10話 桐島文香と壊れてゆく感情
素敵なレビューを頂きました……感謝ですっ!
感想の返信が間に合ってなくて申し訳ありません……時間を見付けては返そうと思います。
朝から吐き気を催す視線を散々浴びせられた。
非常に不愉快だったけど、生徒会長の悲壮感漂う泣き顔が見れたのは良かった。
どうせあのまま帰るんだろう。
アレはそういう女だ。昔からそうさ。
中学の時に同じ生徒会だった時も失敗したら直ぐに挫けやがって……ッ!俺が何度尻拭いさせられたと思ってんだよ。それなのに俺が窮地に立たされると助けもせず簡単に見限りやがってマジでムカつく。高校でも生徒会に誘われた時は頼りにされてると心が躍ったが、今思うと単に利用されていただけに過ぎない。ウンザリするくらい卑劣で下衆な女ッ!
「りょ、亮介っ!!」
「………ッ!──どうした麻衣?」
「凄く怖い顔してたよ……?」
麻衣は不安そうに顔を覗かせた。
この子に心配掛けたくない。
直ぐに安心させてあげよう。
「ごめん麻衣、でも大丈夫だから」
「うん……無理しないで?」
「……分かってる」
心がおかしくなりそうでも戻って来れる……麻衣が癒してくれるからな。
ああ麻衣が一緒で良かった。
いつもありがとう。ムカつく奴が居たら教えてね?叩き潰してやるから。
「教室でも……やっぱりそうなるよね?」
麻衣は不安そうに尋ねて来るが、その疑問は間違いなく当たっている。教室の連中も、通学路に居た奴らと同じような視線を浴びせてくるだろう。
「そうだろうね」
「今更だと……思うよ」
「俺もだよ」
無視されるより同情される方が辛いんだって……周囲の視線や生徒会長との一件で気付かされた。
特にクラスの連中にそんな態度取られたら冗談抜きでおかしくなっちゃいそうだ。一番苦しめて来た集団だからな。
でも麻衣が居るから大丈夫。
彼女の存在が俺に勇気を与えてくれるんだ。
「……亮介……い、行こう!」
「うん、分かった」
俺は教室の扉を開けた。
俺に気付くと静寂が訪れる……憐れむような目と、申し訳なさそうな目と、許しを乞うような目。
予想通り過ぎて逆に冷静になれた気がする。
「…………」
いや冷静になれてないな。
やっぱりコイツら一人残らず殺したい。
でも警察に迷惑が掛かる。
でも警察は俺を助けてくれなかった。
でも麻衣と母さんに迷惑が掛かる──だから殺さないで我慢しよう。
俺はポケットの中で強く握り締めていたカッターナイフを離した。
麻衣へ悪意を向けられた時の為に、普段から持っていたが、明日からは置いて行こう。
脅しの道具としてじゃなく、今の俺は本当に刺してしまいそうだ。
「じゃあね、亮介」
「うん、また休み時間に」
生徒会長と話をしていた所為で、教室に着いた頃にはもうホームルームの時間になっていた。
名残惜しいが仕方なく麻衣と別れる。
「念の為に隠しておくか」
ポケットに忍ばせていたカッターを周囲に気付かれないように鞄に移した。注目されているから一苦労だ。
今日は精神的にどうもおかしい。冤罪ではなく本当に事件を起こしてしまいそうだから気を付けないと。
いつもは無関心で居られるのに、同情を向けられるのは堪える。これまでずっと麻衣と二人だけで頑張って来たのに、その頑張りをなかった事にしようとする周りの態度がどうしても許せなかった。
俺は自分の席に座り、一限目の授業で使う教科書を眺める。
そんな時だった──
「あ、お、おはよう」
隣の席の女が話しかけて来る。
名前も知らない女で、いつも桐島と一緒に悪口を言ってた奴だ。
クラスメイトの中でも上位に鬱陶しかった女だ……まぁ桐島ほどではないけどな。
「…………なに?」
「い、今まで、ほんとごめん」
「……………」
俺は怒りをグッと堪える。
カッターの刃を鞄の奥深くに仕舞って置いて正解だった……刺していたかも知れない。
あの生徒会長ですら謝罪は自重したのに、この恥知らずなクソ女は救いようがない。
勇気を振り絞って声を掛けた………みたいに自分の勇猛っぷりをアピールしたいんだろうか?
