はじめまして
※コロナで執筆遅れです。
詳しくは活動報告に書きましたので宜しくお願いします。
素敵なレビューありがとうございます
麻衣の魅力は心を開いて接しなければ生涯知り得ることはなかっただろう。
そう……無垢な優しさという彼女の魅力に、私は最近になってようやく気付けた。
私はずっと彼女を蔑ろにし、ずっと傷付けて来た。
亮介と麻衣が疎遠になったのは、私の冷たい態度にも原因が大いにあった……少なくとも思春期だけが理由ではない。
つまり、麻衣には私との良い思い出は一つも存在せず、むしろ彼女にとってマイナス。
それなのに……彼女はそんな私を許してくれた。
亮介にして来た悪行には本気で怒られたし、亮介を傷付けた事は許さないと言われたが、自分のされた事に関しては何一つ言及して来なかった。
「すまない、妊娠中だと言うのに……」
「何言ってるんですかっ!誘ったのは私ですよ?それに送迎もしてくれますし、楓さんが謝る事は何一つないですよ!」
「そうか……本当は私が麻衣の家に出向きたかったんだけどな」
「………はい」
『亮介が居るから麻衣の家には行けない』と言いそうになったが、悲しくなるから口には出さなかった。
私は麻衣の手を取り、廊下を歩く。
そのまま食卓テーブルではなく、オーダメイドしたふかふかのソファーに座らせる。
麻衣の為だけに購入した物だが……気を遣わせてしまうだろうから秘密にしよう。
それにしても……随分と大きくなったものだ。
「……………」
「ふふ……お腹気になりますか?」
「…ッ!すまない……見すぎてしまったな」
「気にしないで下さい……触ってみます?」
「……いいのか?」
「はい!どうぞ!」
そう言って麻衣はお腹を差し出した。
私は手を震わせながら、子を身籠った腹部を優しく撫でる。妊婦のお腹を触らせて貰うのは初めてだが、触っているとそれだけで幸せな気持ちになる。
しかし、妊娠する自分の姿は想像出来ない。
それが女として少し悲しくもあった。
「もう7ヶ月か」
「はい、もう少しで産まれますね」
「麻衣と亮介の子供なんだ……誰よりも優しくて、誰よりも可愛らしい赤ちゃんが産まれるだろう」
「……ありがとうございます……楓さんにそう言って貰えるのは本当に嬉しいです」
そう言うと麻衣は満面の笑みを浮かべる。
これから母親になるという強さを感じていたが、優しく笑う麻衣の表情は普段通り無垢なる少女のようだ。
引き込まれる笑顔も素敵だが、気弱なのに肝心な所では絶対に折れない強さには安心感を覚える。
それに彼女は人を裏切らないし、傷付けないのは私が保証しよう。
20年以上も彼女の良さに気付けなかったなんて……どこまで他人を見る目が無いんだろうか?
「少し、隣に座ってもいいか?」
「……はい」
私は麻衣の手を握ったまま隣に腰を落とす。
密着している彼女の肩から伝わる体温が心地良い。
ずっとこうしていたいと思ってしまう。
亮介が彼女をどこまでも愛した理由が、今なら本当に良く分かる。この子のお陰で私は少しだけ前に進む事が出来たんだからな。
結婚式の時、麻衣に許して貰えず、これまでの行いを責められていたら……きっと今とは違う自分になっていた。
私も亮介と同じ、既に骨の髄まで麻衣に溶かされているのだ。
ただし、亮介とは違って私には彼女を傷付けてきた許し難い過去がある。
対等の関係になんてなれない。
亮介、麻衣、母さん、涙子、渚沙、沙耶香……私にとって大切な存在だ。
だけど、沙耶香以外は何度も傷付けて来た……いや、知らないだけで沙耶香もそうかも知れない。
これ以上みんなを傷付けるのは嫌だ。
「今日は来てくれてありがとう」
「……いつでも来ますよ。赤ちゃんが産まれたら、しばらくは無理ですけど、落ち着いたら来ます」
麻衣は重なっている手に力を込め、私の手を強く握り締めてくれた……そして、悲しそうな顔をする。
「楓さん……どうか自分を嫌いにならないで」
「……………」
答えられなかった。
だけど、それは麻衣の頼みでも流石に難しい。なんせ私の過去には取り返しのつかない悪行があまりにも多過ぎる。
仮令麻衣が許してくれたとしても、それを無かった事にしたくなかった。
私が『山本楓』を好きになってはいけない。
「………ぁ」
私が何も言えずに黙ってしまうと、麻衣はそれ以上言及しては来なかった。
感じ悪く思われてないだろうか?
