さよなら
お待たせしました。
年末は結構忙しいですね……宜しくお願いします。
楓はある場所で撮影を行なっていた。
グルメ番組にゲストとして呼ばれた訳だが……その番組で、楓が地元にある隠れた名店を紹介するコーナーを設けられていた。
そこで楓は昔から好きだった地元のラーメン屋を訪れる。思わぬ大物女優の登場で店の中は賑わい、楓も手を振りながらその歓声に応えてみせた。
アレから何ヶ月も経過し、楓も精神的にかなり成長している。もう同業者を見下す事も無くなったし、ファンを蔑ろにする事もない。
唯一、性格に難ありと言われていた彼女の欠点が消えた事で、人気はますます鰻登りだ。
「……ではお願いしまーす!」
──スタッフの掛け声と同時に、一緒に店を訪れた沙耶香がラーメンを啜った。沙耶香も楓の好きな店と聞いてた為、今日の撮影を楽しみにしていた。
カメラに撮られながらのグルメリポート。楓はカメラの前での食事には慣れている。故に問題なのは初リポートの沙耶香だが──
「う〜ん〜!!とても凄く美味しいですね〜!麺もとても美味しくて、スープも美味しいです!……焼豚もなんか柔らかくて噛みごたえないですし、なんか全体的に美味しいですっ!あと若干辛いですっ!」
……ダメだな、エグすぎる。
しかも生放送だから編集出来ないし……まぁ後でフォローすれば大丈夫だろう。
「……オーケー!!──いや沙耶香ちゃん!!スタジオ爆笑だったよ!!」
「ありがとうございます!!──やりましたよ!!楓さんっ!!」
「………………………」
───────────
撮影が終わった後、私は気晴らしにラーメン屋の外を歩く。久しぶりに地元まで帰って来たので、マネージャーが気を遣って自由時間を与えてくれた。
私はよく通っていた本屋を訪れたりする。
変装しているのに加えて、誰も芸能人がこんな場所を歩いてるとは思わないので騒がれない。
最近では人と話をする機会が随分と増えた。
もちろん考え方を変えたのもある。
そして、私が考えを改める事が出来たのは『人』に恵まれていたからだ。母さんは亮介だけを大切にしてると思っていたけど……それは違って、私が反省するようにずっと話をしてくれたし、私が落ち込んでる時には寄り添ってくれた。
渚沙も、亮介の一件では相当怒っていたが『もうお兄ちゃんの時みたいに間違えたくない』と言って私を切り捨てたりしなかった。
涙子も……あんなに酷い仕打ちをしたのに、私を一番の親友だと言ってくれている。今は教師になろうと大学で勉強しており、来年には教育実習が始まるらしい。
「今なら分かるな……亮介の気持ち……」
亮介は母さんや中里麻衣達を宝物のように大切にしていた。当時は理解しようとしなかったが、自分が死にそうなほど弱ってる時に、心から寄り添ってくれる人が居ると本当に安心するし、そんな存在を大切にしたいと思う。
沙耶香も……認めたくはないが今では心の支えになってる。私と違って彼女には裏表がない。代わりに空気が読めない所もあるが、あそこまで真っ直ぐな人間は芸能界では珍しい。
だから……つい気に掛けてしまう。
やらかしの多い彼女を何回助けた事か。
身の丈に合ってない仕事を沙耶香に振り分ける社長も悪いが、大ベテランの名前を間違えるミスとか、ロケ地の集合場所を間違えるとか大概だぞ?
「……あ」
考え事をしながら歩道を歩いてると、見慣れない結婚式場に到着してしまった。最近出来たばかりの綺麗な建物だ。
「こんな場所にも結婚式場があるなんて知らなかったな──そう言えば……亮介は中里麻衣と幸せに暮らしているだろうか?まぁ彼女なら大丈夫だろう……亮介を不幸になんてしないさ」
それにしても随分遠くまで来てしまった。
私は踵を返し、宿泊しているホテルへと戻ろうとした。さっきは角度が悪く見えなかったが、帰る方向からだと入り口に置いてあるウェルカムボードを確認出来る。
「結婚式ってこんな感じなのか……」
新郎新婦の写真と名前付きのウェルカムボードに興味を引かれ、私は何気なくその看板を目で追ってしまっていた。
「…………え?」
そして、歩いていた足がピタッと止まる。そのボードに釘付けになってしまったのだ。
何故なら写真の人物二人には見覚えがあるのだ。
いや、片方は……新郎の方は見覚えどころじゃない、私が片時だって忘れた事のない──誰よりも傷付けて、誰よりも愛している男性だった。
「亮介……ど、どうして!?」
どうしてこのタイミングで結婚式をしているんだッ!?それも寄りによって私が通り掛かったこの場所でッ!!結婚式の話も半年前だった筈だぞ!!
今日の撮影だって偶然だったし、この場所に辿り着いたのも本当に偶然だっ!あのとき招待状は受け取らず、中身を見なかったから式場や日時なんて知らなかった……!!