俺はそれを無視して本を読み続けた。
「あ、謝ってるのに話くらい聞きなよ!」
冷たくあしらわれたのが不満らしい。
ムッとした表情で文句を言って来た……その反応で今の謝罪が上っ面だけだと分かる。
「…………やっぱりな」
「な、何が?」
「お前の謝罪なんてその程度なんだよ。悪いと思ってたら逆ギレしないよな?謝って許されて気持ち良くなりたいだけだろ?」
「ち、違うしっ!」
「じゃあ言い返すなよ」
「だ、だって」
「俺は被害者で、お前を許すかどうかを決める権利は俺にあるんだよ?──そして俺は謝罪を受け取りたくない。それだけの事じゃないの?」
「………そんな風に言わないでよっ!」
「つーかお前……名前なんだっけ?」
「今は別にどうだっていいだろ名前なんて!」
「あっそ、俺もお前みたいな屑の名前なんて知りたくねーよ」
「はっ!?ふざけんなっ!アンタだって──」
──そこまで言い放った所で、女子生徒は慌てて自分の口元を手で押さえた。
『アンタだって屑でしょうが!』
自分が口にしようとした言葉は、この亮介に対してだけは絶対に言ってはいけない言葉なのだ。
空気の読めない女にもそれは理解できた。
亮介をこれ以上傷付ける事は許されない……それは亮介が来るまでの間にクラスの皆で話し合って決めたことだ。
勝手に亮介を傷付けて来た連中が、今度は勝手に亮介を守ろうとしている……これ以上に厚かましくて図々しい話はそうそう無いだろう。
──だが、今の言葉を亮介が聞き逃してくれるのかは、また別の話である。
「アンタだってなんだよ?」
「え、いや、別に」
「テストもしっかり頑張って、授業態度も良くて、今まで問題を起こした事のない俺がなんだって?──まさか、まだ俺が犯罪者だと思ってんのか?」
「……あ、いや……ほ、ほんとにごめん」
そこまで言われ初めて心に響いたらしい。
彼女の中で、まだ亮介を無意識に揶揄していた部分が存在しており、それが反抗的な態度を取るキッカケになっていた。
しかし、言われて気付かされる。
この亮介は授業態度も真面目で、成績も常に上位をキープしているような真人間だ。
加えて容姿もクラスで1位2位を争う程の美青年。
唯一、犯罪者という肩書きだけが大きく足を引っ張っていたがそれも無くなり、今では誰がどうみても優秀な男なのである。
授業もまともに受けず、仲間と日々遊び呆けている素行不良の女とは比べ物にならない。
もはや何も言い返すことが出来なかった。
「うぅ……」
顔を真っ赤にして前を向く隣の席の女性。
亮介は知らないが彼女は砂川千秋という。
彼女のみならず、黙って盗み聞きしていた周囲も気まずそうな表情をしている……もう誰も簡単に許されるとは思わなくなった。
この時、麻衣の席が離れた場所にあって良かったと亮介は思った……お陰でこんな醜悪なやり取りを聞かせずに済んだのだから。
──ガラガラッ
「…………ふッ」
──ホームルームが終わり、遅刻のタイミングで教室に入って来た桐島文香を見て……思わず俺は笑いそうになった。
目元にクマがあり、髪の毛もボサボサ。
同情を買う手口が生徒会長と同じだから面白い。
二人で口裏でも合わせて来たんだろうか?
