14話 楓
夜にもう一話投稿します。
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〜中岸孝太郎視点〜
「………ふぅ〜」
美味いと評判のラーメン屋で昼食を取り、外に設置されている喫煙所で一服していた。
最近、タバコの値段が跳ね上がっているが、独身の俺にはそこまで気にならない。
とは言っても、流石に1000円を超えたら辞めるけどね。
「ふ……500円の時にも同じこと言ったな」
つまり、俺はタバコを辞められない。
実質、ニコチンに敗北したという訳だ。
今は5月と少し暖かくなってきた。もう少し寒ければ今日のラーメンはもっと美味かったろうな。
「おっ、孝太郎おじさんっ!」
「ん……なんだ由梨ちゃんか」
喫煙中に意外な人物と出会した。
彼女の名前は中岸由梨。
今年で大学を卒業している。
兄さんの娘で、亮介の従姉にあたる人物。
亮介が転校した高校では同じクラスになったから色々と手助けをしてくれたらしい。
「独身の癖にタバコ吸ってんの?」
「余計なお世話だ」
しかし、亮介と違って生意気だ。
40歳を過ぎた男に、遠慮なく独身ネタを吹っかけるのは彼女くらいだろう。
まぁそこが可愛い所なんだけど、独身の癖には流石に舐め過ぎだぞ?
「高校を卒業して以来だから……4年ぶりか?ここのラーメンは美味しいぞ」
「はぁ?ネタバレとか最悪なんだけど?」
「味もダメなのかい?」
とんでもない姪っ子だ。
少し離れた所に小柄な女性が立っている……目が合うと礼儀正しくお辞儀をして来た。
そういえば由梨にも招待状が届いてたな。
「……明日、楽しみだな」
「うん!美味しいもの食べれるし!」
「……そうか」
22歳の女性とは思えない発言だ。
2人で談笑しているとラーメン屋の中から人が出て来る……格好からして店の従業員だろう。
「本日、2名で予約の松本穂花さま〜、お見えになりますか〜?」
「あ、やばっ!──それじゃアラフォーおじさん!行ってくるね!」
名前を呼ばれたもう一人の女の子──松本穂花さんと一緒に慌てて店に入った。
ここが優しい店で良かったな、普通なら呼ばれずに順番を飛ばされてるぞ?
俺はタバコの火を消して車に乗った。
それからアラフォーおじさんは止めてくれ。
「それにしても──」
俺は運転しながら楓について考える。
自分で蒔いた種とはいえ、彼女はあまりにも可哀想だった。アレだけ弟を激愛していたというのに、その弟が楓ちゃんを認識出来なくなってしまった。
思い出も全て跡形もなく消え、目の前に立っても姿が見えないらしい。
あのときに楓がみせた取り乱しようは尋常ではない。今でも夢に出るくらいに凄まじかった。彼女にとって亮介との人生が何よりも大切だったんだろう……なのにこれから一緒に過ごす可能性も途絶え、挙げ句の果てに大切な思い出さえも亮介の中から消えてしまった。
その事実が楓には受け入れられなかった。
あまりの様子に彼女の精神がおかしくなってしまったんじゃないかと俺も凛花も肝を冷やした。
楓は亮介を陥れた酷い姉だが、それでも俺にとっては姪っ子で、凛花にとっては大事な娘でもある。
だから放心状態で日々を過ごす彼女を見て、凛花はいつも辛そうにしていた。
だけど……楓の精神は信じられないほど屈強だった。1ヶ月もすれば一人で立ち直り、今度は新しい手段をもって亮介を手に入れようと動き始めた。
亮介が、彼女を化け物と感じた理由が分かった気がする。あそこまで強靭な心を持つ人間を見るのは、これまで数多くの著名人と携わって来た俺でさえ初めてだった。
──楓はこれまでモデルとして隠れて活動していたが、今度は亮介の目に留まるためテレビに露出し始めたのだ。
そして日に日に外見も綺麗になって行く。
整形という訳でもない……彼女はまるで神様に導かれるように女神のような女性へと成長し、一際輝く存在になって行ったのだ。
女優として活躍する楓。
四年経った今では知らない者の居ない、綺麗でお淑やかで完璧な女性となった。
そこまで頑張れたのは、活躍すればするほど亮介に見て貰える可能性があると思ったから……そんな根拠のない可能性を追い求めて、彼女は血を吐くような努力を重ね生きている。
「それでも……ダメだったが──」
まだ亮介には楓が見えない。
あんなに毎日テレビに出てるのに、それでも楓を認識する事はなかった。
可哀想……とは思うけど、彼女の努力が報われて欲しいとは思わない。
そうなってしまえば亮介が壊れてしまう。
病院での一件以来、亮介は楓を認識出来なくなったが……そうでなければ、あのとき亮介は完全に壊れてしまってたらしい。
医者が言うには、自分の中から姉の存在を消し去る事で崩壊を逃れ、なんとか自我を保って居るんだとか。
本来であれば廃人となっていたんだ。
麻衣ちゃんが来なければ亮介は完全に終わっていた事になる。
やっぱりどう考えても許せない。
だけど姪っ子だから芸能活動を潰す訳にもいかない。亮介関連で潰せるネタは結構有るんだけど、それを世に出してしまうと亮介に認識して貰える手段を失い、今度は楓が壊れる可能性が非常に高い。
だからといって、このまま放って置いても亮介に悪影響を及ぼし続ける。
楓の話題になると亮介は逃げ出してしまうので、彼女が有名になるほど亮介は生き辛くなる。
俺はかなり悩まされていた。
「病院の一件も……弟が心配で取り乱した事になった。若干叩かれはしたけど、そのお陰で弟想いな姉の出来上がりだ」
あの病院での騒動さえも利用したのは恐ろしく、亮介に対する執着さえなければ良かったのにと、考えない日はない。それさえなければ家族から誇らしい存在になっていたろうに……
「めでたい日の前日に悩んでも仕方ないか」
明日は大学を卒業した亮介と麻衣ちゃんの結婚式。俺が待ちに待った大イベントだ。招待状が届いてから楽しみで仕方なかったよ、もう本当に。
「今年で亮介も22歳か……この歳になると時間の経過が早過ぎる」
俺は新しいタバコに火をつけた。
明日は一本も吸わないと決めてるから、明日の分は今日の内に吸ってしまおう。
次がエピローグです。
投稿は今日の夜遅くになりますが宜しくお願いします。
また、亮介から認識されなくなってしまった楓視点の話も、エピローグ後に投稿しますので宜しくお願いします。
また、桐島や生徒会長と再会する話も用意してます。