「なんでこんな……!!」
本当に会わないつもりだった……でも、写真に写る亮介を見ていると胸の奥底から会いたい気持ちが湧き上がって来てしまう。
この建物の中には亮介が居る……そう思うと今まで堪えていたものが溢れ出す……もう亮介には会わないと誓った筈なのに、手の届く距離に居ると分かった途端、その存在に手を伸ばしてしまいたくなった。
……本当に亮介はどこまで運に見放されているだろうか……こんな偶然は有り得ない。亮介を取り巻く運命の歯車はどこまでもあの子にとって残酷に出来上がってしまっている。
諦めていた私の心にまで火を点けてしまうなんて……どうしよう……本当に会いたくなってしまった。
……私はボードの前から動けずに立ち尽くしていた。でも会いに行けない。私の登場で結婚式を台無しにする訳にはいかないんだから──
「………え……亮介……?」
私が葛藤していると式場の中から亮介が出て来た。
私のずっと会いたかった人……何年も会いたくて、会いたくて……でも会えなかった弟。
それが今、目の前に居る。
昔はずっと側に居たのに、今では夢や想像の中でしか会えなくなってしまっていた最愛の存在が……現実の存在として直ぐそこを歩いていた。
亮介が入って行ったのは喫煙所……少しだけ距離はあるが、ちょっと歩けば触れられる距離まで近付ける。
しかも周囲には誰も居なかった。
私と亮介を邪魔するモノは何もない。
「………………ぁ」
私は吸い込まれるように、喫煙所へ入ってゆく亮介の後を追い掛けていた。
いつの間にかそうしていた。
頭ではダメだと解ってても、長年愛した感情が抑止しきれない。
だから会いたくなかった。
こうなる事が解っていたから。
母さんはもう大丈夫だと思っているけど、親子でも母さんと私は違う人間だから、私個人の感情までは分からない。
母さんには大丈夫そうに見えても、私自身はダメだと解っていたから結婚式の参加を断った。
どれだけ反省しても実際に会ってしまえば思いは止まらないと気付いていたんだ。だからずっと亮介を避けていたのに……なんでこうなるんだ。
(ああ……愛しい亮介が傍にいる)
もう諦めていた。
(でも近くに居る)
しかも周りには誰も居ない。
せめて誰かが止めてくれたら……今だけは自分の足を誰かに止めて欲しい。
だけど……そんな願いなんて叶わず、私は喫煙所まで到着した。
手を伸ばせば届く距離だ。
どうしようもないほど触れたくなった。
私は手を伸ばして亮介の頬に触れようとする。
「……ぁ」
そこで亮介の異変に気が付いた。
「……亮介」
私が触れようとすると、たったそれだけで亮介は肩を震わせたのだ。まだ触れてもないのに、近付いてくる私の指先の気配を感じるだけで、可愛い弟の表情が暗くなる。
私を認識出来ない亮介が、私が触れようとした瞬間にそうなってしまった。
それを本人が自覚しているのか解らない……だけど、こんな顔をする亮介に触れる事は出来なかった。
このまま触れてしまうと私も亮介も戻れなくなると……私に残っていた僅かな理性が踏み留まってくれた。
そして、もう本当にダメだと理解した。
数年経ってこの反応ではどうにもならない。
心の何処かで渦巻いていた見苦しい未練が跡形もなく消えて行く。
(ああ……もう本当にお別れだよ亮介……もうこれで最後にするよ、私がこの世で最も愛した可愛い亮介)
とても悲しい別れなのに涙が出て来なかった。泣く資格なんてないし、例え見えてなくても…… もう亮介の前で無様は晒せない。
だから私は涙をグッと堪える。
………だけど、姉として最後にやる事があった。
私は弟が咥えていたタバコを取り上げ、それを灰皿に棄てた。火の付け方が解ってなかったし、今日が初めての喫煙だろう。
きっと酔った勢いで誰かに貰ったかな?
だからこそ今のうち、私という恐怖心を利用してタバコへの興味を失くさせよう。
それが私に出来る最後のお節介だ。
亮介なら大丈夫だろうけど、万が一にも依存症になってしまっては中里麻衣に申し訳ないぞ?
