もうダメかもしれない
一度違う作品に投稿してしまいました。
気付けて良かったです。
それからは忙しい日々が始まった。
桐島さんの妹・遊香さんと話そうにも時間が作れず、実習が始まれば自分の事で手いっぱいになる……とにかく器用さというモノを持ち合わせてないのだ。
まず人間関係が考えていた通り最難関。
大学でも友達を作れず、普通に誰かと話すようになるのにも一年という時間を費やしてしまっていた。
その程度の受け身なコミニケーション能力。
そんな私が、既に完成された場所で、上手く立ち回れる訳がなかったんだ……人の心配をしている暇なんてない。
「………あ」
「…………」
遊香さんとは何度か廊下ですれ違う。
自分自身が厳しい状況でも会う度に心配が募る。
だけど他の生徒もいる手前、教育実習生の私が知り合いだと知られるのは、遊香さんにとって迷惑だろうから、声を掛ける事は出来ない。
そんな風に考えて逃げ道を作っている。
22歳になって……これなのか、私は。
情けないを通り越して悲しいや。
…………
…………
「──今日あった事は……こう、かな」
帰った私はレポートを書いている。
無音の部屋が落ち着かないのでテレビを点けた。
すると当然のように、ゴールデンタイムの番組に楓ちゃんが出演していた。
タイミング良く書き終えたので、オレンジジュースを飲みながらテレビ画面に目を向ける。
『──そうですね、とても面白い話です』
お笑い芸人のネタに感想を述べている最中だ……思いっきり愛想笑いだったけど。
でも、誰よりも輝いているなぁ。
「……明日から、どうしようかな」
今日は学校で生徒に暗いと言われてしまった。他の先生からも上手く溶け込む努力をしようと言われた。全然ダメでこれから先がとても不安になってしまう。
それなのにお母さんには順調だと嘘を吐いた。
楓ちゃんにも困った事があれば相談する様に言われたのに、それも出来てない。
でも一人で頑張らないとダメだから……
たった一人で頑張って来た彼の様に……
それに彼を追い込んだ張本人が、誰かを頼るなんて許されないと思うから。
それに彼と比べれば遥かにぬるい現状。
ちょっと暗いと指摘され、他の先輩に注意されただけで、別に蔑まれてる訳でもないし、虐められている訳でもない。
それに、一人暮らしの家に帰ればゆっくり出来るんだから、確かな逃げ道が確保されている。
これだけ優遇された状況でも、私は思い詰めて夜も眠れなくなるんだから、亮介くんはどれだけ過酷な状況で耐え続けて来たんだろうか。
「………ほんとに酷い人間だなぁ」
楓ちゃんの出演している番組の放送が終わり、私も支度を整えて眠りに着いた。
──翌日、昼食を食べた後に気晴らしで中庭を散歩していた。すると、ベンチに一人で座っている遊香さんを見つけた。
「……よしっ」
自分も余裕なんて本当はないんだけど、これはチャンスだと考えた……周りに誰も居ないから話すのは今しかないと、私はなけなしの勇気を振り絞る。
ゆっくりと正面から近付き、驚かせない声のトーンで話し掛けてみる。俯いている彼女は声を掛けるまで気付いてない様子。
「……桐島……遊香……さん……?」
「……え?誰?」
「え……?昔一緒に遊んだ……というより、教育実習生で教室一緒なんだけど……あれ?」
「……あ……どうも」
本当にわかってなかったみたい。
私ってそんなに空気なんだろうか。
「……うん……宜しくね……」
何の為に実習に来てるんだろう。
まさか一週間経っても認知すらされてないとはね。
「…………」
「…………」
もっと頑張らなきゃ。
明日からはもっと積極的に声を掛けてみよう。
いや、明日じゃダメ……今日の放課後から──
「どうしました?」
「………え?」
「いえ、声を掛けてきたのに黙ってるから」
「……確かに、おかしい、よね」
「いえ、大丈夫です──それでどうしました?」
不思議そうに首を傾げている。
とりあえず、私のことは憶えてないっぽいし、まずは自分との関係を話さなくちゃ……!
「……昔遊んだの覚えてる」
「……嘘ですよね?知らないんですが?」
「で、ですよねー」
いや、流石に流しちゃダメ……ちゃんと言わないと。
不審に思われたまま会話が終わってしまう。
でも何について……あ、そうだっ!
