20話 新聞記者
次で前編のエピローグです。
最後までお付き合い下さい。
──山本亮介はとある男性と待ち合わせをした。
場所は麻衣と良くランチを食べに来る喫茶店。
前に碓井と一緒に訪れた喫茶店でもあり、静かな雰囲気が亮介のお気に入りだ。
10分ほどコーヒーを飲みながら待っていると、40歳くらいの中年男性が入店してきた。
彼は亮介を見付けると手を振り近づいて行く。
「よっ!亮介くんっ!久しぶりっ!」
「あ、お久しぶりです」
細身で髭を生やし、ブラウン色のスーツを着こなす爽やかな男性……亮介が待っていたのはこの男性だ。
彼の名前は中岸孝太郎。伯父で職業は新聞記者。
母の兄というのも有り、とてもハンサムだと亮介は思っているが……彼はこの歳まで結婚経験のない独身である。
彼は亮介を直接助けてくれた訳ではないが、特に傷付けたりしなかった。
他の親戚一同が卑下する中、この孝太郎だけは亮介を蔑ろにすることはなかった……いつもと変わらない距離感で接してくれた数少ない人物である。
それに職業柄、亮介の事件はネタとして取り上げてもおかしくなかったのだが、その件を一度たりとも記事にすることはなかった。
故に亮介は彼を信頼している。
尤も、これと言った絡みがあった訳ではないので、亮介と親密な関係ではない。
こうして会うのも本当に久しぶりで、半年前に凛花から聞くまでは連絡先さえも知らなかったくらいだ。
──亮介の向かいに座った孝太郎はニコニコしながらメニュー表を開き、サンドイッチとパスタを注文した。
「……おじさんよく食べますね」
「ん?サンドイッチはお前のだぞ?」
「おっ、ありがとうございます」
「デザートも好きなの食べろよな!」
「はい、いただきますっ!」
とても和やかなやり取りだ。
久しぶりに会った親戚同士らしい。
──しかし悲しいかなこれが本来の亮介の姿だ。冤罪事件の前はこんな風に誰とでも明るく接しており、大人相手には礼儀正しく、学校では周囲への気遣いを怠らなかった。
冤罪事件が全てを変えてしまったのだ。
そして学校や家での亮介を知らない孝太郎は、鋼の精神の持ち主だと勘違いしている。
亮介がこんな風に優しく接するのは、自分を傷付けなかった相手にだけなのだが知る由もない。
「それで?呼び出したのは……【例の件】か?」
「いいえ、今回は別です……少し調べて欲しい女子生徒が三人居るんです」
亮介はある三人の情報を差し出した。
どこから持って来た情報なのか……しかし、新聞記者の孝太郎は全く動じない。
こんなのは日常茶飯事。
それは甥っ子が相手でも変わらなかった。
孝太郎は大人しく書類を受け取り、書かれてる内容に目を通した。
「……う〜ん〜、この砂川千秋って子は難しいな」
「ん?なにか有るんです?」
「父親が議員なのは知ってるか?」
「はい、調べました……やっぱり相手が議員の娘だとマズイですか?」
「いんやそんな事はない。ただ砂川議員は近いうちに汚職の件で取り上げるつもりだからな……あまり周辺をうろちょろして勘付かれたくないんだよ」
「……なんだ……勝手に落ちて行くんだ」
亮介は嬉しそうに俯く。
「他の二人は問題ないが……こんな女子生徒を調べて成果はあるのか?」
「……飲酒、タバコ、無免許運転、ノーヘル、万引き、詐欺……結構やらかしてますよ」
「………なるほど」
良くここまで調べ上げたなと孝太郎は感心する。
あの一件から僅か3日でここまでの情報を用意して来たのだ……麻衣に手を出した人間は何がなんでも許さないという強い信念が窺える。
「……お前、新聞記者やってみない?」
「遠慮します──ただ、証拠を上手く残す方法が分からないので、おじさんを頼ったんです」
「だろうな」
素人に良くありがちな事だが、尾行しても証拠を用意するのは案外難しい。上手い具合にボイスレコーダーで録音なんて至難の業だし、バレないようにカメラで撮るのにも技術を有する。
現に、亮介も写真の撮影には失敗していた。
だからプロフェッショナルの孝太郎に依頼をする事にしたのだ。
「こんなのを写真に残しても得はないから無駄骨になりそうだが──お前にはこれから『大スクープ』を提供して貰う予定だ、これくらいの面倒ごとは引き受けてやろう!」
「ありがとうございます」
「良いって良いって!ギブアンドテイクだっ!……それでコッチからの質問だが……あの件はいつ頃から動くつもりだ?」
「……もう少しだけ待って下さい。まだ麻衣の安全を確保出来てません──ただ、彼女が拒否した場合は諦めて下さいね?」
「そうか……まぁ気長に待つさ──あ、そうだった!実は良い話を小耳に挟んだんだっ!」
孝太郎は何かを思い出したかのように、大袈裟にポンッと手を叩く。
「亮介を陥れて犯罪者に仕立て上げた奴らな?全員がネットに名前と住所が載ってたぞ?」
「……本当ですか?」
俺を冤罪に陥れた連中……今は慰謝料について向こうの家族と話し合ってる最中なんだけど、そんな面白い事になってたのか。
「ああ、その内の4人は学生だし、これから凄く大変だな──まぁ成人してるやつも大概お先真っ暗だけどな!」
「はい、ありがとうございます」
「……ん?なんで御礼?」
「おじさんでしょ?記載したの?」
「………あぁー」
図星だった。彼らの情報を流したのは孝太郎である。
運が良ければ上手く行くが、普通のやり方では広まる前に情報を消されるのが関の山だ。
そうならないようなツテを使い、孝太郎は彼らの情報を拡散したのだ。
だがそれすらも亮介に見抜かれ孝太郎は戦慄する。
「……やっぱり新聞記者になってみない?」
「それは魅力的ですが遠慮します」
「おいおい冗談だよ……新聞記者に魅力なんて感じるな……ん?」
他愛もない会話の後、孝太郎はその異変に気付く。
「お前……最近、眠れてるか?」
「え?」
「なんか眠そうだぞ?」
そう言われ、伯父さんに渡された手鏡を見て確認する。確かに、目が虚で眠そうに見えてしまう……そんなに眠くないのにどうしてだろう?
「凛花は何も言ってないのか?」
「いえ……多分、母さん達と一緒に居る時は気を張ってるので……自覚はなかったんですけど」
「そうか」
そう言って孝太郎は名刺を差し出す。
「この医者を頼ってみろ」
「いや単なる寝不足なので大丈夫ですよ」
「いいからいいからっ!金も取らねーし、ここからも近い。なんなら車で送って行ってやるよ」
「……そこまで言うなら」
心配症だな、伯父さん。
でも母さん達以外にここまで心配されたのは久しぶりだ……ちょっと押しが強いけど嬉しい。
「サンドイッチお持ちしました」
「サンドイッチは出て来るのはえーなぁ〜……さぁ食うべ食うべっ!」
「伯父さんも一つどうぞ」
「お、サンキュー!」
会話をしながらランチを楽しみ、その後に伯父さんの車で病院へと向かった。
…………
…………
「──統合失調症……ですか?」
紹介された医者に宣告されたのは、亮介には全く聞きなれない病名だった。
(栄養失調みたいなモノだろうか?)
俺は状況を良く理解出来てなかったが、隣に立っていた伯父さんは愕然としながら口元を抑えていた。
タグ通りの結末に持って行きます。
次回投稿は21時です。
亮介の大切な人達が集結します。