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13話 冤罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない


俺が小学6年生の頃、あるドラマを観て不快な気持ちにさせられた。


内容は女子中学生が泥棒と間違われて、友達だった者とクラスメートから散々虐められてしまう話。

もちろん主人公は無実であり、視聴者である俺は回想とか心象描写でその真実を知っている。


俺はどんな仕返しをするのか、それと主人公が無実だと判明した時、周囲はどんな反応をみせるのかを毎週楽しみに観ていた。



……だが、このドラマは悪い意味で期待を裏切ってくれた。


なんと、真実を知って謝りに来た友達を、主人公はアッサリと許した。

これまで教科書を破いてきたり、暴力を振るってきたり、机の上に花瓶を置いたりした悪辣な友人を、主人公は『今までごめんなさい』の一言を聞いただけで許してしまったのだ。


俺はそのドラマにがっかりしたのと同時に、あんなに虐めて来た人間を、ごめんなさいの一言で許してしまう主人公がどうしても理解出来なかった。


そして何より、主人公にそんな台詞を吐かせるキッカケとなった周囲の人間に対し、俺は強い憤りを感じていた。



『……………』


隣でドラマを見ていた妹の側で、俺は思わずある言葉を呟く。



『これだけ酷い事した人を許せるなんて信じられない。それに周りの人たちも酷いな……俺は簡単に謝る人間は信用出来ないよ』


『……お兄ちゃん?』


『渚沙も、➖➖➖も、本当に悪い事をしたら、簡単に謝るような人間にならないで欲しい』


「う、うん』


それに対し、妹は神妙な面持ちで頷いてくれる。

もう一人……誰か居た気がするんだけど……全く覚えてないから渚沙の友達だったと思う。


俺はこの日以来、簡単に悪役を許してしまう物語が苦手になった。

アクション映画やバトルアニメ等にある、ライバル同士の和解は楽しめるのに、そこにリアルが絡むとキツくなる。


ある種のトラウマを植え付けられてしまった。



──渚沙がこれまで謝って来なかったのは……この出来事を覚えてくれていたからだろう。

だから渚沙は俺との接触を避け、謝らずに居てくれた。一年以上も時間を費やし、反省を態度で示してくれていたんだと思う。



────────


「お、お兄ちゃん……」


入院してから一度も会ってなかった妹と、俺は久しぶりに対面している。

最後に会ったのは高校二年の夏休み前だったから……だいたい一年半ぶりの再会になるのか。


懐かしい……というより胸の奥底がモヤモヤする。

そして、俺はこのモヤモヤを払拭する為に来たのだ。


今は渚沙の部屋で二人っきり。

母さんには敢えて退席して貰っている。


狭い空間で2人……憎らしい、とっても憎らしい。

俺をあんなに追い詰めた癖に簡単に謝って……来なかった。だから話くらいはちゃんとするって決めたんじゃないか。


無駄な事を考えるな……話すことに脳を集中させろ……ふぅ〜……


………


……よしっ!


俺は蘇る渚沙との負の記憶を振り払い、目の前で俯く渚沙に声を掛けた。



「……渚沙……手紙……」


「………ッ!」


俺から声を掛けるのは久しぶりだ。

渚沙も最初は嬉しそうにしていたが『手紙』というワードを聞いてビクッと震える。


やっぱり、俺の引っ掛かりは間違いじゃない。

まずはこの件について話さないと。


俺が壊れていた時に書いた手紙。

あの反応を見る限り、きっと、俺が書いたと『思っていた』内容とは全く別の文が書かれてたに違いない。



「その手紙ってまだある?」


「……うん、とってある」


捨てていれば前途多難だったが、やっぱり取っといてくれていた。

渚沙の性格上、捨てる事はないと思ってたけど……そのお陰で話がし易くなった。



「ちょっと見せてくれるか?」


「え!?……あ、でも」


渚沙は言い淀む。

そして言葉を続ける。



「お兄ちゃんの状況は知ってるから……あの頃は病気で苦しんでるんだって……だから見ない方が──」


「あの頃はって何だよ?今が完治してるみたいに言うんじゃない」


「………は、はい」


怖がらせてしまった。

渚沙が相手だと強い口調になってしまう。

どうにか抑えて話さないと……でも、対面するとちょっとキツイし、今は正常だと思われてるのも腹立つ。

悪気がないからこそ、苦労を踏み躙られてると感じてしまう……そんな訳ないのに……俺はいつもこうだ。


だけど大丈夫、相手は怪物じゃなくて人間だから、冷静でさえいれば普通に話が出来る。



──俺は拳を握り締めた。

強く握り締めた。

両方の手で強く握り締めた。


そして意を決して話をする。



「俺は前に進む為に、知っておきたい……俺がなんて書いたのか見せてくれる?」


「……………うぅ」


渚沙は長い葛藤を見せる。

妹としても手紙を見て思い出したくないだろう。

だから本気で悩んでいる筈だ。


じゃあ待とう、渚沙の心が決まるまで──


──そして、困った時に髪の毛を弄る姿は相変わらず健在だった。


もう子供っぽいツインテールはやめている。

大人っぽいストレートのロングヘアだ。



「……………………うん」


渚沙は長い葛藤の末、遂に頷いてくれた。

立ち上がると押し入れを開け、その中から小さな箱を取り出し、座布団に正座している俺の前にコトッと優しく置いた。


そのまま渚沙は対面に座り、躊躇しながらその箱を開く。


すると、中には複数の手紙……というよりメモ用紙が入っている。



「……ゔ」

「……ッ!」


開けて直ぐ、ある文字が目に付く。

それを見て俺は気落ち悪くなったが、渚沙も同じように口元を押さえている。



(これを……本当に俺が書いたんだな……)


