み入れたが運の尽き――兵士たちよ、この女を、この女に相応しい場所へ連行しろ!」
「あらあら」
ガシャガシャとわざとらしくてうるさいぐらいの金属音を鳴らし、武装した屈強な男たちがマリアの腕をつかむ。屈強な男たちが遠慮なく腕を握るものだから、さすがにちょっと痛い。
そんな状況でも、マリアはどこか他人事のように兵士たちに連行されていった。
――大人しくついて行くから、腕をつかむのはやめてくれないかしら。痛いんだけど。
とりあえず抗議だけはしてみたが、兵士たちは顔をすっぽりと覆う甲冑を被っており、マリアを一瞥することもなかった。
「ハーッハッハッハッハッ!魔女も、得意の色仕掛けが通じなければただの女よ!安心しろ、これから向かう先にも男は大勢いるぞ!男狂いの貴様ならば、泣いて喜ぶことだろう!娼館だ――好きなだけ男を咥え込めるぞ!本望だろう!ハーッハッハッハッハッ!」
高笑いがうるさくて途中の音声がちょっと聞きづらかったが、自分の耳が正しければ……この男はいま、娼館、と言ったような。
魔女と揶揄され、傾国の称号を与えられたマリアを、娼館に。
……どう考えても無双フラグにしか感じられないのだが、正気なのだろうか。
「おまえなー。なんで大人しく捕まってんだよ」
ガタゴトと揺れる粗末な馬車の中。物々しく連行された割にはポイっと放り込まれただけで特に拘束されることもなく、マリアは一人馬車に揺られていた。
そんな馬車の天井から、従者のララがひょいっと顔を出す。
ララは馬車の上に乗っているのだろう。そこから中を覗き込んでいるので、マリアから見ると顔が逆さだ。
「ちゃんとついて来てたのね。なかなか姿を現さないから、あなたはついて来てないんじゃないかってちょっと心配になってたのよ」
「悪い。あまりにも警備が雑なもんだから、なんかの罠かと思って」
マリアが連行された際、従者のララも一緒に連行され、引き離されてしまったのだが……自分を連行する兵士は隙だらけであっさりやられてしまうし、マリアを乗せた馬車もろくな監視がなく、ララは悠々自適に馬車の上に乗り込んでしばらく様子を見ていた――無駄に深読みして、無駄な時間を使ってしまった……。
「あんなやつ、あの場でペチャンコにしてやりゃ良かったじゃん。お得意の毒舌はどうした。言われっぱなしになって」
「言われっぱなしになるつもりはなかったんだけど、どんなオチがつくのか気になって、つい黙って見守っちゃったわ」
突然の茶番に呆気に取られたのもあるが、どういう方向に進むのか、思わず興味を持ってしまって。
別にいつでもどうにでもできる相手だしいいか、ととりあえず相手の言いたいことを言わせてみた。
予想よりだいぶ斜め下の方向だが、なかなか面白い展開にはなったと思う。
「――娼館ですって。魔女と言われた私を連れて行くぐらいなんだから、きっと一筋縄ではいかないようなすごいお店よ。どんなお店なのか、ワクワクしちゃうわね」
マリアは自分のためにあの男がどんな娼館を用意したのか期待しているようだが、ララは顔をしかめた。
「この様子だと、大した店じゃないんじゃないか?なんも考えてなさそうだぞ、あの男……」
場所は変わり、エンジェリク王国の港にて。
船から降りたチャールズは、真っ直ぐに自分に向かって駆けて来る金髪の少年を、満面の笑みで抱き上げた。
「ジンラン!」
「久しぶりだな、リチャード。出迎えに来てくれたのか」
チャールズという名前に戻って長くなったが、少年リチャードは相変わらず、チャールズのことをジンランと呼ぶ。
チャールズにとっても馴染み深い名前となったから、いまさら改めさせるつもりもなかった。
「……今回はマリアじゃないのか」
てっきり、母親のマリアと共に自分の出迎えに来てくれたのかと思ったのだが、同行するのは別の人間だ。
女ですらない。
リチャードのおじであり、エンジェリクの国王ヒューバート。
どうやらお忍びで来ているらしく、王は白金の髪を隠すフード付きのマントを着こんでいた。
「務め、ご苦労――エンジェリクに帰ってきたばかりで申し訳ないんだが、君にすぐ向かってほしい場所があってね」
「俺に?」
自分を指差して目を瞬かせるチャールズに、ヒューバート王が頷く。
チャールズに抱っこされたまま、リチャードも悲しそうに眉を寄せて言った。
「お母さん、ヘンシャル領ってところに行ったきり、帰ってこないんだ。もう一週間も」