14話 父と姉の謝罪
エピローグまで読んだ後に、この話から読み直すと、また違った印象のストーリーになると思います。
時間があれば是非お試しを。
「……これまでのこと……本当にすまなかった」
「…………」
家に帰ると玄関先で父親が頭を下げて来た。それも深々と、まるで謝罪会見でもしてるかのように。
せっかく碓井くんと遊んで嬉しい気分だったのに、せっかく昨日は麻衣の家に逃げていたのに、何もかも全部台無しだ。
どうして出迎えてくれるのが母さんじゃないんだ?でもしょうがないか、今日は麻衣のお母さんと出掛ける所があるって話してたし。
晩御飯までには帰って来るって話だけど……やっぱり母さんが居ないと、この家に居るのは辛い。
──かつて父親として信頼されていた男は、神妙な面持ちで話を続ける。
「私に出来ることなら何でもする……私にこれまでの過ちを償わせてくれないか……?」
「…………」
大して興味のない芸能人や俳優が行う台本通りの謝罪会見をテレビで観る方が遥かに心に響く。
父の謝罪の言葉は何もかも薄っぺらく感じた。
「何でもするねぇ〜?じゃあ会社辞めてくれる?」
「そ、それは出来ない……!」
「え?何で?出来ることなら何でもするんじゃないの?会社辞めるなんて簡単でしょ?」
「いや……しかし、急に辞めるのは……」
「別に今すぐじゃなくてもいい。引き継ぎに時間を掛けても良いからさ」
「……だがそれだと生活が」
──なぁ?やっぱり薄っぺらいだろ?
実に素晴らしい父親だ。
息子へ見せる誠意が素晴らしい。
手のひら返しが素晴らしい。
生き様が素晴らしい。
『少し考えさせてくれ』
最低でもこれくらいの言葉は欲しかった。
簡単に会社を辞めれないこと位は理解出来る……だから、ほんの少しだけも良いから考えて欲しかった。
それにどいつもこいつも簡単に謝るなよ。
「そうだ……と、父さんの会社を継がないか!?」
「……………あ?」
「そうすれば私も会社を手放せる!一年遅れてしまったけど会社のノウハウをまた教えるから、ウチの会社を亮介が継いでくれっ!──そして亮介が一人前の社長になったら私は会社から姿を消そうっ!」
「…………………」
「引き継ぎに時間を掛けても良いって言ってくれただろ!?お前に引き継ぐ時間を欲しいっ!そんなに時間もかけないっ!お前が25歳になるまでには一人前にしてみせるっ!」
「……………………………………」
「もちろん私があれこれ口出しも絶対にしないっ!亮介だって社長に憧れていただろう!?だから亮介には社長の椅子を譲ろう──これがお前に対して出来る精一杯の謝罪だっ!」
本人にとっては心からの謝罪なのだろう。
定年まで社長として頑張るつもりだった山本和彦にとって、会社は宝なのだ。それを手放すのだから亮介も少しは許してくれる筈だと考えている。
『亮介だって社長に憧れていただろう!?』
こんなセリフ、見当違いもいい所だ。
冤罪事件の後に、亮介に渡した会社に関する資料を全て取り上げ、燃やして捨てた父親が口にして良い言葉では断じてない。
「………………そうか」
しかし、和彦の発言は確かに亮介の心に変転を齎らした。父としての覚悟はしっかりと息子に伝わっている。
………
………
ただし、更にマイナスへと──これ以上ないほど父としての評価が堕ちる。限界まで堕ちていたと思っていたのだが、それでも底を突き抜けて行く。
この父親と血が繋がってると思うと、亮介は悔しくて堪らなかった。
確かに父の背中を追い掛け、たった一人で会社を大きく成長させた父親に憧れを抱く時期もあった。
だがそれも昔の話だ。亮介は既に父にもその会社にも興味がない。そんな簡単な事が和彦に解らない。
「分かったよ、お父さん」
「……ッ分かってくれたか!?」
車で凛花と話した時と丸っ切り同じで、この父親は言葉を都合良く受け取りがちだ。
今の亮介の『分かった』を肯定の言葉だと受け取ってしまっている。それが亮介には馬鹿馬鹿しくてしょうがない。
「うん、よーく、よぉーーく、解ったよ」
