ある女性の結末
犯罪者編のラストです。
『あんたが被害者なの……へぇ〜』
とても綺麗な人だと思った。
それに私のようにやんちゃなタイプの女性。
でも山本楓を見てしまったお陰で、変に耐性が出来ているのかも……少しだけ普通に見えてしまう。
あの姉とずっと一緒に居たアイツには、もっと平凡に感じられたのかも知れない。
そんな桐島文香は、被害者を装った私に興味を持っているらしく、積極的に会おうとしてくれた。
『……そうなのよ』
『かわいそうに……アイツまじで最低だね!』
『うん』
もう完全に信じてしまっている、彼が加害者だと。
私が逆の立場なら絶対にアイツを信じるのに……馬鹿だな〜……それでクラスから除け者にされても山本亮介が手に入るんだったら我慢出来るわ。
まぁ逆の立場になんてなり様がないし、実際にはどうなるのか解らないんだけどね。
『そう言えばさ……山本の幼馴染が居るんだけど……それ知ってる?』
『……知らない、女の子?』
『そうそう、いつも山本にくっ付いてんのよ。偶に一人でいる時に脅かしてやるんだけどさ、目に涙いっぱい溜めてんの……それが面白くてさ』
『ふ〜ん』
ああ、この人って最低だ。
自分の悪行を武勇伝のように語っている。
私達でも人前で犯罪行為は何も言わないのにさ。
『その人って……なんて名前なの?』
私は桐島さんにそう尋ねてみた。
すると険しい表情で答えてくれる。
『……中里麻衣』
『……そう、なんだ』
よっぽど嫌いだね。名前を口にするだけなのに死ぬほど嫌そうにしている。多分だけど山本亮介よりも中里麻衣という女性の方が遥かに嫌いだと思う。
だけどこれがキッカケで文香とは仲良くなる事が出来た。
一緒に山本亮介とその幼馴染の悪口を話すと本当に盛り上がる。
『山本を酷い目に遭わせるぞって脅すとさ『もうこれ以上は亮介を苦しめないで』って泣きながら言うんだよね。マジで中里ウザすぎるわ──どこまでも山本に縋りついて惨め過ぎるんだよ、ゴミみたいな女の癖してさ』
『あはは、ほんとに惨めね』
まぁ惨めなのは山本亮介から相手にされず、あまつさえ幼馴染を引き剥がす事も出来ない文香だけどね。
かく言う私も、この話を楽しいと思うんだから、やっぱり最低な人間同士は強い引力で引かれ合うんだね。
こんなに綺麗なのに性格は私と同じなんだから。
逆に山本亮介は私を助けようとした優しい男。
そんなアイツには優しい幼馴染が一緒に居てくれる……どんな嫌がらせをされても見捨てない優しい幼馴染が。
類は友を呼ぶとは良く出来た言葉だ。
──私は文香と良く話すようになる。
女友達が少なかったし、文香と友達になれたのは結構嬉しかった。綺麗な人だから側に居ると私もばえるし。
だけど友人関係は呆気ないほど簡単に終わりを迎える事となった。
何故なら──
私達の罪がバレてしまったのだ──
兄は当然だけど会社を首になってしまった。
私と違って成人しているから実刑は免れない。
何も知らなかった両親も頭を抱えている。
お父さんは会社を特定されて首になるし、母さんは近所から嫌がらせをされる様になった。
文香からは鬼のように電話が来る。
『今まで良くも騙したな!!』と、一度試しに取った電話で怒鳴り散らされた。
三馬鹿も……この事件以来会う事はなくなった。
噂によれば引っ越し先でも情報が出回り、どれだけ逃げても特定され大変な目に遭ってる様だ。
常にビクビクと怯え、三人とも家の外に出ることは決してないらしい。
──だけど私だって酷い目に遭っている。
『い、痛いッ!止めてよ!』
正義感を振り翳した見知らぬ集団に囲まれ、殴る蹴るの暴力を受けた事もあった。
本当に恐ろしくて堪らない……私達だって脅す事はあっても、こんな風に誰かを殴ったりした事がないのに。
家に帰ってお父さんにこの事を話した。
会社を首になったし、今はずっと家に篭っている。
早く仕事を見付ければ良いのに、いつまで働かないつもり何だろうか?
『……おまえに陥れられた子達は、もっと比べ物にならない位に傷付いたんだぞ?』
『………ち、わかったもういい!!』
『……………』
ああマジで最低、ウザい、クソ親父が。
何が陥れられた子達の方が辛いだよ……!
今は私が被害者でアレはすでに終わった事なんだよっ!いつまでも蒸し返しやがってさっ!
母さんも、何も言わずに黙って見ているだけ……いつも説教されていると助けてくれるじゃないかっ!
私は部屋の扉を勢い良く閉める。
殴られたから服を脱いで怪我を確認してみた……何ヶ所か赤くなっているだけで目立った傷がない。
これでは証拠にならないじゃないのよっ!