今更コイツや生徒会長に笑わせて貰えるなんて思いもしなかったぞ。
ただ、わざとらしい手口だが効果は割とある。
「き、桐島さん……」
何故なら、俺の席まで遊びに来てくれた麻衣が同情の目を向けているんだからな。
「あ、りょ、亮介……」
そんな演技派2号は、両手でカバンを抱き締めながらこっちへ向かって来た。そして目の前まで来たかと思えば、勢いよく頭を下げてくる。
「い、今まで本当にごめんなさいっ!そ、その……いろいろ話したい事があるの……放課後、少し時間貰え……る?」
20秒くらい経ってから頭を上げ、恐る恐るこちらの顔色を伺ってくる桐島文香。
隣の席の女もそうだけどなんで簡単に謝れるかな?何も考えてない証拠だぞ?最低でも俺を苦しませた1年間くらいは我慢して頭下げに来いよ。
謝罪は安堵だ。そうする事で人は安心する。
早い話、この女には時間を掛けて反省するつもりが全くない……もう悩むのが嫌だから手っ取り早く謝って終わらせたいんだろう。
それはあまりにも浅はかな考えだ。
絶対に逃すかよ。追い詰めてやる。
「………ッ」
桐島に同情心を抱いていた麻衣も、頭を下げた桐島を見て僅かだが表情を険しくさせている。
麻衣も恐らく俺と似たような気持ちだ。
今までの事を考えると、たった1日反省した程度で謝って欲しいとは思わない筈だ。
特に桐島文香は必要以上に俺を傷付けようとして来た女だ……暴言を散々聞かされて来た麻衣もそう簡単に許す事の出来ない相手。
「俺がなんで、お前の為に放課後待たないといけないんだよ」
「あ、じゃ、じゃあ、帰りながらでも良いよ!」
「麻衣と帰るんだから嫌だわ」
「じゃ、じゃあ中里さ──」
そう言われて今度は麻衣に声を掛けようとする桐島文香。
しかし、亮介を相手にそれは余りにも悪手……適当にあしらうだけだった亮介の表情が一瞬で強張った。
「麻衣に話し掛けんなよ?麻衣をダシにされんのは死ぬほどムカつくから」
「ダ、ダシになんてしてないっ!」
「俺がしてると思ってんだからしてんだろ……第一、彼氏と帰れよ?ラブラブなんだろ?……あ、違う学校だっけ?」
今の発言で文香は、より一層と真っ青になる。
「違うッッ!!あんなの彼氏じゃないッッ!」
その大声に教室中が静まり返るが、亮介は一切動じなかった。この1年間ずっと散々な目に遭い続けてきたのだ……同級生のヒステリック程度ではモノ動じない。
文香に近付きトドメとなる言葉を彼女に呟いた。
「いやいや、何度も手を繋いでたんだろ?それにこの前はファーストキスをしたとか自慢げに語ってたじゃないか。急に彼氏じゃないは可哀想だろ?それに冤罪かも知れないじゃないか……信じてあげろって、なぁ?」
──こんな品のない話を麻衣には聴かせたくなかったので、桐島にだけ聞こえるようなトーンで囁いた。
顔が接近して気色悪かったが、この女が苦しみを味わうなら我慢できる。
「うぷ」
亮介が我慢した甲斐もあり、桐島は口元を抑えながら教室を飛び出して行った。
ただでさえ思い出したくないキスの記憶。
それを好きな男に蒸し返されてしまい、吐き気を抑えきれなかったようだ。
「ま、まってフミッ!!」
──砂川千秋は、友人である桐島文香を『フミ』と呼び、慌てて後を追い掛けた。
千秋は何か言いたそうに振り返って亮介を見たが、結局は何も言わずに教室を飛び出して行く。
その様子をあざ笑いながら亮介は見送った。
「だ、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう」
会話が聞こえなかった所為で何が何やら解らない麻衣。
『心配するな』と背中を優しく叩いてやったら、微笑みながらぽんぽんと叩き返してくれる。
その仕草が実に可愛いかった。
「じゃあ先生来たから行くね?」
「うん、また後で」
俺は教科書を開いてこれからの授業に備える。
──それにしても桐島文香……もうアイツ本当に面白い。
相手が犯罪者だと知らず、俺に対する当て付けで付き合い始めたのを知っていた。
だから何も言わずに泳がせた訳だが……案の定、関係は進展してくれた。
実に滑稽な女だ。
最近、ファーストキスをした話を聞かされた時は嬉しくて身震いした……これで真実を知ったらダメージは相当デカいだろうと確信していたんだが……全く予想通りの反応をしてくれる。
まぁ気持ちは分かるぞ?
