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18話 桐島文香に制裁を



「山本くん……みんなでカラオケに行くけど、一緒にどうかな?」


放課後──桐島の家に向かおうと支度していたが平凡な顔立ちの男に話し掛けられた。

確かサッカー部で……苗字は中村だったと思う。



『教室にお前の居場所なんてないっ!出て行けっ!』


そう言ってコイツは俺を突き飛ばしたっけ?

覚えてる覚えてるもちろん覚えてる。俺って割とそこそこかなり陰湿だからな。



「……急いでるから」


「じゃあ明日は──」


「明日も急いでるから」


「そ、そうか……すまない」


申し訳なさそうに立ち去ってゆく。

教室の連中はこうやって頻繁に俺を誘って来る。毎回こんな風にやんわりと優しく誠実に断ってるが、懲りずに俺を誘い続ける。


下手な鉄砲でも数を撃てば当たると思ってるんだろうか?俺への嫌がらせや無視も長続きしたが、俺に許しを乞う態度も長続きしている。



「えっと亮介くん、クッキー焼いたんだけど良かったら食べて?この間のお詫びもしたいから……」


今度は下心丸出しの女が近づいて来た。

コイツは碓井くんを馬鹿にした三人組の一人じゃねーか。

気の弱そうなおかっぱ頭の幸薄いヤツ……話し掛けるなって言ったのに神経図太すぎだろ。


この女は確か弓川だったか?名前は知らない。

俺が冤罪になる前は周囲をうろちょろしてた──今思うと気色悪い女だった。



『近寄って来ないで下さいっ!犯罪者の癖に!』


こんなこと言ってたな。

話くらいは聞いて欲しいと近付いただけでこの言い草。それなのに今更手作りクッキーを食べて欲しいとかイカれてるんじゃねーのか?


受け取ったクッキーを袋ごと顔面に投げつけてや──やばいやばい麻衣が見てる。


……あの子の前でそんな酷いこと出来ない。


運の良い女だ。

でもこのクッキーは後でドブに捨てよう。

食べ物を粗末にするのはダメだけど、こんなの俺にしてみれば猛毒だからな。


──俺は本当に仕方なくクッキーの袋をカバンの奥底にしまった。



周囲からの視線が今日も憎らしい。

俺の冤罪が証明されて2週間が経ってる。そろそろ俺が落ち着いてるだろうと勝手に考え、積極的に話し掛ける輩が随分と増え始めた。


クラスメイトだけじゃなく、別のクラスの連中や以前交流のあった先輩や後輩たち……どこへ行くにも誰かに声を掛けられる。


最初は無視してたがそれだと逆にしつこかった。特に女共は返事がないと調子に乗って群がって来る。

だからキッパリと拒絶を言葉にするようになった。


それでも少しするとまた同じ奴が寄って来る。

もはや猿なんじゃないのか?──と思うレベルで学習してくれない。


俺に対して誠実さが伝わって来たのは……結局、妹と生徒会長の二人だけだった。



──学校の連中にはいずれ報いを受けて貰う。

だが今は桐島を真っ先に排除しなければならない。


委員会へ向かう麻衣に別れを告げ、俺はそのまま桐島の家へ向かった。


最近、夜も眠れない事が多い……決まって冤罪に掛けられた直後を思い出してしまう。

胃もキリキリするし、周囲の目が異様に気になって仕方がない。最近まで大丈夫だったのになんでだろう?



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


〜桐島文香視点〜


時刻は16時頃に差し掛かろうとしている。

文香は部屋の隅に体育座りで蹲っていた。



「やばいどうしよう……ッ」


──私はもの凄く焦っていた。

生徒会長が介入して来たのも予想外だったんだけど、何よりアイツらがあんな暴走するとは思わなかった。


数で圧力を掛けてやろうと人数を集めただけなのに、失敗した……あそこまで派手にやらかしたら亮介の耳に入る可能性が高いっ!