私は警察に訴えるのを諦めた。
もう家族の助けを期待出来ないから。
──そのまま私は学校にも行かなくなる。
行っても罵倒されるし、居場所がない。
家にもないけど、部屋に引き篭もって居れば安心出来るから大丈夫だ。
それから数ヶ月が経過したある日、リビングから母親の絶叫が聞こえて来た。
何事かと思いリビングへ向かうと、倒れている父親の姿がそこにはあった。
どうやら自殺を図ったみたい。
テーブルの遺書には『死んで償います……美穂、心から愛している、だけど済まない』と書かれている。
『愛してる』のは母だけで、どれだけ読み返しても私と兄の名前は一つもなかった。もう完全に私達のやらかしで自殺したと考えて間違いはなさそうだ。
流石に気付いたよ。
取り返しがつかない事をしたんだと。
父親の死を以てようやく理解出来た。
母は救急車が来るまで倒れた父にしがみついている。
まさに救いようがない地獄絵図と化していた。
……そして葬式の日。
私は父の遺影の側で呆然としている。かつての父の同僚達や友達からは罵倒されるし、酷い目でも見られてしまう。
それが怖かったし、凄く嫌だった。
訪れる人達は母に同情しても、私に好意的な目を向けてくれる事はない。
父の死もまだ受け入れられてないのに、お陰で本当にしんどくて辛い葬式になってしまった。
だけど片付けをしている時に母から言われた言葉が何よりも辛かった。
それは絶対に忘れられない一言。
『あんたなんか産まなきゃ良かった』
──それから十年が経過した。
数ヶ月前に全ての遺産を食い尽くした私はコンビニバイトでなんとか今日を食い繋いでいる。
母親はとっくに家を出て行ったし、数年前に出所して来た兄は別のヘマをやらかしてヤクザに連れ去られた。
偶然街中で見かけた時には右腕を失くしていた……恐らく私以上に過酷な生活を強いられている筈。
『……ふぅ……歩きづらい』
そんな私も足を引き摺りながら歩く。
少し前、事故で足に大怪我をした。
とは言っても階段から踏み外した不注意による事故で、誰からも慰謝料は取れない。
その事故の影響で、右足を自由に動かせない。
足を引き摺るように歩く私の姿は……周囲から一体どれだけ無様に見えてしまうんだろうか。
服も新しいのを買えないから、ボロボロになったTシャツを着ている。
少なくとも26歳には見えてないかな。
もう外見には自信がなくなっている。
しっかりと整える余裕はないし、もう誰にも求めて貰えないだろうね。
バイトからの帰宅途中で歩き疲れた私は、体力を回復させる為に公園のベンチで小休憩を取る事にした。
そんな私に、近付いて来る人影が一つ。
『……これをどうぞ』
『……え?』
見知らぬ老人男性が、急に千円札を渡して来た。
私の身体が目当てなのかと思ったが……どうやらそうではないらしい。
恥ずかしい事に、この老人男性は普段ゴミを漁っている私の姿を良く見かけており、更には最近になってから足を引き摺るようになったので変に同情したらしい。
つまり、これは受け取ると恥ずかしいお金なのだ。
悔しい……親がローンを払い終えた家はあるのにホームレスと間違われている。
こんなの許せない。
確かに兄が出所した時に家具とか持って行かれたし、ゴミを漁るほど苦しい生活なのは勘違いじゃない。
それでもこんなお金は今直ぐ突き返したかった……
……でもそれが出来ない。
家の貯金は底を尽き、バイトでギリギリ食べていけてる状況なのだ。バイトで稼いだお金は慰謝料で殆ど消えてしまう。
なので、この千円は手放すに惜しい金額。
『………ありがとうございます』
『いえいえ、お若いので頑張って下さい』
マジでお節介。
だけどお金だけは受け取る。
私は老人が居なくなるのを確認し、受け取った千円を強く握り締めた。
それをポケットに仕舞おうとした……
……まさしくそんなタイミングである。
──パサパサッ
『……え?』
一瞬、目を疑った。
突然頭の上から千円札が数枚降り注いで来たのだ。
どういう事かと、私は顔を上げる。
そして……
今度は目を丸くした。
『………………』
『山本……亮介……』
もう二度と出会う事のないと思っていた、山本亮介が目の前に立っていた。つまり、今のお金はコイツ……彼が撒き散らしたモノで間違いない。
どうして彼は施しをくれたのか?
『………えっと』
意図がわからない。
だけど久しぶりに目にした彼は、学生の時よりも輝きを増している。アレだけ憎んでいたのに、燃え滾っていた恋心が再熱してしまう様だ。
『……あの時はごめんなさい』
お金をくれたよね?
って事は許してくれたって事だよね?
もしかしたら今まで苦しんだ分、神様が与えてくれたチャンスなのかも知れない……仲良くなれるチャンス。
現に、彼は優しく微笑みながら近寄って来る。
ずっとお肌も手入れしてないし、服だって見窄らしい。そんな私に顔を近付け……山本亮介は耳元でそっと、ある言葉を一言ずつ丁寧に口にし始めた。
ざ
ま
あ
み
ろ
『………ひいっ!?』
私は心の底から震え上がった。
許してなど居ない……当たり前だが許してくれている訳がない。許されるような償いをして来なかった訳だし、許すキッカケなんて彼には無いのだから。
再び彼の顔を見る。
今度は歪んだ表情で、地面に尻餅をついた私を見下ろしていた。
こんな表情が人間に出来るの?
