5話 針のむしろ
別視点の話なので、普段よりちょっとだけ短いです。
本日2話投稿の1話目です。
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〜姫川涙子視点〜
夏休みが終わって数週間が経過した頃。
私達の学校に通う生徒は、世間から忌み嫌われる存在となってしまっていた。
──ある週刊誌とネット記事に、私たちに関するとんでもない情報が記載された。
無実を訴える少年を学校中で虐めて、精神疾患を引き起こすまでに追い詰めたという内容の記事だ。
「……精神疾患……嘘……?」
記事を読み進める……すると『統合失調症』という病名が書かれていた。その病気について詳しく調べると……その恐ろしい症状に思わず震えてしまう。
私は直ぐに楓ちゃんに事情を聞きに行った。
夏休みの間は会わなかったけど、姉である彼女なら知ってると思ったからだ。
「………楓ちゃん、亮介君は大丈夫!?」
「……ああ……私の所為で……」
でも楓ちゃんは上の空だった。
話し掛けても虚で、私の質問にも答えてくれない。ただ、その雰囲気で良くない状態だと分かる。
他の人が話を聞きに来ても答えず、学校も休む事が多くなった。今の楓ちゃんからは生気をまるで感じない……だけど友達だから学校にいる時には出来るだけサポートしている。
そして、肝心の亮介君は──もう家にも学校にも居なかった。
「転校……ですか?」
「ああ中里も一緒だ。もう手続きは済ませてある。事情が事情だからな。向こうの学校も我々も協力は惜しまなかった……別れの挨拶は諦めてくれ」
そう話す先生は、何処か疲れ切った表情をしている。
だけど当然の事だ……あんな記事が出回ったんだから、その対応に追われている筈だ。
だけどこれで亮介君が居ない理由が分かった。
転校していたんだ……それも家族とじゃなく、母親と二人だけで引っ越し、転校していた。
同様に麻衣さんの家も空き家になっている。もう麻衣さんが桐島さん達に虐められてないか心配する事も出来ない。
「ねえあの制服でしょ?」
「うわ……屑集団じゃん」
「偏差値が高くてもあんな学校嫌だわ」
「精神病に追い詰めといて良く生きてるな」
「……………」
気が付くと亮介君と同じ状況になっていた。
彼の受け続けた苦しみを味わっている。
私たちは何処に行っても針のむしろだ。
学校行事で他校と合同になれば、決まって罵られ、制服を着て登下校していると陰口の対象になる。
運動部は本当に大変だと聞く。
学校には繰り返しクレームの電話が来てるらしいし、面白がって学校を見に来る人達が大勢あらわれた。
動画サイトに学校が晒され、コメント欄では私たち生徒に対する誹謗中傷で溢れかえっている。
未成年の通う学校に関する話なので、地上波のテレビでは流す事は出来ない。
それでも今の時代だ……動画やネットで詳しく知る事が出来てしまう。
だから大勢の人達は事件の概要、そして私たちが行って来た非道を知る事が出来たのだ。
しかも日本中を騒がせた冤罪事件の被害者に関するニュースだから、世間に広まるスピードも凄まじかった。
私たちの汚名が晴らされる事はないだろう。
「…………」
私は教室中を見渡した。
クラスのみんな憔悴しきった表情で項垂れている。ここは上級生のクラスで、亮介君の虐めに関わっていた人間はそこまで多くない。
だけど、廊下で出くわしたら嫌な顔をし、ヒソヒソと笑い者にしてきた人達はとても多い。
現に麻衣さん以外に、亮介君に手を差し伸べる人間は、先生も併せて誰も居なかったのだ……私を含めて。
「……だけど……転校か……」
もう謝る機会さえも失った。
生きてる希望が見出せない……学校に行くのも辛い。
あまりにも苦しそうだったから、お母さんが心配して病院へ連れて行ってくれた。
だけどそれほど重い症状ではなかったらしく、薬を貰うだけで済んだ。
お母さんは亮介君の件もあったから、軽い症状で安堵してたけど、私は恥ずかしくて堪らなかった。
自分にとっては耐えられない状況なのに、診断すればそこまで重い症状じゃない。
亮介君の苦しみを少しは味わったつもりだったのに、全然ダメみたい。足元どころか爪先にまで届いてないと思う。
どれだけ苦しい思いをして来たんだろう?どれだけ追い込まれれば心は壊れるんだろう?恐らく私には一生解らないと思う……この程度で心が折れているんだもん。
想像を絶する苦しみだったんだよね……本当に……
「………姫川さん、元気出して下さい」
「そうです……外は怖いけど学校なら安心です」
そう言って生徒会メンバーが励ましてくれる。
「………あ」
その言葉を聞いて初めて気が付いた。
私にはちゃんと受け入れてくれる場所があるんだ。
学校中が疎まれる存在なのだから、学校に居る間はお互いに傷口を舐め合える……今みたいに励まし合う事だって可能だ。
そして家に帰れば優しい家族が手厚くサポートしてくれる。
だから学校と家では安心して居られるんだ。
「……生徒会長!?」
私は生徒会室を飛び出し、トイレに向かった。
そして便座に座りながら涙を流す。
「君には……どこにも逃げ場が無かったんだよね」
学校では全校生徒が敵……そして周りの悪意が麻衣さんに向けられない様に、彼女を守りながら過ごさないといけなかったんだ……きっと心休まる時間なんてなかった筈。
そして家に帰っても母親以外に味方がなく、本来なら安らげる場所ですら安心して暮らせない。
こんな地獄……もう想像するのも恐ろしい。でも亮介君にとってはどこまでも現実の出来事なのだ。想像するだけで吐き気を催す日常の中で一年間も耐え忍んで来たんだ。
「そんなの……壊れて当然だよ……」
私は泣きながら去年の文化祭を思い出す。
体育館の隅っこに追いやられ、そこで麻衣さんと二人っきりで過ごす二人。
私はそれを知っていたのに声を掛けなかった。心配する素振りさえも見せなかった……その時の光景を思い出して、今更ながら後悔する。
──そして、どれだけ辛い日々を過ごしても……結局、私は壊れる事が出来ない。
どこまでも正常のままだった。
彼の絶望には遠く及ばないのだ。
訳あって午前中だけ時間が出来たので投稿します。
夜にもう1話投稿します。
今度はクラスメート視点です。
宜しくお願いします。