桐島は今日の出来事を思い返して恐怖に震えていた。学校にバレて停学になるのは別に構わない。最悪退学になっても仕方ないとさえ思っていた。


だが亮介に知られるのだけは本当に怖かった。

もう自分の気持ちにウソは付けない。

今更の話だが、冤罪事件の後も桐島文香は亮介を心から愛していた。好きでもない男と付き合ったのも亮介に構って欲しかっただけなのだ。


麻衣を傷付けるという強行手段を取ったのも、この2週間無視され続けたから……もうどうしようもなく辛くて麻衣を利用する事にした。


他の生徒相手には仮令塩対応でも言葉だけは返していた。しかし、桐島だけは一向に無視される……それが桐島に一番効果的なダメージが与えられると亮介は解っていたのである。


そして予想通りに毎日眠れないほど桐島は苦しんでいる。ただ予想外だったのは麻衣を標的にされたこと。ここまで考えなしの愚かな屑とは流石の亮介も見抜けなかった様だ。



──ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。

桐島は動ける状況ではないので、代わりに妹が玄関の扉を開けて対応する。


妹は小学1年生になる愛らしい子。

髪を染めてる姉とは違って黒髪だ……自分みたいな不良にはならないで欲しいと文香は願っている。



「……どうしたんだろう?」


玄関で誰かと話をする声が聞こえるが、妹・遊香の声が何処か嬉しそうだ。


友達でも来ているんだろう?

そう思ったと同時に廊下をパタパタと走る足音が聞こえて来た……そして妹は勢いよく部屋の扉を開けた。



「おねえちゃん!」


「……どうしたの遊香?お姉ちゃん今日はちょっと具合が悪いの……今はおとなし……く……え?──」


私は、遊香の背後にいる人物の姿を見て驚愕した。

私がこの世で一番好きだと自覚した相手で……それなのに今は一番会いたくない人物──山本亮介が立っていた。


そして私は思い出した。

亮介を頻繁に家に誘っていた頃、遊香は彼に凄く懐いていた──だからあっさり家の中に招き入れたんだ。

それに妹は去年まで幼稚園児だから冤罪暴行事件があった事すら何も知らない。



「ごめんねおねえちゃん!でもひさしぶりにおにーたんきたからっ!」


「ありがとう遊香ちゃん………おねえちゃんと少し話がしたいから……ちょっと二人にして貰ってもいいかい?」


「うん!あとであそんでね!」


「いいよ」



笑顔で遊香と話をする姿が、文香の目に以前の亮介と重なって映し出された。


「………あぁそうだった」


文香は以前の亮介を思い出した。


──冤罪事件が発生する前はクラスメイトともこんな風に明るく接していた山本亮介。

麻衣に依存している今の感じともまた異なり、フラットで誰とでも分け隔てなく対応する優しさ……加えて整ったルックス。


亮介はクラスの人気者だった。

だからクラスメイト達は亮介が忘れられず、いつまでも執拗に繕っている──山本亮介を壊したのは紛れもなく自分達だと言うのに……冤罪と分かった途端、彼と共に過ごした日々を皆は思い出し、取り戻そうとしていた。


