3話 【ネエサン】
「」が本当の言葉。
【】が亮介の妄想です。
あの時、亮介が許さなければ違った未来が訪れていたのかも知れない。
『依存させてから捨てる』──その為に楓を許してしまった失態が今になって襲い掛かって来る。
もし拒絶していれば、もしかすると楓は来なかったかも知れない。正気を失くした時に降した決断が……亮介を締め殺そうとしていた。
「……………え?」
「亮介………久しぶりだな」
慈しむように、優しく話し掛けて来るのは、さっきまで雲の上に立っていた姉だった。
「………いや……でも、あれ?」
「亮介、寝起きか?」
おかしい、おかしい……それはおかしい。
だってこの病院には姉さんが入って来れないって話だったのに、というよりさっきあんな高い所に居たじゃないか。
──亮介は慌てふためく。
自分にとって安全エリアと化していた病院に、自分にとって最大の天敵が現れてしまったのだ……この場所では心底安心していたのもあり、その動揺は計り知れない。
「どうした?──あ、色々と話したい事があったんだ、また聴いてくれるか?」
【アあ、会いタカったぞ、亮スケ……ワタしを捨てないでクレ……オマエだってアイタカッタだろ?】
「俺は別に……」
会いたくなんてない会いたくなんてない!!
──心が動揺していても態度や表情には表さない。
もう既に姉との戦いは始まって居るのだ。
「せっかく来たんだが、体調が優れないようなら日を改めようか?私は亮介の顔が見れて満足だぞ?」
【亮スケ……小指ガまだイタイ……なぁ?ホカにシテホシイことはあるカ?】
姉さんの指には包帯が巻かれている。とても痛そうだ……アレは俺が命令して折ったモノだ。
そうだ、何を恐れる必要があるんだ?
俺は姉さんに勝てるんだよ!昔は完璧な人間に見えたけど、今の姉さんは命令されれば指だった折る情けない女なんだっ!
そうだ……落ち着いて、思い出して、行動して、そして頑張れ頑張るんだ山本亮介ッ!本来の目的は姉を倒す事だった筈だっ!此処は冷静に対応しないと……まずはどうやって来たのか、そして目的を探らないと……!!
「……どうやって降りて来たの?」
「ん?降りて来た?なんの話だ?」
【頑バッテ、ソラからオリテきたんダゾ】
「なんの為に此処に来たんだ?」
「なんの為って……亮介に会いに来たんだぞ?」
【ツメタイなぁ……亮介に会いに来たんだぞ?】
そう言って姉さんは足元に跪いて来た。
やっぱり最悪の予想は的中してしまう。
姉さんは俺に会う為にやって来たんだ……たまたま訪れたとか、そんな奇跡は有り得なかった。
もう雲の上の存在じゃない、あんな遠くじゃない、姉さんは身近に存在している。
そう、足元に居る。
まさか急に距離を詰められるなんて……
………いやそれで良いじゃないか。
姉さんから近くに来てくれたのはありがたい。
これで計画通りに復讐が遂行出来る。
さっきは『会いたくなんてない』って口に出さなくて良かった……弱音を吐いてしまう所だった!
そんな風に逃げ腰では姉さんには勝てないっ!
……それにしても、俺はどうして姉さんを遠ざけようとしていたんだろう?
今になってはそれも分からない。
それにこんな病院如きが姉さんを止められる筈がないのだ。姉さんは俺が命をすり減らしてようやく戦える相手なんだ……いわば人生のラスボス。
姉さんの顔を近くで見たら忘れかけていたモノを全部思い出した。
そうだ、ラスボス相手に安全地帯なんかある筈もない。きっとこの病院も姉さんに支配されてしまったんだ。むしろ姉さん相手に1ヶ月も保ったのが奇跡に近い。
「姉さん……また話を聞かせてよ」
これで良い、いつもの様に対処すれば問題ない。
「ん?ああ、そうだな!……椅子を借りていいか?」
【アア、聞いてクレルノカ!!アイシテル!】
そう言って姉さんは床に跪きながら涙を流した。
やっぱり姉さんからは逃げられない、油断していた、病院を頼りにし過ぎていた、一休みしている場合じゃなかったんだ。
──俺は覚悟を決め、足元のネエサンを見た。
……そんな時だった。
「亮介ぇぇッ!!!」
「な、なんだ?」
碓井くんが入って来た。
碓井くんを見てネエサンは驚いている。
だけど高宮先生と一緒に居る……碓井くん、その先生は気を付けて、ネエサンとグルだから、ネエサンをこの病院に招き入れた張本人。
「山本くん……すまなかった!」
そう言って高宮先生はネエサンを外に引っ張り出した。恐らく外で打ち合わせをするのだろう。残った碓井くんは心配そうに俺を見ている。
「……今日はバイトで遅くなったから……済まない……もうちょっと早く来ていたら、お前と姉を二人っきりにする事も無かったのに……!」
「大丈夫だよ碓井くん……絶対に負けないから」
「亮介……」
──俺は窓の外を見る。
夕焼けの空では鳥が飛び回っている。とても羨ましいと思う。今すぐ鳥に生まれ変わりたい……仮令食われる運命だとしても今よりはずっとマシだ。
「亮介ぇぇッッ!!コッチを向いてくれッ!!」
──俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
俺は窓の外を見ている。
だけど何も考えずにボーッとする事が出来ない。
せっかく掴んだ平凡に生きて行く為のコツを全部忘れてしまっていた。
もうまた頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……やっと良くなって来たのに……もう少しで……どうしてこんな事に……!」
