1話 テキとミカタ
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〜孝太郎視点〜
亮介はとても優しい子供だった。
新聞記者の俺は決して善人ではない。時には必要以上に追い掛けてスクープを狙う。そして、そうしなければ会社では生き残れない。
そういう環境に身を置いていた俺は、正常ではなかったんだと思う……善悪の判断が出来ずに居たのだ。
そして、そんな事を繰り返している内に、とある事件が起こってしまった──
それが今から12年前の出来事だ。
──────────
『……じ、自殺?』
それは耳を疑うような知らせ──俺が週刊誌に記事を載せた人物が自害したという訃報だった。
彼は有名な俳優だった為、その記事を書いた時は社内でもウケが良く、俺は有頂天になっていた。
だが、問題なのはこれからになる。
なんと、俺の記事に便乗した他の記者達が彼の周囲をうろつき過去を調べるようになってしまった。
俺が世に出した記事は浮気。それだけ。
しかし、他の奴らは援助交際、特殊性癖、未成年時代の喫煙写真を載せてしまった。
それは俺が握り潰した情報だ……あんなモノを世に出したら二度と復帰は出来ないと考え、俺が事前に処分した。
──それなのに……
……俺は彼の行く末が心配になった。
しかし、案の定、彼は生きて行く希望が見出せずこの世を去ってしまった。
『な、なんでこんな事が』
俺は自分の行いを後悔していた。
人格者と言われている俳優の黒い部分を晒し上げ、正義者にでもなったつもりで居た……芸能人という職業でも同じ人間であることを忘れていたんだ。
『──お兄さん、大丈夫?』
『……ああ』
俺は気を紛らわす為に妹・凛花の家を訪れていた。
今は小学一年生の娘と、幼稚園の息子が居る。
妹には事情を話してある。
なのに罵倒するでもなく、優しく励ましてくれた。
妹の励ましはとても有り難かったが、それでも心は癒されなかった。もうどう詫びれば良いのか分からない。
人一人を死に追いやった俺の心はボロボロだった。
『──こうたろうおじちゃん!』
『………え?』
トントンと……背後から肩を叩かれ振り返った。
振り向くとそこには亮介が立っており、床に座布団を敷いて座っている俺の肩を叩いてくれている。
『亮介くん……?』
『おじちゃん!いつもおつかれさまです!』
そう言ってリズム良く肩を叩いてくれた。
とても素直で優しい子供だとつくづく思う。
『……亮介くん……おじさんに労って貰う資格なんてないんだよ』
それなのに、この時の俺は捻くれていた為、幼い子の好意を無下にしてしまった。
それでも亮介は首を傾げて離れようとしない。
『ねぎらう?しかく?』
しまった子供には難しい単語だったか。でも幼い子を相手にした経験がない……どう言えば良いのか。
『あ、いや……おじさん悪い人だから……亮介くんは近寄らない方が良いよ』
せっかく励ましに来てくれた亮介には悪いが、今はそっとして置いて欲しい。
『えー、そんなのかんけいないよ』
『……え?』
『おじちゃん好きだから、かたをたたいてるの!』
『俺が……好き?』
『うんっ!おじちゃんだいすき!──あ、はい!これ上げるよ!』
『……飴玉?』
渡されたのは一つの飴玉だった。
コンビニでも10円で買えるコーラ味の飴玉だ。
俺はそれを受け取った。
『おじちゃん!肩車してよ!』
『………………ありがとう』
俺は亮介の願いに頷いた。
今しゃべると涙が止まらないだろう──本当はもっとたくさん感謝を伝えたかったが、キッチンから凛花がニヤニヤこっちを見てる前で泣くのは恥ずかしいし、何より亮介に心配掛けたくはなかった。
こんな人でなしを大好きと言ってくれてありがとう……なんて天使みたいに優しくて可愛い子供なんだ。
だけど分かって欲しい……今の『ありがとう』には数々の思いが込められている事を──
…………
…………
亮介に貰った飴玉を今も大事にしている。
俺にとって世界一の宝物だ。
この一年間ずっと亮介を陥れた屑共を探し続けた。家庭では凛花が支えている……だから俺は新聞記者として出来ることをやった。
俺には培った情報収集能力と、これまで拡げて来た人間関係というツテもある。警察が動かないのであれば俺が亮介の無実を証明してやるっ!!