姉、父、桐島は特に凄まじい。

あの頃の亮介を取り戻そうと躍起になっている。


そんな感情で接してくる人間と相容れる筈もない。亮介の心に被せられた蓋は沈んでゆくばかりなのである。



「じゃあねー!」


手を振りながら遊香は部屋を出て行った。

後で遊ぶ約束をしたが、亮介はその約束を必ず守るだろう……あの幼女は亮介を傷付けなかったから、冷たく接する理由が何処にもなかった。



「……亮介、ど、どうした?……もしかして、ひ、久しぶりに遊びに来てくれたの?」


有り得ないのは解っている。

十中八九、麻衣との一件で来ているのはタイミングからして明らかなのだ。


それでも僅かな望みに賭けた。

もしかして遊びに来たという奇跡を。

口にするのは簡単だ。

ただ言えばいい。



「…………」


しかし、それが更に亮介を不快にさせるのは言うまでもない。


亮介は冷たい目で見つめたまま文香の側まで近付く。そして体育座りで身体を丸める文香に声を掛けた。



「立ってくれる?」


「え……あ、うん!」


思い掛けず優しい口調……こんな声色の亮介を見るのは久しぶりだった。

浅はかな女は都合の良いことだけを妄想し、言われるがまま立ち上がった。受け入れられると信じて。



──だがその直後



「おぐっ!?」


腹部に衝撃が走った。

状況を察する前に痛みで文香は蹲ってしまう。



「りょ……ずけ……なん、で」


足蹴りだ、亮介が自分の腹部を蹴り付けたのだ。

その事実と痛みで吐き気が催して来る……しかし、ここで吐いてしまったらますます嫌われると考え、どうにか堪える。



「おまえマジでやってくれたよな?よりによってよりによって麻衣に手を出しやがってッ!!──直ぐにでもぶち殺してやりたかったけど学校終わるまで我慢してんだよこっちはッ!!」


「……ひっ!」


うつ伏せで倒れている側で亮介はしゃがみ込み、怒号を浴びせる。


目が恐ろしかった、話し方が異様だった、いつ殴られるか解らない恐怖に文香の背筋は凍り付いた。

今の状況から逃れようと必死になっている。



「お、お、女の子に暴力を……くぅ……振るうなんて、酷いよ……」


「はぁ?俺はもともと女に暴行するような男だろ?なに言ってんだよ?」


「だから……そ、それは冤罪で──」


「一年間ずっとそんな男だと思ってたんだろ?望み通りこっちは暴力で応えてんだよ、今更都合の良いことばっか言うなよ」



そのまま亮介は蹲っている文香の背中を踏み付けた……そして乗せた足に体重をかける。



「く、苦しい……亮介……や、やめて!!」


「ん?生徒会長はしこたま蹴ったんだろ?」


「せ、生徒会長は関係ないじゃん!亮介にとって大切なのは中里だろう!?」


「生徒会長が居なかったら麻衣がやられていた……だから生徒会長の傷は麻衣の傷なんだよ」


「う……ぐぅ……!」


背中に走る痛み、誰かに踏み付けられる屈辱。


だが今の文香にはそんなのどうでも良かった……問題なのは『その行為』を亮介にされているということ。


痛みや屈辱より絶望の方が大きかった。

愛してる男にこんな扱いをされるなんて現実に起きて良い訳がない……殺人鬼に滅多刺しにされる悪夢の方が遥かにマシである。



「ま、ま……て……私は生徒会長を、け、蹴ってないよぉ〜……ひっぐ……私は何もしてないのにぃ〜!!」


どうしようもない心苦しさに涙が止まらなかった。



「呼び出したのはお前だろ?──だったらお前さえ居なければあんな事になってねーよ。さっきから都合の良い女だな……つーか泣くなよ気持ち悪い……そんなに足に力入れてないだろ?」


