閑話 來亜視点
「消えてくれない?」
そんなこと、言わなければよかったのに。
イライラする。理由もなく気が立っていて、周りを見ている暇なんてない。ううん、本当はわかってるんだ。両親の離婚で気が立ってることくらい。祈に当たるのも、その八つ当たりみたいなものだもん。
近場の公立高校である山奥高等学校に通っている祈よりもいいところに行ってやるんだ。本当は祈と比べる気はなかったけど、歳が近いせいか対抗意識が湧いていた。
本来の目的は、別れた父親への報復。あんな親、あたしを捨てたやつなんてだいっきらいだ。養育費払わせてやる。学費が高い学校に行って見返してやるんだ。あたしはできる子だって、わからせてやる。あたしのことを「いらない」なんて言ったあいつは、もうATMの役割しか持ってない。最大限に利用してあげるから、感謝しなさいよね。絶対に受かってやるんだから。
そしてあたしは、今日も机に向かう。
「あの、來亜。続きはご飯食べてからにしてくれない?」
あーっ、もう! 計算がわからなくなったじゃない!
「今じゃなきゃダメなの? 八時に食べるからそれまで話しかけないで」
「もう八時半だよ……? 集中してたから声かけてなかったけど……」
「はあぁ? どうせ話しかけるなら三十分前にしなさいよ。お風呂にも時間かかるんだから」
心にもない言葉、心から思っている言葉。どうしてこんなにもイライラするんだろうか。これが思春期ってやつなのだろうか。考えても仕方ないことが頭の中をぐるぐる巡る。それにさえもイライラする。この頭は勉強以外を考える余裕なんてないのよ!
「……わかった。ご飯食べてくる」
一度脳を休ませないと、できることもできなさそうだったから、祈の言う通りにするのがちょっとだけ癪に障るけど従う。それに実際、勉強するとお腹が空くのだ。時間も忘れるほど勉強していたあたしの身体は栄養を、エネルギーを欲してる。
階下のリビングに向かう。……冷めた食事。まあ、冷めたご飯はダイエットに効果的らしいしね。麻婆豆腐は温かいほうが美味しそうだけど。レンチンするのも時間の無駄だ。
食事を終えて、あたしはお風呂に入った。肌のスキンケアを念入りに行うから時間がかかる。本当はさっさと勉強に戻りたいんだけど、スキンケアをサボるわけにもいかないから仕方ない。
数日後の日曜日。毎週のように神社に行っていた祈が、失踪した。
昼ご飯が終わってからだったそうだ。見つかっているのは祈のスマホだけ。
「どうしてよ……っ!」
あたしの所為? あたしの所為……だよね。だって、だって祈は変わってなかったんだもん。あのときのまま、優しい祈だったから、ついつい頼っちゃったんだよ。当たっちゃったんだよ。言い訳だってわかってる。あたし、取り返しのつかないことしちゃったんだ。
今の祈はお金も持っていないだろう。貯金箱と財布の合計金額は、お小遣い帳ときっかり一円の差もなく一致していたから。それに、残されていたのがスマホだけだから、連絡を取ることもできない。
「あたしが、悪いの……」
「來亜ちゃんは悪くないわ……。そういう年頃だもの。でも、どうして二人とも言ってくれなかったのよ……。迷惑になんてならないのに。私たちが神社の方で生活していたのが問題だったんだから……」
祈の親は言葉を詰まらせた。何で? あたしのことなんて許せないはずじゃない。どうして悪くないなんて言うの? もっと責めてよ。
本当はわかってる。責められたほうが楽だから、あたしは責められることを望んでいるのだ。この期に及んで、あたしはまだ逃げたいのだ。楽な方へ流されてしまえたら、どんなに楽だろうかと考えてしまうのだ。
「あたし、祈の従姉妹である資格、ないな」
血縁関係にあるのに、どうしてあたしはこんなに酷いの? 親は関係ないはずだ。祈もあたしも、親とは長く一緒にいたわけではない。大きく状況が違ったわけでもないのに、あたしだけが捻くれた。
「あたしの、馬鹿……」
失ってから気づくのは愚。あたしは祈を失って初めて、その喪失感に絶望した。それが自分の所為なのに。あたしには悲しむ資格なんてない。
「來亜、従姉妹のお姉ちゃん、失踪したんでしょ? 大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃない! あんたたちにあたしの気持ちがわかるわけない! ほっといてよ」
数少ない友人にも辛く当たるようになって、あたしの周りには誰も近寄らなくなった。
祈を追い詰めたのがあたしの勉強なら、あたしはそれを貫かないといけない。嫌で嫌で仕方なくなった勉強を、精一杯楽しいと思い込んで続けた。
あたしは希望校を変えた。クズな父親のことなんて、もうどうでもよかった。報復なんてどうでもいい。祈と同じ山奥高校に行って、彼女が残していった制服に袖を通すことが目標だ。この頃には反抗する気はもう起きなかった。反抗期が終わったのだと感じた。イライラする頻度はみるみるうちに減っていって、やがて精神状態が安定した。そうは言っても、祈の失踪のことで不安定な部分はあった。でも、表面上は取り繕えるようになった。ショックを受けているのは伯母さん夫婦。あたしは__。
……あたしは、祈みたいになりたかった。今思ってみれば、たったそれだけのことだったのだ。意味のない競争心と、歪んだ嫉妬があたし自身を狂わせた。自分で言うのも何だけど、ひどい反抗期だ。
祈はあたしとたったの一つしか変わらない歳で、あたしの全てを受け入れようとしてくれていた。受け止めようとしてくれていた。祈はあたしのために頑張ってくれていた。それを、あたしは拒否したのだ。あたしが拒否したのだ。彼女の頑張りを踏みにじった。そして、それに気がつくのが遅すぎた。
「あたしは、最低だ」
あれから、数ヶ月。あの日__祈が失踪した日以来、あたしは笑うことも泣くこともなかった。
アンドロイドのように淡々として、当然のように受験は合格した。山奥高等学校の主席として、あたしはみんなに羨まれた。中学時代になくした友達がまたできて、あたしは友人に囲まれて学校生活を送っていた。表面上のあたしは、楽しそうに笑っていた。
でも、自分はごまかせない。同時に、あたしは自分がわからなかった。貼り付けた笑顔の裏の顔は今、どんな表情を浮かべているんだろう? 偽りの己を、あたしはただ生きていくしかなかった。
あぁ……二人とも辛かったんだね……。
と、言いつつ、私に思春期らしい思春期はありませんでした! 完全に想像なので、來亜が暴走気味かもしれないですね。
今回は元の世界に残された來亜の視点です。祈を傷つけた言葉は、本当は本心ではありません。
そして、祈がいなくなって初めて、彼女は祈の苦労を知ります。正直、書くのも辛かったです。スムーズに進んだのも事実ですが。強い感情があると書きやすいですね。というか、私自身が書きながら辛すぎて暗すぎて病むかと思いましたよ……。
さて、これで第一部は完全完結を迎えました。次回からは第二部です。物語が本格的に動き出します!
応援よろしくお願いします!




