閑話 テーサ視点
船を離れて飛び続ける。この世は弱肉強食だから、助けられなかったのはレサルや俺たちのせいじゃない。だけど彼女は目の前で人が死んだことなどなかったのだろう、酷くショックを受けているようだった。生気を失っているその横顔は、さっきから明らかにそれだけではない不調の色が滲んでいる。
「フォゼ、テーサ……。魔力、ない……。気持ち悪い……」
それが原因か。魔力が切れかけているらしい。長時間この状態だったり、何度もこの状態に陥ったりしたらフォゼのように魔力欠乏症を発症する。早く休ませないといけないけど、運悪く休憩できるような陸地は近くにないようだった。
「は!? おい、箒は一人乗りだぞ? 俺も魔力、かなりギリギリだし。さっきの船みたいに沈没する」
「俺も自分一人が限界だな……。体力が持たない」
たしかに、フォゼの顔色もいいとは言えない。かといって俺が彼女を乗せて飛ぶのはリスクが大きすぎる。
「って、レサル!」
意識を失ったレサルを引き上げるフォゼ。こいつがここまでするなんて、それこそフォカちゃんと同じくらいには大切に想ってるってことになるな。
さすがに意識のない人間を一人で運ぶのは負担が大きすぎるから、順番に運ぶ。今は俺が運ぶ番だ。
「うぁ……」
「フォゼ? どうした?」
明らかに様子がおかしい。箒は急にグラグラと不安定に揺れ始めていた。
「なんか……目眩がする。欠乏症の発作じゃないし……」
不運とは重なるものだ。何も今体調悪くなることはないだろ。もちろん、フォゼが悪いっていうわけじゃないんだけどさ。こればっかりは仕方ないし。でもさ、今じゃなくて良くないか?
どうしようもないけど、そのまま俺たちは飛んでいく。今はそれしかできないからだ。
「フォゼ、大丈夫か?」
大丈夫じゃないのはわかってる。どうにか意識を保たせるための場繋ぎの会話だ。
「だい、じょ……ぶ。少な、とも……今、は」
とぎれとぎれではあれど、返事が返ってくることに安堵する。まだ、岸は見えない。
しばらく飛び続けていると、突然隣で水柱が立った。力尽きたフォゼが、ついに海に落ちたのだ。
「フォゼ!」
今のフォゼには意識がない。それでも魔力さえあればしばらくの間は呼吸なしでも大丈夫だけど、彼の魔力は底をついているはずだ。
フォゼは沈むことなく波に揺られている。ゆらゆらと波間にもまれる様子を見ることしかできないのがもどかしい。自分の体力的にもそろそろ限界で、レサルを背負ったまま海に落ちまいとするので精一杯だった。それでもまだ、岸は見えない。
海は広い。遭難したら助かる見込みは限りなく低くなる。平衡感覚がなくなっていくのを感じる。ふらふらと上下左右に揺れる身体。目の前が霞む。ああ、もう、俺も落ちる……。
「意識を保ってください!」
突然、声が聞こえた。暗くなっていく意識の中に響く、柔らかくて低い声。青い海に、その赤髪はよく映えていた。
「背中の女性は私が引き受けます。流石に三人は運べないので、あなたは私たちの船まで保たせてください」
ただ声に従うことしかできない。レサルを落とすように受け渡す。もう気力もギリギリだから、多少乱暴な扱いなのは許してほしい。
海面から頭を出して泳ぐことで案内をしてくれている人物の赤髪を必死に追う。
人二人を抱えて泳ぐなんて相当な労力がかかりそうなものなのに、その人物はスイスイと泳いでいく。空を飛んでいる俺のほうが遅い。本当に体力が切れかけていることがよくわかる。早く飛ばないと、早くたどり着かないと……。
「着きましたよ。もう大丈夫です」
その声を聞いた俺は、その場で眠りに落ちた。
「目が覚めましたか」
薄金髪に獣耳の二十歳頃の青年が、俺を覗き込んでいた。ここに案内してくれた人とはまた違う。そういえば、私たちのって言ってたか。あの人の仲間なのだろう。
「フォゼとレサル……俺と一緒にいた二人は?」
「女性の方は船の核がある部屋です。魔力がないようだったので」
てことは魔導船か。クラーケンの襲撃で沈んだ船より丈夫ってわけだな。
「もう一人はあなたの隣ですよ」
あ、ホントだ。気づかなかった。
「それで、ここは?」
「幻獣海賊ファンタジア、我々の船です」
幻獣海賊といえば、世界で最も勢力を誇る海賊団だ。通常の海賊とは違って、人助けや護衛任務、魔物討伐を行っている。ここの人たちは全員が幻獣と呼ばれる特殊な種族だ。
「お二人が目覚めるまで、食堂でなにか食べませんか? あなたもお腹が空いているでしょうし。我々の自己紹介はその時にでも」
食堂に案内されて、勧められた席に座る。運ばれた食事を食べているところで青年が口を開いた。
「詳しくはお二人が目覚めてからにしますが、とりあえず名乗っておいたほうがいいでしょう。私はニョキ。飛豹です」
彼は俺を看ていてくれた人だ。
「俺はファルガ。船長をしている。みんな今は仕事中だが……。一人、呼んだほうがいいやつがいるだろう」
そう言い残して、ファルガは食堂を出て行った。その誰かを呼んでくるんだろう。帰ってくる前に食事を終わらせて、俺はニョキと二人でファルガを待つことにした。
「おはようございます。顔色、だいぶ良くなってますね」
ファルガに連れられて入ってきたのは、うっすらと記憶にある赤髪の人物だった。そうか、俺たちを助けてくれた張本人だから呼んだほうがいいって……。
「その様子だと、私が呼ばれた理由はわかってるみたいですね。私はミョスといいます。幻獣海賊の水連をしています」
水連。なるほど、泳ぎが得意なわけだ。偵察か何かのときに俺たちを見つけて連れてきてくれたのだろう。
「ところで、どうして海のど真ん中にいたんだ? ミョスがいなかったら確実に全滅だっただろ?」
「助けてもらったこと、感謝する。俺はテーサだ。乗っていた船がクラーケンに襲われてな……。俺たち以外に生き残りはいない」
それだけ話すと、三人は納得の表情を見せた。正直ミョスの表情はわかりにくかったけど、あえてスルーすることにする。
「あのクラーケンには我々も手を焼いているんだよ」
ファルガの一言だけで大体わかった。あいつ、思ってた以上に強敵だ。
幻獣海賊には精鋭しかいない。その上、全員が幻獣という高位種族だ。連携も取れるし、魔力や体力にも優れている。海賊だけあって水上戦に強い。そんな彼らが苦戦しているということは、そうそう倒せるものじゃないってことだ。
「とにかく、今はお二人が目覚めるのを待つしかないですね」
その後フォゼが起きたのは、俺が起きてから数時間経ってからだった。レサルはまだ眠っている……。
今回は一番最後に気を失い、一番最初に目を覚ましたテーサの視点です。レサルが気を失っている間のことが少しでも伝わればと思います。
次回からはまたレサル視点の本編に戻ります。彼女が目を覚ました後のことや、幻獣海賊ファンタジアについて書いていく予定です。
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