ボロボロになった私をどこまでも見下している。苦しんでいる私の姿を見て嬉しそうに笑う。アレだけ年数が経ったのに、十年経った今でも彼は私を恨んでいる様子だった。
『亮介〜………って大丈夫ですか?』
──何も知らない麻衣が手を振りながら現れた。
松田有希という女性と面識のない麻衣は、地面に倒れているのを亮介が助けようとしている様に見えていた。
もちろん、亮介が何かしたとは微塵も思わないし、実際に亮介は誰かを傷付ける真似なんてしない。
一部の人間を除いては。
この女はその『一部を除いて』の筆頭。
どれだけの年月が流れようが、松田有希が世界を救おうが、自分の命を助けようが、絶対に許せない相手だ。
クラスメイト達も許してはいない。
だけどわざわざ探し出してまで害そうとは思っておらず、近くに居るならあわよくば……程度に考えている。
十年前は別だが、今の年齢になったお陰で同級生に対してはそこまで考えが軟化している。
だけどコイツは──松田有希は別。
全ての元凶である彼女だけは絶対に許せない。
何がなんでも許してはダメな相手。
現に復讐のため居場所を調べていたが、最後まで見付ける事が出来なかっただけだ。
居場所を知って居る可能性のある孝太郎にも尋ねたが、それでも見つける事が出来ないでいるに過ぎない。
だが当然、松田有希の居場所を孝太郎は知っていた。
でも亮介の綺麗な手を、こんな女の為に汚して欲しくは無いので言わなかった。
当時の亮介ならば本当に相手を殺しかねないと孝太郎は考えていたのだ。
そんな事情を知らない亮介は、孝太郎でも解らないのなら仕方ないと諦めていた。もう復讐は諦め、負の感情を胸の奥底に無理やり押し込み、今の幸せを噛み締めるつもりでいた。
それなのに目の前に復讐の相手が居るではないか。
亮介はしてやったりと思った……どうやって地獄に落とそうかと。
『……………はは』
だけど、どうした事か。
復讐すべき相手は老人から金を受け取り、悔しそうに紙幣を握り締めている。
もう自分が手を下すまでもなく、相手は堕ちるところまで堕ちてしまっていたのだ。
滑稽で滑稽で堪らなかった。
亮介は財布から【千円札だけ】を数枚取り出し、冤罪の元凶となった女の頭の上にばら撒いた。
顔を上げたので目が合うと、女は焦り出す。
(ああ……幸せも大事だけど……復讐も大事なんだな)
胸がスッと軽くなるのを亮介は感じた。
幸せなら復讐なんて必要ない。復讐からは何も生まれない。悪人を許せば人として大きくなれる。十年前の事をネチネチと恨み続けるのはみっともない。麻衣を大事に思うなら許すべきだ。
そんな考えは大きな間違えだ。
幸せだから恨んではいけないなんて道理はない。
亮介は死ぬまでずっと恨み続けるつもりだった。
そんな相手を見付けたら復讐する。
ソイツが堕ちていれば心から喜んでトドメを刺す。
亮介は優しい人間なのだが、復讐対象相手には何処までも容赦がない。
『大丈夫みたいだから行こう』
『う、うん……』
麻衣の手を引いて亮介は犯罪者から離れてゆく。
自分がばら撒いた金を掻き集めている松田有希の無様な姿を後ろ目にして、亮介は愉快そうに笑った。
その金額は五千円。
それが自分には過ぎた額だと言わんばかりに、松田有希はその紙幣を大事そうにポケットの奥底へ仕舞い込んだ。
もう自分には数十万の価値もない。
拾い集めてそれに気が付いた。
そう考えると涙が止まらなかった。
いつも気が付くのが遅い女。
数十万円が少ないと四の五の喚いていた、かつての面影はどこにも無かった。
『ぅぅ……』
松田有希は逃げるように公園から出る。
引き摺る足が痛い。
なのに助けてくれる家族も居ない。
これから……
この数千円を使い切ったら……
どうやって生きて行こうかな?
彼女はそれを考えるので精一杯なのだ。
(もう十分に反省しています……
……誰か助けてください)
虚しい祈りは何処へも届きはしない。
来週で生徒会長と桐島文香の話を終わらせたいですが、文字数が増えると話を分けますので、もう少し伸びるかも知れません。
二話くらいにまとまれば……行けるかな?
桐島編はこれよりも遥かに残酷な結末になる予定なので、来週か再来週を楽しみに待っていて下さい。
桐島ファンの方は本当にごめんなさいです。
最近は『なろう』で冤罪作品が増えていて嬉しいです。
どの作品も作者さんの個性がしっかりと現れており、非常に楽しく読んでいます。
そして読者の皆様!!
これからも宜しくお願いします!!