──お陰で覚悟が決まった。
コイツには今までの復讐をするつもりだったけど、その復讐は家庭の中だけで納めるつもりだった。
あまりやり過ぎても母さんに怒られそうだし、それ位で我慢する気だったんだけど……もうそんな生優しい事は言わない。
社会的に地獄に堕としてやる。
母さんに怒られたら謝ろう。
ただ、その為には自分が母さんを養って生きて行くだけの力が必要だ。
……残念ながら今の俺にそんな力はない。
今は蓄えないと……この父親に対しての復讐は、もっと時間を掛けて絶望感を味合わせてやろう。
この親父が大切にしているモノ……それは家族ではない、自分の代でここまで大きく手掛けた自分の会社だ。
なんせ会社を守るために息子の言葉を封殺し、俺を見捨てる事で会社での立場を維持した男。
コイツが最も嫌がるのは会社を失うことだ。
だったら返事は決まっている。
「俺は会社を引き継ぐよ」
「おお……りょ、亮介……本当にありがとう……もう私は絶対に間違えたりしない……ッ!もう一度チャンスを与えてくれてありがとう……ッ!」
泣きながら感謝の言葉を繰り返す。
間違いなく心からの懺悔──ただし、亮介の心には露ほども響かない。
──だが、この罪悪感は利用出来ると思った。
この先、例えどんな事があっても、父親が自分に逆らう事はないだろうと亮介は確信している。
──────────
「亮介……本当にすまなかった!!」
「…………」
今度は姉が頭を下げて来た。
……本当に、どいつもこいつも開口一番に頭を下げて来るんだよな。
確かに、真っ先に謝って欲しい人間は多いだろう。
でも俺の場合は全然逆効果だし、そもそも謝って済む話じゃない。
だから謝られた途端に終わりなんだよ。そうされた瞬間から許す気持ちが失せてしまう──まぁ謝らなくても許さないけど。
謝罪されると100%の憎しみが150%にまで増幅する。
そう考えると生徒会長はマシだったかな?
憎しみが消える事はないけど、それ以上に膨れ上がる事はなかった。
上手いことやる女だぜ……そう考えるとなんかムカツクから生徒会長への憎しみを120%まで上げとこう。
「亮介……何か言ってくれ……」
「……ああ」
存在を忘れてた。
でも仕方ない……居ない者だと思ってたし。
俺は改めて姉の顔を見る。
「……亮介」
あの縋り付くような眼差しなんとかならないか?
気持ち悪いにも程がある。
なのに俺は何も言い返せずに居た。
人間は予期せぬ事が起これば硬直すると聞くが、どうやらそれは本当らしい。父と姉からの過剰攻撃には流石に心が耐えられなかったようだ。
そして黙ってるのを良い事に姉は更に言葉を続けるのだが、その内容は俺の想像を遥かに越える内容となった。
「私は酷い事をたくさん言ってしまった……それに、渚沙や涙子を止められなかったのも事実だ」
「……んん?何でそいつらの名前が出てくんの?」
「お前に酷い言葉を言おうとした時……止めてやる事が出来なかった」
雲行きが怪しくなって来た。
いったい何を言おうとしてるんだ、この女は?
まさかと思うが……違うよな?
取り敢えず聞いてみるか……流石にそこまで腐ってないだろう。
「……その二人が悪いって言いたいの?」
「ああ……渚沙は影響を受け易い部分もあったが、涙子はダメだ。率先してお前を貶めようとしていた……それに乗ってしまった私も充分悪い……しかし、生徒会長の涙子には逆らえないんだよ」
マジかコイツ。
責任を全部生徒会長になすり付けようとしてやがる。しかも妹の名前まで出しやがったぞ。
一見すると妹を庇ってるように聞こえるが、渚沙の名前を出すことで俺からの憎しみを少しでも逸らそうとしている。
いやもう人間として汚いわ。
生徒会長を操ってたのは自分の癖によ。協力して俺を生徒会から追い出しただろ?
その話がほんとかどうかはこの際どうでも良いし、生徒会長も嫌いだから庇う気もない。
だけど俺だけじゃなく、今度はあんなに仲の良い生徒会長まで裏切るのかよ……?
