船上の敗北
港に着いた。ザザン、と響く波の音。これが海……。
実はわたし、元の世界を含めて海に来たのは初めてなのだ。両親は忙しいし、わたしも巫女見習いのバイトをしていたから仕方ない。友達もいなかったしね。そういうわけで、わたしのテンションは上がった。
船が来た。ザザザッと波をかき分けて港に止まり、中から乗客が降りてくる。
「えー、お乗りのお客様は、乗組員の指示に従ってお進みください」
アナウンスがかかってわたしたちは船に乗り込む。木製の、小さめのフェリーのような船だ。
出港した船の中には、わたしたちを含めて十数人が乗っていた。
このとき、誰も想像していなかったのだ。この後に起こる悲劇を……。
「ねぇ、フォゼ。話したくなかったらいいんだけどさ、フォカちゃんについて聞かせてよ」
デッキで潮風にあたりながら、わたしはフォゼに話しかける。
「フォカのこと?」
「うん、フォカちゃんを助けるのに、その本人のこと何も知らないからさ」
すっと空に飛ぶテーサ。あれ? なんで? 直後、わたしはその理由を痛感することになる。
「つまり、フォカちゃんはかわいいってことだね?」
つ、疲れた……。フォゼ、シスコン気質あるよ。そりゃあテーサが逃げたのも納得だね。
色彩の淡い金色の長い髪。クリクリとした青色の瞳。大人びているようであどけない表情についてまで、しっかり語られた。
「一言でまとめればそうだな」
うーん、過去の話を聞き出したかったんだけど。ま、いいや。
「……っ!? おいフォゼ、あれ、なんだ?」
羽をたたんだテーサに言われ、わたしもその方向を凝視する。そこには確かに何かがいた。
「進行方向か……船長に知らせろ。こいつは多分、巨海魔だ」
「マジで!? すぐ行ってくる」
大きい、海の魔物。もしかしたら……。
「フォゼ、あれ、クラーケンじゃない?」
領域有魔、クラーケン。つまり、舵を切るのが遅れたら……間違いなく戦闘になる。クラーケンは巨大スライムと同じ称号を持ちながら、その強さは桁違いのバケモノだ。
「そうかもな」
予想はしていたのか、苦い表情の彼は頷いた。肯定されると不安は増す。
その時点で、すでに取り返しのつかない状況に陥っていたのだった。
「せ、船長! 舵が効きません!」
操舵手の絶望を知らせる声が船内に響く。
「救命ボートを出せ! 脱出する!」
「無理ですよ! エンジンから出火してます! ボートも燃えてますよ!」
最悪の事態だ。え? 死にたくないんですけど。帰らなきゃいけないんだから。異世界で死ぬのはまっぴらなんだってば! 神様ってわたしに意地悪なの!?
「火は魔法で消せ! この船さえ浮いてさえいりゃ、生きられる可能性もある!」
いや、可能性低くない……?
「魔法かなんかで無理やり進路変更できないの?」
「実行した場合、船が大破するぞ? 中途半端な威力じゃ魔法耐性がある船は動かせないからな」
わたしの提案は恐ろしい結果を冷静に告げるテーサによって却下された。
「じゃあどうするの!? わたし、死にたくないんだけど」
「飛ぶしかないだろ」
「飛べない人たちは?」
「どうしようもないな」
自分が焦っているからか、テーサの淡々とした口調に腹が立つ。
「可能性は低い。……が、助かる方法はある」
「何!?」
静観していたフォゼの言葉に、わたしは食いついた。
「あいつと戦って、勝利することだ」
それなら、やるしかないじゃない! やってやれないことはない。……だって、やらないと犠牲者が出ちゃう。やっても出るかもしれないけど、一人でも多く助けたいから。その思いを持って、わたしはクラーケンに立ち向かう。
ドゴッ!
鈍い音とともにわたしは船に叩きつけられた。衝撃が内臓にダメージを与える。
「コフッ……」
自分から吐き出された空気の塊がその衝撃を表している。今のわたしはレベル一〇だ。元の世界のわたしよりもずっと強い身体を持っているはずなのに、何でここまでのダメージを……。まだ序盤なんだから、敵も弱いはずなのに。
そこまで思って、ようやく気づいた。これはゲームなんかじゃないのだ。敵の強さなんて決めつけることはできないのだ、と。
頭ではこれが現実だとわかっていた。でも、わたしはどこかでこれがゲームの出来事だと思っていたのだろう。
……思えば、うまくいきすぎていた。非現実的な世界に放り込まれて、チュートリアルのような出会いを果たした。その時点でわたしの思考はとっくに容量限界になって止まっていたのだ。
視界の隅に、わたしに付き合って戦うフォゼとテーサが写った。
「ねぇ、どうして無謀な戦いに付き合ってくれてるの?」
風にかき消されるような呟き。それに答えが返ってきた。
「単純に放っておけないってのもある。……けど、約束なんだ。師匠との約束。『護れる命は護れ』ってな。俺は妹を護れなかった。……今度こそ、護る」
強い決意。その瞳に宿る意志に気圧される。
「避けろ!」
切羽詰まったテーサの怒声。目の前に、クラーケンの太く長い触手が迫っていた。
死にたくないなんて言っておいて、死なせたくないなんて言っておいて、強敵の前で意識がそれた。それはリクシネッサでは致命的なミスで。
しまった……! そう思ったときにはもう遅かった。頭が真っ白になる。身体が動かない。ほんの一、二秒なんだろうけど、嫌に長く感じられた。
「麻痺弾っ!」
フォゼが早口で唱えた魔法はわたしに迫る触手に命中し、その動きが鈍る。一瞬の隙をついてわたしは必死に身体を動かして飛び退いた。
避けられたのは良かったけど、鈍っているとはいえ、筋肉の塊ともいえるクラーケンの触手は脅威的だった。触手の力が抜けて落ちてくる。言葉にすればその一言だというのに、その一撃は船を破壊するには十分すぎる威力を誇っていたのだ。
ついに死者が出た。
叩きつけられた触手に押し潰されたのだ。赤黒い血飛沫と、それに染まった木切れが宙に舞う。何人もが巻き込まれ、船は真っ二つに大破した。
「ぁ……」
「フォゼ、脱出するぞ! 船が沈む!」
「そうだな。レサル、しっかりしろ! 飛べ!」
その声で、身体は生きるための本能だけで空中飛歩を始める。
船上での戦いは、大敗に終わった。
魔力が切れかけたのか、気分の悪さで正気に戻った。
「フォゼ、テーサ……。魔力、ない……。気持ち悪い……」
「は!? おい、箒は一人乗りだぞ? 俺も魔力、かなりギリギリだし。さっきの船みたいに沈没する」
「俺も自分一人が限界だな……。体力が持たない」
あれ? わたし、溺死しない?
……なんかもう、意識が……。
今回は、Twitterでいただいたアドバイスのもと、改行を増やしてみました。読みやすいと思っていただければ幸いです。
さて、レサルは初めての敗北を味わいました。次回はその後のことをテーサの視点で書いていきます。
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