「あ、あなたにされるのが嫌なのよ……うぅ……だって亮介のこと好きだから……ッ」


好きという言葉に亮介は悪寒が走った……桐島文香の口からは絶対に聞きたくなかった言葉だ。

悪人と口付けを交わした口で、散々罵ってきた口で良く言えたなと、亮介は不敵な笑みを浮かべる。



「おまえ随分気持ち悪いこと言うようになったなぁー、おまえが好きなのは俺じゃないだろ?ファーストキスの相手が居たろ?ほら逮捕されたアイツ」


「やめてよッ!本当にやめてッ!あのことは思い出させないでッ!本当に後悔してるのよッ!」


足元に縋り付く文香。

その姿が姉と重なって見えた。



「おまえどれだけ自分がみっともないか解るか?」


「みっともなくていいよ亮介に信じて貰えるならっ!あんな男好きじゃないッ!──ねぇ亮介ぇ〜……本当に心を入れ替えるから、どうか許して、本当にお願いっ!」


亮介は踏み付けていた足を退かした。

許した訳ではない……彼女の姿に、姉の幻覚を垣間見てしまったのだ。動悸が少し早くなり、その落ち着きを取り戻す為に首を横に振った。



「…………はぁ……はぁ……あー、なんかおまえと話すの気持ち悪くなってきたぁ〜……明日から麻衣の側に近付かないでくれる?」


「うんそれでもいい!だから明日からまた──」


「さっきからずっと思ってたけど名前で呼ぶなよ気分悪いからさぁ」


「ご、ごめんなさい……でもずっと無視されるのは本当に辛いのよっ!」



桐島の眼差しは尋常ではない……指の骨を自ら折ったときの姉とそっくりなんだ。

そりゃあ幻覚を見る筈だ……俺がおかしいんじゃない、おかしいのはコイツだ。俺じゃない正常な人間だからおかしくない、俺はおかしくない、おかしいのは桐島文香。


──亮介は自分にそう言い聞かせた。



(コイツも姉も、ここまで俺に執心してる癖に、なんであんな酷いこと出来たんだ?)


亮介にはそれが心底謎である。

もし、麻衣や碓井が同じ状況に立たされれば何がなんでも信じるからだ。なのでどう頑張っても姉と桐島の考えが理解出来ない。



「…………へへ」


「…………」


不気味で奇妙な笑い顔を浮かべている桐島。その悍ましさに普通は身の毛がよだってしまうだろう。しかし亮介に怯えの感情は一切なかった。あるのは底知れぬ不快感のみである。



「……じゃあもう行くから──おまえと一緒に居ると気持ち悪くて仕方ないんだわ」


「待ってっ!!話はまだ終わってないっ!」


俺は言うべき事だけを話して部屋を出た。

これだけ優しく対応しても約束を守れないんだったら、その時はもっと残酷に叩き潰せば良い。

でも信じるに値しない相手だからなぁ……しかも口約束だし。


明日から選択授業とかは全部サボってしまうか。

うん、そうしよう、絶対にそれが良いに決まっている……それにしても──


──亮介は出て来たばかりの部屋を見詰める。

中にはまだ桐島が残っている。


今回、この程度で済ませたのは遊香ちゃんに会ってしまったからだ。玄関を開けたのが桐島文香だったらもっと徹底的に制裁を下していただろう。


蹴り一発程度では絶対に済ませなかった。


「本当に運が良いんだよなアイツ」


桐島の部屋を出た直後、背伸びし深呼吸をした。



廊下に出ると空気が美味しいっ!

やっぱり桐島の部屋は空気が澱んでいたんだっ!


この胃の奥から込み上げる異様な感覚は全部アイツの所為だったんだ。本当に不快な気分にさせてくれる。


しかし──



「……初めて女に手を出したな」


感触がちょっとだけ残っている。


だけど、蹴りと脅しだけで終わらせるべきじゃなったよな、絶対……二度と麻衣に手出しが出来ないように、もっと徹底的にやるべきだった。


でも遊香ちゃんの事が脳裏に何度も過った……そうすると足に力が入らなかった。

麻衣に対する愛情がその程度だと神様に疑われてしまうのに、何故か動きが止まってしまった。




「おにーたんおっきなおとした、どうしたの?」


「…………あ」


遊香ちゃんに聞こえてしまったか。

そりゃそうだよな、あんな騒がしかったら響くし。

ただでさえ一階しかない家なんだ……まぁその分敷戸が広いんだけど。



「なんでもナイよおどろかセテごめんね」


「うんいいよ!……おにーたんカゼなの?」


「……ん?」


…………しまった、顔が桐島をぶち殺すモードのままだった。治さないとイケナイ。とてもイケナイ。



「心配かけてごめんね?大丈夫大丈夫!」


「……うん!いつものおにーたん!」



帰りに遊香ちゃんと少し遊んだ。

とても楽しかった。



──ドアの隙間から桐島が覗いててそれが気持ち悪い。



でも遊香ちゃんにそれを言ったら『おねえちゃんいないよ?』と言われてしまった。



「…………ほんとだ」


「ね?」


確かに、改めて見ると桐島は何処にも居なかった。






次回は16時投稿です。

2話同時に投稿します。


せっかくなので前編のエピローグまでは読んで欲しいです。今日中に投稿します。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] やばい……精神を病みかけている!!
[気になる点] 幻覚が……ッッ!!
[一言] 暴力を振るいだしたらガチの犯罪者じゃないですか。落ちるとこまで落ちるのかな。
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