「私の行為は全てお前への愛の鞭だったんだっ!涙子とは違うッ!それは分かって欲しいっ!」
「…………………」
………ぁ。
………あ。
………ああ。
──カチッと、心の中で何かが切り替わる……そんな音が聞こえた気がした。
これまでの人生で、どれだけ酷い目に遭っても、決して壊れずに保って来た大切なモノが……姉さんの醜い言葉に打ち消され、消えてゆく。
こんな人間が、本当に俺と血の繋がった姉なのか?信じられない、信じたくもない、あり得ない、幾ら何でも酷すぎる。
………
………
変わる、見方がかわる、世界がカワル。
多分、いま、この瞬間、俺の心は欠けてしまった。ずっと心の端っこで倒れないように支えてくれていた細い糸が、悪意の重さに耐え切れず千切れてしまったみたいだ。
「…………ぁ」
その途端に気付かされる──俺の目の前に居るのは悍ましい怪物だったんだと。
こんな人間だと知らずに十何年も弟をやってたのか。俺はずっと化け物と暮らしていたんだな……なんて事だ。
「お前を誰よりも本当に愛してるっ!もうこの気持ちから逃げたりはしないっ!どんな言う事でも聞くから……だからどうか許して欲しいっ!」
そう言って足元に縋り付いて来る。
思いっきり振り払おうとしても、凄まじい力で巻き付いて離れようとしない。
どうしてここまでするのか解らないが、今日のコイツは何処かおかしい……行動が異常者そのモノだ。
「これから先の人生私は何があってもお前を信じるっ!他の女に嫉妬もしないと決めたっ!側に居てくれるだけで良いんだっ!だからどうか頼むっ!ラストチャンスをくれっ!もう亮介の居ない生活には耐えられそうに無いんだよっ!」
俺は足元の悍ましい物体を睨むが、こちらと目が合うと嬉しそうに笑い掛けて来る……それも醜い笑顔を貼り付けて。
1年前から既にまともな人間と思ってなかったが、ここまで酷かったか……?
いや違うな。
本能的に察しているんだろう……生半可な言葉では俺に許して貰えない事を。この姉は異常にそういう部分で頭が回るんだよ。
……じゃあなんで俺の冤罪に気が付かなかった?
その答えは簡単だ。
というよりたったいま自分から口にした。
俺が知らない女を襲った場面を勝手に妄想し、勝手に嫉妬狂ってたんだ──つまり妄想と嫉妬を拗らせて俺を犯罪者に仕立て上げた。
そういう女に限って他人の感情が分からない。
俺の気持ちが分かるなら、謝罪を嫌がる俺の思考を先読みして絶対に謝罪なんてしない。
この女は他人の心を理解出来ないんだ。
なんて哀れなんだ……こんな人間だと知らずに居た昔の俺も、そして未だに騙され続けている周りの人間も。
絶対に許す訳にはいかないッ!
「……どんな言う事でも聞くって本当?」
「ああっ!信じてくれっ!」
「じゃあ今から自分の右手小指を折ってよ……出来るでしょ?」
「もちろん……でも痛そうだなぁ」
それだけ言うと、楓は地面に置いた右手を躊躇なく踏み付ける……そしてそのまま左手で小指を強く引っ張った──!!
──ポキッ
乾いた音が廊下に鳴り響く。
直後、呻き声を上げながら楓が涙を流す。
「あうぅ……本当に痛いよぉ……うぅ……いだい……亮介痛い……死ぬほど痛い………」
「…………ッ」
──もちろん亮介は本気で言った訳じゃない。父親のように断られると思っていた。それなのに一切の躊躇なく、姉は自分の小指を犠牲にしたのだ。
その異様な姿を見て僅かだが亮介に緊張が走る。
父親とは違った異質さが姉にはあった。
「いたい……で、でも、亮介の……ためだと思うと、嬉しいよ……」
ここまでイカれてるとは予想も出来なかった。
痛い思いをして嬉しそうにされると復讐が大変だぞ。
努力しないと恐らく空回りに終わってしまう。
「……ぐぅ……なぁ亮介ぇ……びょ、病院には……行ってモイイ……?」
「好きにすれば?」
──この姉はやっぱり手強い。
そこは認めるしかないよ。
生半可な事では勝てないか、やっぱり。
だって正真正銘の怪物なんだ。
俺も少し考えが甘かったかも知れない。
冗談でも骨を折れなんて言うべきじゃなかった。俺が命令し、痛い思いをした事で姉さんは気が楽になったに決まっている。
どうやら隙を与えてしまったようだ。
言葉に気を付けないとこの姉を満足させてしまう。怪物と戦うにはこちらも怪物にならないと……絶対に勝てない。
──じゃあコイツへの復讐はどうしようか?