人の感情を読み取るのは難しい……大切に思える存在であればあるほど、嫌われるのが怖くて考えが保守的になってしまう。
「大事なことを言い忘れてました」
「……ん?なんだ?」
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとう……麻衣も、お腹の子を大事にな」
ああ……全ての考えが杞憂だった……麻衣は優しい口調で笑ってくれた。この子と接していると、まるで自分が善人にでもなったかのような錯覚を覚える。
……全く、そんな訳がないだろうに。
亮介と麻衣の間に産まれる子供にはきっと素敵な未来が約束されているだろう。
この夫婦に限って子供を不幸にする等あり得ない。
──麻衣と隣り合わせで座り、赤ちゃんについてたくさん話をした。亮介の話題は敢えて避けたけど、それでも話題には困らなかった。
こうして幸せな時間はあっという間に過ぎて行く。
───────────
時刻は21時を過ぎた所で解散する事になった。
予定通り、私は麻衣を自宅まで送迎する事になり、寝室に寝かせている涙子に声を掛けに行く。
特にこだわりはないが……寝室に自分以外を寝かせるのは初めてだ。
「涙子、これから麻衣を家まで送って来る。少し留守にするが、何か欲しいモノはあるか?」
「い、飲酒……運転……ダメ……」
「私が運転するわけじゃない、マネージャーだ」
「……そう、だよね」
真っ青なままだ……かなり辛そうにしている。
良く見ればエチケット袋も膨らんでいた……また、吐いてしまったようだ。
私はさり気なく新しい袋と入れ替えて置く。
(これから涙子にはお酒との付き合い方を教える必要がありそうだな)
私にはどれだけ迷惑を掛けても構わない。
でも他の者達の前ではそうはいかない筈だ。
しかも、涙子は酒に弱いのに酒が好きという……相当厄介な体質をしている。
異性の同席する飲み会には注意させないと。
「何かして欲しいことある?背中をさすろうか?」
「………殺して」
「そこまで思い詰めないでくれ」
涙子に水を飲ませて麻衣と家を出た。
──車を走らせること20分。
亮介の家の近くに到着した。
私は後部座席から先に降り、隣に座っていた麻衣に手を差し出した。
「ありがとうございます」
麻衣が手に掴まったのを確認し、その手を引きながらゆっくりと歩き出した。
まさに、そんな時だ──
「麻衣、姿が見えたから迎えに来たよ」
「あッ!」
「…………ッ!」
現れた人物に、麻衣は嬉しそうに微笑み掛けた。
麻衣はずっと私にも心からの笑顔で接してくれたが、たった今訪れた相手に対しては甘えた声色に変わり弾けるような笑顔で歩み寄って行く。
この世の誰よりも特別な相手……麻衣にとってそんな人物は未来永劫たった一人しか存在しない。
「……亮介」
私はそっと麻衣を気遣いながらその場を離れた。
久しぶりに近くで感じる亮介は、やっぱり誰よりも尊くて素敵だった。
「……楓さん」
麻衣は振り返って私の方を向く。
一瞬、我を忘れ、亮介の側へ向かった罪悪感を感じているんだろうか……申し訳なさそうに顔を伏せる。
それに対し、私は手で『気にするな』とジェスチャーを送った。仮令亮介に私の声が聞こえなくても、亮介の前で声を出すのは躊躇われたのだ。
私は少しずつ離れてゆく。
互いを思い合い、優しく抱き合う二人の姿は何度見てもやっぱり美しい。
「マネージャー……車を出してくれ」
車に乗り込むと、私はすかさずマネージャーに指示を送った。いつまでも私が居るのはきっと良くない。
「かしこまりました」
行きは麻衣を支える為に後部座席に座っていたが、帰りは助手席に腰を下ろす。
楽しくて有意義な1日は名残惜しく終わった。
明日には1日遅れで渚沙と母さんが家に来てくれる。二人からも特別な何かを貰えるんだろうな、きっと。
「ふぅ〜……………憧子?どうして車を出さない?」
マネージャーがいつまで経っても車を発進させない。
何かのトラブルかと声を掛けたが、彼女は私が座っている助手席の窓を指差した。
「いえ、彼が話をしたそうなので」
「…………え?」
彼……?男性の知り合いなんて居ない筈だが?