それに値段も高いからな……吸わないに越した事はない。
「今まで傷付けてごめん」
「…………」
私は謝罪の言葉を口にするが、やはり亮介からの反応はない……それでも話し続けた。
これが最後の言葉になるだろう。
「最後にどうしても謝りたかった。お前には聞こえてないだろうけどな」
私は亮介に深々と頭を下げた。
亮介はボーッと天井を見上げていたが、少しすると喫煙所を出ようと動き始める。
「そろそろ戻るか」
「そうか……その方がいい」
式場にはお前の味方が大勢いるよ。
幸せにして貰える。みんな亮介を大好きだと思うから……沢山傷付けてごめん。
頑張れ亮介。
何を思ったのか、亮介はもう一度タバコに火をつける。亮介は負けず嫌いだからな……うん、亮介は誰にも負けない強い男だ。
私はもう一度タバコを取り上げる。
お前はタバコと縁のない人生を過ごせという、天からの暗示だとでも思ってくれ。
「健康が何より一番だ」
亮介は遂に喫煙所のドアを開け出て行く。最後の別れが喫煙所とは……いやでも会えて良かったよ。
「もう、会いに来たりしないよ……これまでたくさん傷付けてゴメン……どうか元気で──」
──あっ。
亮介が途中で立ち止まりこちらを振り返った。
どうして泣いてるんだ……幸せな舞台なのに……どうか泣かないで亮介……
私も同じように涙を流す。
我慢していたのに、亮介の泣き顔には耐えられなかった。亮介は少しすると涙を拭い立ち去ったが、私は動けないまま立ち尽くしていた。
「──お幸せに」
ただ、この一言だけは絞り出す事が出来た。
私は亮介が式場に入ったのを見届けてから、その場を後にする。
帰り際に、亮介が一瞬だけ火を点けたタバコの煙が鼻に付いた。
「──楓さん」
「…………中里麻衣か」
中里麻衣が去ろうとする私に声を掛けてきた。何処かで見られて居たらしい。だけどなんで声を掛けて来るのか私には理解出来なかった。
罵声を浴びせたいんなら解る……なのに、どうして彼女は悲しそうな顔で私を見ているんだ?
長年、中里麻衣や亮介を傷付けて来た……そんな私が涙を流して立ち去ろうとする姿は、滑稽で清々しい筈だろうに……
「……楓さん……私は……ずっと、楓さんと仲良くなりたかったです……」
「そうか……悪かったな」
優しい奴め。
私がどれだけ傷付けて来たと思ってる?一度だってお前には優しくして来なかったのに、そんな私と仲良くしたかった?
「………ふっ」
「………え?」
「あ、気を悪くするな──私も同じ気持ちになったから、思わず笑ってしまっただけさ」
「…………ッ!」
私に対して、中里麻衣は初めて嬉しそうな表情を浮かべた。こんな表情を私に見せるのは初めて。
お前がそんな性格だから亮介も救われたんだろう。
私は彼女にゆっくりと近付き、優しく彼女を抱きしめた。まさか私がそうするとは思ってもおらず、とても驚いて居たが次第に受け入れてくれる。
私の背中にも手を回し、身体を預けてくれた。
「……私から亮介を守ってくれてありがとう。お前なら亮介を幸せに出来る……私が保証しよう。お前は世界一良い女だからな」
「………か………かえで……さん……ヒグッ」
これまで何があっても自分を認めてくれなかった女性が、亮介の結婚式で初めて認めてくれた……それどころか芸能界で大成功を収めている自分を差し置いて、麻衣に対し『世界一良い女』と口にする。
もう麻衣にはどうにも涙を止められなかった。
嬉しくて、嬉しくて仕方ない。
麻衣も亮介と同じで、楓の事をずっと格好いいと思っており、ずっと憧れていた。
絶対に叶わないと諦めて居た『楓と仲良くなりたい』という夢が、ようやく叶ったのである。
麻衣は嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。
「お前も亮介も……最後の顔が泣き顔なのは止めてくれ……せめて『麻衣』……お前だけでも笑って居て欲しい」
「……ぐず……はい………初めて名前だけで呼んでくれましたね……ずっと中里麻衣だったから」
「はは……本当だな……もっと早くお前の良さに気付けていたらな」
「………楓さんにそういって貰えると嬉しいです」
「……この前は痛い思いをさせて悪かった……どうか許して欲しい」
「はい……許しますよ。というか気にしてませんよ、そんな昔のことなんて……へへへ〜」
「そうか……亮介を宜しくな?」
「はい……任せて下さい、楓お姉さん」
「………じゃあな」
「………はい、また今度ッ!!」
私は最後に麻衣の背中を優しく撫で、彼女からゆっくりと離れた。
気にしてないか……本当に酷いことを行った自覚が有ったのに、それでも許してくれるなんてな。
私は麻衣に見送られながらその場を後にする。
「ありがとう、麻衣……会えて良かった」
麻衣は自覚しているんだろうか?
自分は亮介だけでなく、私みたいな卑しい女の心まで救ってくれたことに……
私は最後に式場を振り返った。
「さよなら」
姉の結末は本当に最後まで悩みました。
悲惨な結末も考えてましたが、やっぱり亮介の家族が悲しむ展開を考えると、死ぬほど反省されてから亮介を諦めさせる展開が良いと考え直し、このような話となりました。
次は生徒会長と桐島の話です。
また、書いてる内に新しい話が思い浮かんでしまったので、その後の楓の話をもう一話どこかで書きます。
宜しくお願いします。
別の作品を今年中に投稿予定なので少し遅れそうですが、ひと月以上遅くならないので、お待ち頂けると幸いです。
その時に姉の話も一緒に上げたいと思います。
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