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「お前は誰だ。」

作者: ふもとえりんぎ

第3弾です。ちょっとしたホラーに逆戻りしました。皆さんは鏡の前で「お前は誰だ。」って言わないようにしてくださいね。ふもとは責任を負いませんからね!

(1)シンメトリー

「お前は誰だ。」

低く唸るような声で、奴は言った。長身で前髪を長く伸ばした、成長しすぎたエノキダケを擬人化させたような奴だ。

 こいつは病んでいる。なぜなら、前よりも俺の前で深海よりも深そうなため息をつき、冷たい水を顔にかけ、水を滴らせたまま、どこまでも黒い、まるでこの世のすべての闇を詰め込んだ水晶玉のような目で、俺をにらみつける回数が増えたからだ。今日は一層、闇が深い。

「お前は誰だ。」

空気が低く震える。その瞬間だけ時空が歪み、異空間に飛ばされているようだ。

「お前は誰だ。」

やつれたその顔を、俺もにらみ返す。

「お前は誰だ。」

奴の口の動きに合わせ、俺も口を動かす。これまでこいつがこんなになったことは無かったぞ。俺に向かってこの言葉を連呼するなんて…。

「お前は誰だ。」

生きることがもう疲れたか。

「お前は誰だ。」

18年間、ずっとこいつを見てきた。幼い頃から闇を知り、悟り、よくここでこいつは泣いていた。鍵を閉め、それはそれは静かに。だが激しく。

「お前は誰だ。」

同じ言葉を、こいつはずっと吐き続けた。嫌なうねりが耳にしがみつく。

「お前は誰だ。」

お前はお前だ。

「お前は誰だ。」

それもわからなくなっちまったか、かわいそうに。

「お前は誰だ。」

なぁ、エノキダケ…。

「お前は誰だ。」

俺でよければ。

「お前は誰だ。」

俺でよければ。

「お前は誰だ。」

「変わってやろうか。」


(2)お前は誰だ。

 わからなかった。自分が何者か。そもそも自分が人間なのかすら、最近は不明になってきた。もしかしたら俺は、人間じゃない何かなのかもしれない。俺は誰だ。自室の部屋の背もたれに寄りかかり、酒を飲んでいないのに飲んだような気になって全身の力を抜く。最高に体に負担をかける姿勢だと言われるが、今だけはと見えないし知らないやつに、俺は許しを求めた。

 いつからかは覚えていないが、俺の後ろに俺の心をつけた影が一定の距離を保ってついてきているような、常に自分の周りに防音の壁がついているような。そんな感覚を抱いている。それに、聞こえるすべてがうわべだけのような気がしてならないのだ。発されている言葉の奥のことを探ってしまい、苦しくなる。他にもどう表現したら良いか分からない物が俺にはたくさんある。多分他の人はそんな感覚を抱かないから、誰にも話したことは無い。

 人が苦手な俺は、休み時間は自席でつなぎ先のないイヤホンを耳にはめ、机に突っ伏して寝たふりをする。席を立つと隣の知らないやつと弁当を食いに、別の知らないやつが必ず座るからだ。俺が来た時にその別の知らないやつが何かしら声をかけてくれればいいのだが、俺が来てもまるで俺がいないかのように2人で駄弁り続けるのだ。もしかしたら俺は透明人間なのかもな。

「なぁ知ってる?鏡の前で『お前は誰だ。』って言い続けると、精神崩壊するらしいぜ」

「へー、お前やってみたらいいじゃん」

「なんで?俺が?やだよ?」

今日は自席で寝ているフリができた。その時に聞こえた会話を思い出す。イヤホン越しでもこの会話がはっきりと聞こえた。そして刺さったように忘れられなかった。

「お前は誰だ…。」

本当にわからない。俺を含めた全てが偽物のように思える。俺は何だ。

「精神崩壊…。」

俺ならきっと大丈夫だろうと思った。なぜなら、もう壊れる精神もないから。廃墟みたいになった精神で、これ以上何を壊せばいいのだろう。

 ゆらりと椅子から立ち上がり、猫背でだらりと歩く。その姿を前に何かのビデオか何かで見たことがあるが、やる気のないカゲロウが人になって歩いているようだった。

 ぬるりと階段を降り、1階の洗面所へ向かう。扉を閉め、鍵をかける。万が一家族の誰かが入ってきたときに見られたら嫌だ。

 睨むように鏡を見つめる。顔が火照っていることに気が付いた。知らないうちに泣いていたらしい。水を顔にかけ、深くため息をつく。また酸素の無駄遣いをしてしまったと思った。濡れた顔が鏡に映る。この顔も、この姿も、大嫌いだ。ここじゃないどこかの別の人間であればよかったのに。

「お前は誰だ。」

ゆっくりと呟いてみる。壊れるものはもうないはずなのに、どうしてこれをやってみようと思ったのかはわからない。まだ壊せるなら壊したい。壊し尽くして消えたい。そんな感情が動いたのかもしれない。

「お前は誰だ。」

久々に自分の声を聞いた気がする。ここだけが、俺のいる空気が歪んでいるようだ。

「お前は誰だ。」

眼の下のクマ、前より濃くなったな…。

「お前は誰だ。」

鏡の中の俺が、俺に合わせて動く。いや、もしかしたら本当は俺の方が鏡なのかもしれない。

「お前は誰だ。」

これで精神だけじゃなくて何もかもを壊せるのなら、俺は喜んでこの言葉を吐き続ける。

「お前は誰だ。」

よくここで泣いた。家族にばれないように、自分を殺しながら。

「お前は誰だ。」

人からの圧、自分からの圧。この世の真理、この世の闇。全部掻き消したかった。

「お前は誰だ。」

これが俺なのか。何もかも失って、抜け殻のようなこれが。

「お前は誰だ。」

俺は今何を言っているんだっけ。

「お前は誰だ。」

ただの低いうねりになって、耳を通り抜ける。

「お前は誰だ。」

なんだ、崩壊するのはゲシュタルトで、

「お前は誰だ。」

俺の精神じゃない。

「お前は誰だ。」

これで終わりだ。

「変わってやろうか」

主人公は相当自己肯定感が低い人なのでしょうね。きっと小さいころから何かといわれ続けている身だったのでしょう。鏡の主人公も変わりたくなるほどだったのでしょうね。

分かります。

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