不思議に思いながらも窓の外に目を向けた。
「………………ぇ?」
そこに立っているのは亮介だった。
絶対に見間違う筈のない相手……どれだけ目を凝らしても亮介で間違いなかった。
幻覚を疑ってしまったが、マネージャーが気付いてるのでそれはない。
それに、見知らぬ相手が近付いて来ればマネージャーが車を発進させている。
それをしなかったのは、亮介が私の弟であると認識しているからに他ならないのだ。
つまり、外に居るのは亮介で間違いない。
私ではなく運転しているマネージャーに……?
いや、亮介の目線の先は間違いなく私だ……目が合ったからやっぱり間違いない。
気が付くと私は窓を開けていた。
「──えっと、初めましてですよね?」
「あ、いや、えっと……はい」
ほ、本当に亮介が声を掛けてくれている。
しかも優しい表情で私の目を見ていた。
何故か分からない……だけど、今の亮介には間違いなく私が見えていた。
その事実が胸をキュッと締め付ける。
「麻衣をここまで送ってくれてありがとうございます」
「あ、ぁう……その……気にしないで欲しい……です」
話すのなんて何年振りだろうか……?
そもそも私は認識されなくなる以前からずっと亮介に恨まれて居たから……普通に話し掛けて貰えるのは更にもっと久しぶりになる。
どうしても言葉が上手く出てこない……亮介と普通に話をする方法が思い出せない。
窓を開けた行為すらも無意識にやったのだ。
それほど動揺している。
私は亮介と目を合わせて話している。
昔は当たり前の事で、今となれば夢でしか起こらない筈の奇跡。
だけどそれが現実として起こっていた。
夢の方がよっぽど現実的だ……だって夢では、ここまで胸が高鳴ったりしなかったのだから──
「これからも、麻衣を宜しくお願いします」
「……ああ、もちろんだ」
ようやく脳が追い付いた。
亮介は妻の友人に直接御礼を言いに来たんだ。
「さっきは驚かせてすいません……急に声を掛けたのでビックリしたでしょ?」
最初にみせた動揺を亮介が気にしている。
早く誤解を解かなければ罪悪感を抱かせてしまう。
「いや、大丈夫……です。こちらこそわざわざ挨拶に来てくれてありがとう……です」
なんてみっともない受け答えなんだ。
変な女だと思われたらどうしよう。
でもコレで精一杯……許して欲しい。
そして亮介は笑顔で話を続ける。
私にそうやって優しく微笑むのは久しぶりだ。
「麻衣が友達の家に遊びに行くなんて、本当に珍しいんですよ。麻衣は結構内気なんで……これからも仲良くして貰えると嬉しいです」
「……はい、これからも仲良くします」
「それではお気を付けて……運転手さんも今日は送ってくれてありがとうございました」
「お気になさらず」
「どう………致しまして……」
憧子は軽く会釈して答える。それに比べて私は……なんてみっともない。
私と亮介──二人が手を振り合うのを見て、マネージャーが車を発進させた。
小さくなってゆく亮介の姿を脳裏に焼き付ける。
少し話しただけなのに、今までの人生で一番幸せな時間だと感じてしまった。
亮介と仲が良く、沢山スキンシップをしていた頃でもここまでの幸福感は得られなかった。
あの時の方がたくさん話せたのに……なんで今が一番幸せなのだろうか。
(一生、解らないんだろうな)
──別れた後も、私は亮介の居なくなった窓の外に手を振り続けている。外が真っ暗で助かった……明るい時間なら誰かに奇行を見られてたかも知れない。
「よかったですね……また話せるようになって」
「……………そう、だろうか?」
呼び掛けでようやく我に返った。
マネージャーの憧子は事情を知っている。
亮介の事で精神を病む事が多々あり、迷惑を掛けている彼女にはずっと前に全て打ち明けていたのだ。
そんな彼女は涙ぐみながら言葉を掛けてくれた。
「そうですよ、間違いなく良い事です」
「………うん……でも、なんで今になって見えるようになったんだろう?」
「そうですね……もしかすると、楓が麻衣さんと寄り添う姿を見てそうなったのでは?」
「寄り添う姿……?」