共通の知人として文香さんが居る……彼女の話題を出せば良いんだっ!
もともと聞くつもりだったんだし、そうしよう。
「ほら、数年前に文香さんと──」
「………ッ!」
──文香の名前を出した途端に、大人しかった遊香の表情が険しくなる。
高校も辞めてしまった為、文香と話す機会がなかった涙子は、彼女について何も知らないままだ。
なので、どうして麻衣にあんな暴力を振るったのかも分からず終い。
だから文香のその後が知りたかった。
もちろん話すキッカケとも考えていた訳だが……
「あなたには関係ないでしょ!!」
不用意に姉の名前を出した事で地雷を踏んでしまったらしい。
「き、桐島さん……?」
「お姉ちゃんの所為で、私達がどんな目に遭ってるのか知らない癖に……!!家族がみんなバラバラになってるのに、お姉ちゃんは家にも帰って来ないしっ!」
「あ、ごめんなさい……本当に何も知らない所為で、嫌な事を聞いちゃって……!」
ワナワナと震え出す少女を前に、涙子はただただ立ち尽くす事しか出来なかった。
もしかしたら落ち込んでいる原因は家族にあるんじゃないかと、深く考えればその可能性に気付けるのに、そこまで考えが至らないのは涙子の落ち度だ。
「え、あ、待って」
走り去る少女は引き留められても止まる事はなかった。
あんなに仲が良かったのに、昔みたいな仲良し姉妹とは程遠い関係らしい。
「……私はなんでこんなにダメなんだろう」
……ああ、やっぱり私の考えが正しかったみたい……思った通り私は人を傷付ける存在だったんだ。
傷付いていた少女をもっと傷付けてしまったよ。
私はトボトボと教室へと向かった。
(……良かった……授業には出てくれている)
「…………あ」
授業中に遊香さんと目が合う。
こうして授業中に向き合うのは初めてだ。
そして顔を伏せたと思えばノートに何かを書き始め……それを私が見えるような位置まで上げる。
ノートには『ごめんなさい』と書かれていた。
あんな事があったのに私を気遣ってくれている……これじゃどっちが励ましているのか分からない。
遊香さんの優しさに泣きそうになったけど、私はそれをグッと堪えた。
………
………
一日の授業が終わり夕飯を買いに行く。
買うのはコンビニに売っている、ちょっと値段が高めのお惣菜だ。
最近は自炊する元気もないけど、今日はスーパーへ向かう気力すらもないのでコンビニで簡単に済ませる事にした。
桐島文香さんに一体なにがあったのか心配になったけど、それ以上に、今日の出来事で自分は先生に向いてないと確信してしまった。
知り合いの悩みを解決するどころか、聞いてあげる事も出来なかった……走り去るのを引き止める事も出来ず、ただ動揺しながら見ているだけの私。
大勢の生徒に頼られて、はっきりと言いたい事を伝えられてた私は……もう存在しないのだ。
「学校に行くのが怖いな……」
挫折が続いた人生で、それでも踏ん張って、最後に見つけた夢を追い掛けてここまで頑張って来たけど……今日は諦める分岐点なのかも知れない。
せっかく3年以上も努力したのに、それを無駄にするのは勿体ないと思う。
だけど心が持たない。
これ以上は……これ以上は……もうやっぱり無理だよ……絶対今日みたいに失敗してしまうよ。
これ以上誰かを傷付けるのも、誰の期待にも応えられないのも……本当に嫌だ。
「またお越しくださいませ!」
「……ありがとうございます」
弁当とお茶をバックに詰めて、そのままコンビニを出ようとしたところで、誰かと入り口でぶつかりそうになった。
「………おっと」
「……ッ」
悪いのは考え事をしていた私だ。
反省しなくっちゃ………いや、まずは謝ろう。
顔を上げ、相手に謝罪しようとした。
「すいませ──」
だけど……
謝ろうと思ったけど……
「…………………………………え」
相手の顔を見て心臓が止まりそうになってしまう。
それくらいの表現でも大袈裟じゃない……それほどの衝撃を受けてしまった。
だって相手は──
「……亮介……くん……」
間違いなく、私が好きだった人で──
「………………姫川さん」
私が傷付けた男性だったから。
次回は亮介との話です。
宜しくお願いします。