碓井の嘆きは亮介には届かない。
──俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外のネエサンを見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。俺は窓の外を見ている。
どんなに窓を眺めても考えは落ち着かなかった。
どうしてネエサンは今になって現れたんだろう?恐らくきっと確実に間違いなく俺が忘れようとしてたから思い出させようとして来たんだ。
一度心に誓った復讐を途中で止めようとするから怒ってるんだ。でも怒って当然だよな……指の骨を折ったんだし。
ああーもうー……また今日から眠れないよ。
──いつものように『普通』を演じている。
だが碓井の目には普段と違って見えていた。
何かがいつもの亮介とは違うのだ……窓の外を眺めるその瞳には余裕なんて感じられない。
碓井は奥歯を強く噛み締めながらも、ずっと亮介に寄り添い続けるのであった。
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〜高宮院長視点〜
「ふざけるなっ!」
「な、何をするっ!」
私は病室に侵入した山本楓を引っ張り、病院の外まで連れ出した。山奥に建てられたこの病院の周囲には他の建物が存在しない。外に連れ出し、彼女が騒いだところで誰も気が付かないだろう──それぞれの病室は防音設備なので患者を刺激する事もない。
「女性に手を出して、どういうつもりだ!」
「貴女こそ不法侵入するとはどういうつもりだっ!」
「……ッ」
自覚が有るらしい。彼女は黙り込んでしまった。だが此処で彼女が反省したとしても意味がない。恐らく今日の出来事はとんでもないマイナスに働いた筈だ。
患者が逃げ出さないように、警備会社に周囲を警戒して貰っている。
しかし、それはあくまでも入院者の脱走に対しての警備であり、外からの人物まではチェックしない。
今まで侵入者なんて一人も居なかったし、その警備方法で問題になった事は一度たりともない……だから、侵入を許してしまった。
「君は……何をしたのか分かってるのか?」
「何って……亮介に会いに来ただけだ……どうして……それがそんなに悪い事だと言うんだ?」
「…………」
「喧嘩して仲直りした弟に会うのがどうして問題なのだ?!亮介は確かに許してくれたんだ……!!」
「…………」
問診での話を思い出した。
私に心を開いてくれて……最近話してくれたんだ。
『姉さんを許して、依存させて、最後に捨てるつもりで居ました……最低でしょ?』
私は良く話してくれたと言った。
むしろ、その計画を最低だと自覚し始めた事が本当に嬉しかった……確実に、大きく前進している証拠なのだから。
………
………だから姉との接触は避けるべきだったのだ。
彼女だけじゃなく、父親、同級生、妹、生徒会長。
彼彼女達と会わせるのも非常に危険だった……少なくとも半年は時間を掛ける必要が有ったのだ。
それなのに……順調に進んでいた治療を……くっ!
(問題なのは、今日の姉との接触で、どれだけ症状が悪化するのかだが……)
せめて振り出しに戻る程度で済んで欲しい。
もし、入院するよりも酷い状態になってしまっていたら……?
万が一、母親達にまで幻覚を見てしまったら……?
そうなってしまっていたら、もう現実の世界に戻って来れない可能性が高くなる。
──本当に不幸中の幸い……碓井くんが来てくれたのは助かった……お陰で少しは落ち着いてる。
しかし、碓井くんは心から信頼されていても、麻衣さんや母親のように毎日一緒に居る訳ではない……少なからず、麻衣さん達にしか癒せない心の傷が有る筈なのだ。
「吉木くん……亮介くんの母親に連絡は取れるか?出来る事ならば……今日中に来て欲しいと伝えてくれ」
「は、はい!」
私が声を掛けたのは楓さんの侵入を許した看護師だ。
だがこれは彼女の過失ではない……私の責任だ……ならば私が責任を果たさなければならない。
出来るだけ迅速に──ッ!!
「……亮介……私はお前に会えるのを楽しみにしていたんだ……また昔みたいに……な、何がいけなかったんだ……?」
流石の楓も、病室で見せられた碓井の態度、血相を変える医者の様子を見て只ならぬ空気を察した。
だが、それでも会いに来た自分の何がいけないのか理解が出来なかった。酷い言葉で罵った訳でもない、嫌われる態度を取った訳でもない……ただ純粋に慰める為に来ただけなのだ。
亮介が病気になった原因が自分にあると知らない楓には、今の状況が全く理解出来て居ない。
──そんな楓を他所に高宮は凛花に電話を掛ける。
彼女達の前では正気を保てる事を信じて。
会社でコロナの欠員が出ました。
その分残業しなきゃダメになったので、次回の投稿は21時〜23時とかなり遅くなってしまいます。
※この話をお読み頂き、亮介が本当に治るのかと心配になると思いますが……楓へのザマァも含め、最後まで期待して頂けると有難いです。
遅くても今月中には後編を書き上げたいと思ってますので、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
ポイント評価やブックマークをして頂ケルと非常に嬉しいです。是非宜しくお願いシマス。