「まぁあくまでも予想ですけどね。絶対に姉がしないと思っていた行動を楓がしてて、亮介さんにとってはその光景が、過去に願っていた姿だったんじゃないんですかね?」
「……そう、かな?」
「いやまぁ、所詮は部外者の予想ですから、あまり真に受けないで下さいね?」
「………そんな風には思わないさ」
そこでマネージャーとの会話が途切れた。
私も、変に喋れば涙が溢れそうなので、それ以上は何も話さなかった。
──亮介に見て貰えて、認識して貰えて、涙が出るほど嬉しい筈なのに私は一つの不安を覚えていた。
『昔みたいに亮介に固執したらどうしよう』
そんな不安を抱いてしまった。
だけど、もうそうはならないと直ぐ確信が持てた。
何故なら……
今の私は……
亮介と麻衣──二人とも大好きなのだから。
亮介を自分のモノにしようとは微塵も思わない。
だけど大切に思う気持ちは消えておらず……それが不思議で、自分でも上手く言い表せられない。
(自分の話だと言うのに、先程から他人事のようだ)
結局、私は他人だけでなく、自分の事すらもあまり理解出来てないのだ。
「それにしても……初めまして、か」
想い出が失われて寂しいような……新しく始められて嬉しいような……なんとも言えない複雑な気持ちだ。
それでも罪が消えた訳ではない。
もう二度とあんな過ちを繰り返さないように、これから精一杯生きて行こうと思う。
まだまだ、これからも頑張れそうだ。
いつかまた、さっきみたいに話せると嬉しい。
思い返すと本当に勿体ない……もっとちゃんと話せたろうに。
もし、許されるなら──
──今度は『姉』として仲良く出来れば嬉しいな。
……後でマネージャーに言われたが、私は家に着くまでずっと涙を流し続けていたらしい。
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〜麻衣視点〜
私は玄関の入り口からその様子を見ていた。
込み上げてくる涙がどうしても止まらない。
昨日までテレビに楓さんが映っても気が付かなかったのに……たった今、楓さんの目を見て話していた。
亮介が挨拶をしてくるって言い出した時はてっきり車の運転手さんの所に行くと思ってたけど、真っ先に助手席の方へ向かった。
それを見て本当に驚いた。
でも、後から言いようのない嬉しさが込み上げる。
亮介にした事は今でも許せない。
けどこの数年、楓さんは過去の自分を恨み、責め続けていたのを知っている。
私と話をする時はいつも申し訳なさそうだし、亮介にしてきた事も心から悔やんでいた。
だからだよ……涙が止まらないのは……楓さんを許せない気持ちはあっても、憎み続ける事は出来なかった。
そんな私を、亮介は優しいって言うんだけど……こんなの単なる意気地なしだよ。
………
………
だけどそう思えるのは……楓さんを恨んでないのは亮介が無事だったからなんだよね。
もしもあのとき亮介がダメになっていたら、何があっても一生恨んでいたと思う。
「麻衣……ただいま……え?なんで泣いてるの!?」
もぉ〜、能天気だなぁ、亮介は。
人の気も知らないで……ううん、やっぱり知らなくてもいいや。
こんな邪な感情……亮介には知られたくない。
「ちょっと目にゴミが入って」
「いやゴミが入った次元の泣き方じゃないけど?」
誤魔化されないか。
かなり心配そうにしてるね……ごめん亮介。
「ゴミはウソだけど、悲しくて泣いてる訳じゃないよ?嬉しい涙だからね?」
「………分かったよ」
正直に話したら信じてくれた。
私はもともと顔に出やすい……だから隠し事は直ぐにバレてしまう。
亮介は嘘を見抜いたり、相手の悪意を感じ取ったりするのが凄く上手だ。
お陰で詐欺とかに騙される心配はない。
だけど、その所為で亮介は高校時代とても苦しむ事になってしまった。
(いっぱい傷付いてきたんだよね)
だから私は誤魔化したり、冗談を言う事はあっても、悪意のある嘘は吐かない。
そう心に決めている。
──落ち着いた私は亮介とソファーへ向かう。
直ぐ元気になったのを見て、本当に平気なんだと亮介も安心している。
私は亮介がソファーに座るのを確認し、それから隣に寝転がって亮介の膝の上に頭を乗せた。
これぞ膝枕……うん、毎日して貰ってる。