朧気ながら思い出して来た。

俺が壊れたばかりの頃に渚沙が『一度だけ』手紙を書き、俺の靴の内側に入れた事があった。


それは謝罪とかではなく、もう二度と近付かないから安心して欲しいとの内容だった。俺が病気だと判明する前だったので、俺を少しでも安心させようと考えた行動なのだろう。


中学生らしい浅はかな考えだ。

ただし、あの時から病気だと分かっていれば渚沙はそんな行動を取らなかったと思う。



──そして、問題なのはこの後。

妹の精一杯の勇気を踏み躙るかのように……俺は返事としてこう書いていた。







『シネ』






カタカナで二文字。

それは俺が書いた字で間違いなく、それが自分でも信じられなかった。


だけど頭の片隅に残っていたんだと思う。

何故ならどんな事を書いたのか知りたいと思ってたからだ。無意識に酷い事を書いてしまったのを覚えていたんだろう。


しかもそのあと渚沙は手紙を書いていない。

なのに俺は、毎朝、靴の中に渚沙からの手紙が入ってると勝手に妄想し、渚沙の靴の中に『シネ』と書かれたメモ用紙を入れていた。


自分は『ムリ』と書いたつもりだったが、実際には違う文字だった。


学校にも行けなくなる筈だ。

毎日、靴にこんな物が入ってれば、気の弱い渚沙が学校に行ける訳がないんだ。その前から学校には行かなくなっていたものの、完全に心を折ったのは手紙が原因だったのだ。



──これが渚沙に対する負い目。

今も俯く渚沙は当時の事を思い返している。だけど泣いたりはしない……成長しているからだ。


母さんの言う通りに渚沙は強くなっている。それにずっと前から、それこそ冤罪だと分かる前から渚沙は何度も話をしようと近付いて来ていたが、それを俺が突き放した。


恐らく相当傷ついた筈だ。でも俺がずっと味わって来た痛みはこれの比じゃない。それでも酷い事をしたのは事実として残っていて……渚沙になら、この痛みを知って欲しいとも思える。


そして、あの時の俺は母さんの言葉なら正しく判断する事が出来た。

だから手紙にも『今日から学校行きな』と間違いなく書いてある──初めて『シネ』以外の、それも肯定的な文が書かれていたんだ……上機嫌でスキップするのも頷ける。



「──嫌だよな、こんな手紙を貰って」


「ううん、私の方がずっと嫌な思いをさせて来ました……」


渚沙は涙を堪えながら、それでも真っ直ぐ俺を見つめて来る。



「こんな手紙を書かれて本当に傷付いただろ」


「ううん、私の方こそたくさん傷付けてきました──そして今だから言わせて下さい」


「…………なんだ?」


「……本当にごめんなさい……お兄ちゃん」


「………………………あ」


──すぅーっと……本当にすぅーっと……胸の中の何かが崩れてゆく気がした。

それは地獄の中で築き上げた物で、決して良い物ではない……そんな負のタワーが崩壊して行く。


謝罪したからもう許せない?


違う……この謝罪の言葉はなんか違った。

渚沙なんて謝っても嫌悪するべき存在なのに、何故かそれが難しくなる。




──俺は、無実の罪だと分かった後に謝られても絶対に許さない。


だけど今の渚沙みたいに、想いが込められた謝罪の言葉は胸に響く。

許さないと言ったのに、それでもひたすら謝って来た連中の謝罪とは明らかに質が違う。

渚沙みたいに簡単じゃなくて、それこそ時間を掛けてしっかりと反省してくれるのなら、謝罪の言葉を聞けて良かったと思える様になるんだな。


…………


…………それでも、俺はまだ許せない。

しつこいかも知れないが、そんな簡単な話ではなく、これからも渚沙へ対する恨みは忘れないと思う。


だけど、面と向かって話そうと思えたのは渚沙と生徒会長の二人だけだった。

俺を傷付けた連中はたくさん居たのに、謝罪の気持ちが伝わって来たのは2人だけで、後は罪悪感から逃れたいだけの軽い謝罪……ただ謝って終わりだった。



「……さ、最近……学校はどう?」


ついどうでも良い事を聞いてしまった。

妹の近状なんて心底どうでも良い……なのに気になった。アレからどうしてたのか、クソみたいな父親と2人っきりで嫌じゃないのか。

どうでも良いけど少しだけ気になった。



「う、うん!うんうん!話したい事が沢山あるよ!聞いて貰えると嬉しいっ!」


そして聞かれた渚沙は嬉しそうに笑う。

ずっと緊張してたみたいだったけど、今の質問で笑顔になりやがった。ちょっと優しくすれば調子に乗るのは相変わらずだな。



【さよならお兄ちゃん……ありがとう】


背後から渚沙の声が聞こえる。

だけどコレは渚沙じゃない気がする……だって目の前で喋ってるし。


だけど背後の渚沙も、目の前の渚沙も、俺にとっては本物の義妹で間違いない。



そして──


後ろの渚沙とは二度と会えない気がした──



うん、コレでやっと消えてくれた。

俺の中にあった重い荷物が一つ振り落とされたのを感じる。



背後から聞こえる渚沙の声に、俺は最後まで振り返らなかった。もう目の前の渚沙だけで充分だ。








主人公が謝罪を拒む理由になります。


次回を楽しみにして下さい。

投稿は明日行いますが、投稿はやはり遅くなりそうです……ひょっとしたら日を跨ぐかも知れません。


ポイント評価なども宜しくお願いします。

貰えると、とても嬉しいです。

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