俺は必死になって犯人共を探し続けた……そして遂に奴らを見つけ出す事に成功する。
『やっと見つけたぞ!』
発見した後、俺はさっそく動き出した。
金で雇った人物を高校生に変装させ、奴らの狩場に差し向ける。そして一部始終を録画し、証拠として残したのだ。
もちろん、金で雇ったのはただの高校生ではない。こういう場面で何度も結果を残して来たその道のプロだ。
俺の人脈はこう言った非合法で犯罪紛いな職にも精通している……お陰で全てが上手くいった。
──結果、彼らを捕まえる事に成功する。
警察は逮捕後に余罪を調べ、これまで被害を受けた者達を特定することが出来たらしい。
そこでようやく亮介の冤罪が晴らされた。
『これだけじゃ終わらない』
そして俺は直ぐ様テレビ局にこの情報を売った。
あらゆる局がそれを大々的に報じてくれたので世間を騒がせる事件となり、仕上げに彼等の個人情報をネットにばら撒いた。
もう彼等の人生は終わりだろうが、仮に出所しても俺は絶対に奴らを逃がさない。
亮介を貶めた罪は、その一生を対価にして償え。
『……やっぱり新聞記者になってみない?』
『それは魅力的ですが遠慮します』
俺の仕事が魅力的だと言ってくれた。とても嬉しかったがこんな職業に就いて欲しくはなかった。全く、亮介は冗談を真に受けてしまう真面目な性格だな。
彼は【ある事】を学校に対して行おうとしている。凛花が聞いたら怒り出しそうな内容だが、俺は協力を惜しまないつもりだ。
ただ、それが終わったら真っ当に生きて貰いたい。本当は優しい子なのだから……俺はそう思わずに居られなかった。
──彼の異変に気が付いたのはこの直後だった。
虚ろな目をしていたので病院に連れて行ったところ統合失調症だと言われる。
俺は頭の中がパニックになった。
亮介の状態については凛花からこまめに聴いている。あんな事件があった後とは思えないほど平然だと話していたから、俺はてっきり強い精神の持ち主だと思っていたのに…………まさか、ずっと我慢していたのか?
『く……くそぉ……』
そう考えると涙が止まらなかった。
彼の我慢し続けてきた地獄のような日常を思うと、本当に心が壊れそうだ……亮介はあんなに耐え忍んだのに、俺は亮介が酷い目に遭ってきたと考えるだけでおかしくなりそうだった。
──いや、実際におかしくなってしまった。
とんでもない計画を思い付いたのだから──
『……統合失調症になるまで追い込んだ学校?』
『はい、スクープになると思います』
『お前は本当に素晴らしい記事を持ってくるな!』
チーフは嬉しそうに笑っている。
彼は新聞記者の鑑のような男だ……こんな美味しい話に食い付かない筈がない。
なんと言っても世間を賑わせている事件の被害者に関する話なのだ……食い付くに決まっている。
もう亮介と麻衣ちゃんの転校は決まっていた。
唯一、楓ちゃんが在学しているのは心配だったが、あの子は俺の仕事を『汚物』といつも罵っていた……それに加えて亮介を傷付けた張本人だと言うではないか。
妹の娘に直接手を出すつもりはないが、今回の騒動には巻き込ませて貰おう。
もちろん亮介の名前は出さないし、誰にも個人情報が探られないように裏で手を回している……もちろん麻衣ちゃんも。
その根回しに一ヶ月近く掛かってしまったが、もう12年前みたいなヘマをするつもりなんてない。
記事の後に亮介を守るのが一番大事なんだ。
──俺は、とある芸能人を自殺まで追い込むキッカケの記事を書いてしまったが、今はそれ以上に非道な手段を取ろうとしている。
だがそれでも構わない……亮介の為ならば再び外道に堕ちてみせよう。
俺はポケットの飴玉を握り締めた。
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〜楓視点〜
「高宮精神科病院……か」
ずっと入院して家に居なかった亮介の居場所を、私はようやく特定する事が出来た。
母さんと父さんに聞いてもはぐらかされて来たが、仕事中で不在だった父の部屋に忍び込み、ようやく手掛かりを見付け出す事に成功したのだ。
「しかし父は不用心過ぎる……母親の部屋には一切手掛かりになるモノはなかったというのに……まぁお陰で助かった訳だが」
──1ヶ月は幾ら何でも長過ぎだ。
これだけ長い間会えないのは本当に辛すぎる。
心が壊れてしまいそうだった。
精神が病んで入院中と聞いたが、流石に1ヶ月も治療に時間が掛かるとは思ってもなかった……いや1ヶ月どころかまだしばらく入院するとの事だ……やはりどう考えても辛過ぎる。
それ程の長期入院だったら、姉である私に居場所を教えるのは筋と言うものだろうに、父さんと母さんは何をやっているんだ?
母さんは、まだ亮介と私が喧嘩していると思ってるらしいが、もう既に仲直りをしている。なのに、それを話しても信じて貰えなかった……やはり母さんは頑固で面倒臭いな。
亮介の方から許すと言ってくれたのだから、もう私に怒ってないのは間違いようのない事実。
だからこそ、私に会えば元気になる筈なのだ。
今は夏休みに入っている。今年の夏は去年の分まで亮介と一緒に居るつもりだ。1日10分のルールなんて夏休みになれば恐らく無効だろう。
「見舞いに行くとしよう」
私は身支度をして家を出た。
もちろん目指すは亮介が入院している病院だ。
次回も19時に投稿します。
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『好きだった幼馴染と可愛がってた後輩に裏切られたので、晴れて女性不信になりました』
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