この状態で頭を撫でて貰うのが大好き。
他の人には絶対に譲らない、私だけの特等席だね。
でも子供となら共有しても良い……というか共有出来ると幸せだよ。
付き合って長い年月が経ったし、結婚生活も今年で三年目。
なのにずっと変わらずに愛し合っている。きっと十年後も今の気持ちは続くと思う。飽きることなんてなく、時間が経つほど愛しい気持ちは膨らんで行く。
結婚してから、今まで知らなかった亮介の悪い癖なんかも分かったけどそれすらも愛おしい。
「なあ麻衣」
「うん?どうしたの?」
そしてその話は……前触れもなく、唐突に始まった。
「子供の名前なんだけど『楓』なんてどうかな?」
「急に、どうしたの?」
亮介の膝に頭を乗せ、パタパタと動かしていた私の足が止まった。いきなり楓さんの名前が出てきてビックリしちゃった。
亮介はそのまま話を続ける。
「いや……産まれてくる赤ちゃんの名前……ずっと決まらなかったけど、なぜか急に浮かんで来てさ」
『どうして?』とは思わなかった。
キッカケになる出来事がついさっき有ったから。
私は亮介の話に黙って耳を傾けた。
「実は今まで言えなかったけど、俺は麻衣の事をずっと格好良いと思って居たんだ。もちろん可愛いんだけど、一番惚れたのは格好良さにだよ」
「格好良い?私が?」
思い当たる節がない。
「俺が辛い時に支えてくれて、俺がどんなに悪い状態になっても見捨てないでくれたから……麻衣は俺にとって大事な人で……ヒーローなんだ」
「………ヒーロー」
そんな風に思ってたなんて……私はただ、亮介を信じただけなのに……そんな簡単で当たり前の事をしただけで、そこまでの事はしてないよ。
それにヒーローだったら亮介をちゃんと守れた。
でも私は守れなかった……だからヒーローじゃない。
──そう伝えたけど、亮介は首を振り、私の主張を受け入れてくれなかった。
「麻衣そんなこと言わないで。当たり前じゃないよ絶対に。麻衣は世界一凄い女の子だよ」
「……亮介」
「ま、可愛いさも世界一だけど」
「あ〜急に信憑性なくなったよ!」
そうは言っても、私は亮介を宇宙一だと思ってる……だからあんまり強く馬鹿に出来ないんだよね。
でも宇宙一だから私の勝ちだよ?
えへへ……愛の強さで亮介に負けるもんか。
これだけは負ける気がしない。
最後まで亮介に勝ち続ける自信があるのだ。
──そして話題は子供の話に戻る。
「もしも、これから妹か弟が生まれたら、何があってもその子達を信じて最後まで守れるような強い姉に育って欲しい」
「…………」
「俺には姉が居ないから、そういう風に思ってしまうだけなのかも知れないけどさ」
「…………」
私は黙って話を聞くしかなかった。
「実際に姉が居ると疎ましく思うかも知れないけど」
「…………」
居たよ……亮介には確かにお姉ちゃんが居た。
亮介を心から愛していた、そんなお姉ちゃんが。
あんな事件さえなければ亮介にとって素敵なお姉ちゃんだったんだよ?
「でも、強い姉になって欲しくて、どうして楓って名前が思いついたの?」
──麻衣からの疑問に亮介は顎に手を当て悩み出す。
「……あぁ」
少し意地悪な質問をしたと反省する麻衣。
真剣に考えた亮介は、その理由についてゆっくりと話し始めた。
「楓って言葉に何故か力強さを感じるんだよ。本当になんでか分からないけどね」
自分で話して驚いてる。
本当に分かってないんだろうね。
「私も、その名前には大賛成だよ……えへへ、なんでか分からないけどね!」
「あ、真似した」
「えへへ…………じゃあ、赤ちゃんの名前は『楓』にしようか?」
「え?良いの?そんなあっさり決めて?」
「良いよ!──実は私も、その名前を気に入っちゃったんだよね!」
「……ありがとう」
「御礼は要らないよ……二人で決めたんだから」
「はは、それもそうだな!」
「うん!」
「──別に凄い人間に育たなくて良い」
「うんっ!」
「だけど、弟や妹が憧れるような──
そんな格好良い姉になって欲しいなぁ」
これで楓の話は終わりになります。
御要望がありましたらその後の話を書くつもりです。
次回は涙子編ですがよろしくお願いします。