無視は多分だが通じない。
黙ってると調子に乗って話し続けるだろう……悲しいが姉弟だから、そこは分かってしまう。
暴力に訴えるのも止めとこう。
今みたいに喜ばれる……俺から与えられるモノはたとえ『痛み』でも喜ぶ変質者だからな。
う〜ん……
だとすると………
そうだなぁ〜…………
………
………
あ、良いこと思い付いたっ!
「……姉さん……本当に反省してるんだね?」
「ああもちろん!!」
骨折の痛みで涙を流し、鼻水とヨダレを垂らしながら頷く。こんな楓を見るのは初めてだったが、その醜態を見て亮介は内心ほくそ笑んだ。
そしてゆっくりと顔を上げた。
「……じゃあ姉さんを信じようかな?」
「え……小指を折った程度で許してくれるのか!?」
「うん、だって凄く痛そうだし、俺の為にそこまでしてくれたのが嬉しかったんだよ」
「……亮介ッ!!……本当にありがとう!!嬉しいッ!!またこれまでみたいにずっと一緒に居ようっ!」
抱き着こうとして来るが俺はそれを手で静止する。それに姉は不満そうな顔をするも無視して話を進めた。
「だけどお願いがある」
「何でも言ってくれ!次は中指か!?」
「……違うよ」
「じゃあ親指?」
「違うよ。一旦骨から離れて?」
マジで殺してやろうか。
「じゃあ何なのだ?」
「──急に仲直りしたら周りが変に思うだろ?」
「私は気にしないぞ?」
こんなに馬鹿だったかコイツ?
幾らなんでも今日は酷すぎる……でも我慢しよう、ここは耐える場面だ。
「俺が気にする……だから前みたいに話したりするのは二人っきりの時だけにして欲しい」
「……せ、せっかく仲直りしたのに」
「それが嫌なら許すのも無しだ」
「し、しかし──」
「ああもうしつけーなっ!俺の言う通りにしろよっ!?昔みたいに仲良くなりたいんだろっ!!だったら俺が良いって言うまで我慢しろよっ!」
「………あ、わ、わかった」
怒鳴り声を聞いた楓は慌てて頷いた。これ以上怒らせるのはマズいと察したらしい。
順従な姉を見て亮介は『うんうん』と頷いた。
「じゃあそういう訳で宜しく」
「ああ!愛してる亮介!ほ、本当に二人っきりの時は話し掛けても良いんだよなっ!?」
「……いいよ」
亮介は笑顔で頷いた。
(この姉は、ほんとに醜いなぁ)
そこにはかつて亮介が憧れていた姉の姿はない。
あれだけ尊敬してた人物なのに、今では恥ずかしいこの体たらくだ。
自己防衛の為に義妹を売り、友達を陥れる。
何度目を凝らしてみても、姉は醜悪な怪物としか思えなかった。
「亮介……また宜しくな」
「……そうだね」
──コイツへの復讐は決まっている。
俺が完全に心を開いたと思わせて、これでもかという位に依存させて……最後に惨たらしく捨ててやる。
しかし、その為には仲良くする必要がある。
それが本当に辛いんだが徐々に慣れて行こう。
俺に会社を継がせると言った父親と、気持ち悪い言動を繰り返した姉……この二人への復讐は何よりも盛大なものにしよう……だから──
──少しの間は仲の良い家族として宜しくね?
『復讐』
言葉にするのは簡単だが漢字にすると難しい。
だが何より難しいのが、それを実行すること……そして、それを実行しようと考えるまでに精神が追い詰められてしまう事だ。
ムカつく先輩が居る。
親に怒られたからイライラする。
店員の態度が悪い。
友達と喧嘩したから許せない。
そんな些細なことで人は復讐しようとは考えもしない。その時は憎く思っても、時間が経てば忘れるモノだ。それが家族に対してとなれば尚更だろう。
だけど亮介は家族相手に実行しようとしている。
並大抵な決断ではない……恐らく、常人には計り知れないほどの絶望を味わって来たのだろう。
恨みつらみには陰に籠もる……深く、静かに。
壊れているのは何も楓だけではない。家族に復讐を考える時点で亮介も充分過ぎるくらい壊れているのだ。
それでも自我を保って居られるのは自分を信じてくれる人達が居るからに他ならない。
「………」
部屋に戻った亮介はスマホの電話帳を開き、大切な人達の名前をずっと眺めていた。
今回の話も長いですが、文字数が多くて大丈夫との意見が多かったので分割せずに投稿します。
姉と父親へのざまぁは最後に大きいのを用意しております。
次回は母からの離婚報告と妹との絡みです。
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