犯罪者と交際し、口付けまで交わしたんだもんな。
アイツらが捕まるのがもう少し遅ければ、もっと面白い関係になっていたのに……少し残念だ。
──それにしてもあの汚れた唇どうするかな?
俺が万が一にも桐島とキスをするハメになったら、自分の唇を切り落とすけど?
まぁアイツには出来ないだろう。
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〜桐島文香視点〜
「おえぇぇぇぇッ!!」
私は女子トイレで盛大に嘔吐物をぶち撒けた。亮介に言われて蘇ってきたのは思い出したくもない最低な記憶。
本当に気持ち悪い……亮介を苦しめた男とキスなんて……しかもそれを報告ってなに?意味わかんないじゃん私ッ!
「フミ、大丈夫!!?」
千秋が駆け付けてくれた。
背中を撫でてくれるけど気持ち悪さが和らがない……私はもう一度、便器にもどしてしまった。
「ぐぇぇ……はぁ……はぁ……」
「フミ!!もう家に帰んなよ!!」
「……いやだ……亮介に会えなくなる……」
そうだ、ここで引くのは本当にマズイ。
どうにかして関係を取り戻さないと……せめて話だけは聞いて欲しい。
終わった初恋だと思っていたのに、全然終わってなかったんだ…… 昨日から亮介の事がずっと頭から離れない。
今まで執拗に絡んで来たのは、彼を愛していたからなんだ。だから犯罪に手を染めた亮介が許せなかった……なんで今更になって気付くのよッ!!
──2回吐いてた事で多少は気が楽になり、さっき亮介に言われたセリフを思い出す。
『それに冤罪かも知れないじゃないか……信じてあげろって、なぁ?』
亮介を信じられなかったのに……あんな男を信じる訳がないじゃん……でも、亮介が納得してくれる訳ないよね。
──文香は鏡に映し出された自分の顔を見る。
髪はボサボサで顔色も悪く、普段の美貌が保ててない。
「化粧したら……見て貰えるかな?」
腰にぶら下げていたポーチから化粧品を取り出し、顔を綺麗に整える。
ふざけた行動のように見えるが、桐島文香に残されているのはその美貌しかなかった。
街中を歩けば必ずナンパされる程の外見……それだけが唯一の武器だ。
「……フミ……あんた」
「大丈夫、大丈夫……神様お願いします……亮介を振り向かせて下さい……」
普段通りに薄く化粧をし、教室に戻った。
しかし、亮介が振り向く事はない……そもそも亮介が麻衣以外の女性に目移りするなんて有り得ないことだ。
「……………ッ!!」
──亮介と楽しそうに話す麻衣の姿を、文香は憎しみの篭った目で睨み付けていた。
次回は姉視点のお話です。
ジャンル別日間ランキングで1位となりました。
ジャンル別週間ランキングで1位となりました。
ジャンル別月間ランキングで4位となりました。
連載を開始して2日しか経ってないので、月間ランキングで4位になったのは非常に驚いています。
更に日刊総合ランキングでもついに1位を獲得しましたっ!総合ランキングでの1位は初めての快挙なので本当に嬉しいですっ!
皆さま重ね重ね本当にありがとうございます!!
嬉しいので明日は2話投稿します!!
時間は12時と19時です!!
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