追放した元仲間がチートを手に入れた話
「リヒト、あの時はよくもやってくれたなぁ……」
「お、おう」
それは俺たちがうちの荷物持ちを追放した一か月後のできごとだった。
追放したはずの荷物持ち、ドナが復讐に燃えた目で俺の家にやってきた。
体を震わせるドナは残忍な笑みで
「俺はチートを手に入れたたんだ。俺はこの力でお前に復讐する!」
「……」
そう叫ぶドナに対して、俺の反応は非常に淡白なものであった。
まぁ、ふつうはここで「やめろ!」だとか「あれは役立たずだったお前が悪い」だとか悪役らしいことをいうべきなのだろう。
こう見えても、俺は転移者だ。この展開は知っている。いわゆるざまぁタイムだ。
しかし、知っている……のだが、この状況には一つ、俺の知らない要素があった。
変わり果てた姿のドナに困惑した俺は、静かに目を伏せて言う。
「……ドナ、お前はそれでいいのか?」
「ああ……俺はこの時のために生きてきた」
ドナは力強くうなずいた。
……なんてことだ。俺はとんでもないやつを敵に回してしまった。
ぶっちゃけ、勝てる気がしない。今のドナに、勝てるわけがない。
なぜなら、今のドナはチートを持っているのだから。
俺は振り絞るような、蚊の鳴くような震える声で言う。
「やめろ。やめてくれ。今のおまえと戦いたくはない」
「知るか! 俺をさんざんコケにしやがって!」
「だから……喋らないでくれ。────そのT字の状態で……俺に喋らないでくれ。……ブフッ」
俺はついに、X、Y、Z軸が初期段階になったドナに吹きだしてしまった。
チートだ……まぎれもないチートだ……。
故郷の動画サイトでよく見た、俺の知るチートの姿だ……。
「なにがおかしい!」
「いや……全部が……」
腕を広げたまま、足を動かさずに水平移動するドナが笑いのツボに入る。
こいつッ……狙ってやっているのかッ……!?
俺を倒すためにいろいろなものを犠牲にしやがって……ブッ!
「この状況でへらへらと……! 俺のチート、とくと見るがいい!」
俺がいつまでも机に突っ伏して笑っていたので、ドナが激昂する。
ゲームの方のチートを知らない本人はいたってまじめにやっているのだろうが、俺の目にはどうやってもおふざけに見えてしまう。
こんなふがいない俺を許してくれ。グフフッ。
「くらえ! ディメンションスラスト!」
ドナの人間の構造的にあり得ない攻撃が物理法則を完全に無視した動きで迫る。
何とか回避するも、腕が不自然に伸びたドナのせいで俺の腹筋は崩壊した。
ダメージがえぐい。主に腹の。
ドナの腕が床にめり込む。
「ドナ、悪いが逃げさせてもらうぜ。今のおまえにはどうあがいても勝てそうにない」
「待てっ! この野郎!」
俺はドナを押しのけて家を脱出する。
しかし、それと同時にドナの両腕が俺を追尾するように後ろを向いた。
くそっ……オートエイム付きかッ……(笑)
痛むわき腹を抱えながら必死に走る。
「逃がすかッ! 『ワープ』!」
ドナの発言が気になって、後ろを向く。
俺の背後ではドナは、おもむろにジャンプし、段差にケツをこすっていた。
ッ……! ワープはワープでもケツワープ……!
リアルだとシュールすぎる。
どうやらTASも搭載しているらしいドナは謎の加速で飛び上がり、一瞬で俺の正面にまわり込む。
「どうやらおまえの死は確定したようだな」
「おい……おまえ、チートを酷使しすぎて腕が三本くらい増えてるぞ……しかも股間にッ」
ああ、もうやばい。腹が耐え切れない。バグり始めてるぞ。
息絶え絶えになりながらも、俺は命の危機には変わりないので全力で結界をはる。
これでも生きるために必死なんだ。信じてくれ。今だけでも……フフッ。
「タンマ……一回全力で笑わせて……」
「そうやっておまえはいつも自分のワガママを周りに押し付けやがって……それで俺たちがどれだけ苦労したと思っているんだ!」
「わかった……なおすから……本当にごめんって……ブハハッ!」
「俺はおまえを倒す! これで俺の復讐は終わりだァーッ!」
やめろ……ここで覚悟をきめて頭から髪をなくすな……。シンプルな丸刈りはダメだって……犯罪だって……。
肝心なところで笑ってしまう俺に、ドナは壁抜けチートで結界を貫通する。
そのせいでドナのグラフィックはめちゃくちゃになってしまった。もはやドナは人間の原形をとどめていない。
ダメだ……俺はこんなところでは死ねない……ブフフッ。
笑いつかれた俺に高速で動くドナから逃げるような体力はなく、地面をはいずることしかできない。
これで……俺は死ぬのか……まったくふざけている。
もう色々と滅茶苦茶だよ畜生……。
──そう、俺が諦めかけていた、その時だった。
「死n──」
「……?」
勢いのあったドナの声が急に途絶える。
いつまでたっても攻撃がこないので、恐る恐る目を開けると、そこにいたはずのドナの姿がきれいさっぱり消えていた。
肉片どころかドナを感じさせるものがどこにもない。俺の目の前には何もない。
なぜだろうかと、俺は首をかしげた。
ドナは確かにここにいた。いたはずなんだ。
それが、ドナはいなくなった。
まるでドナが消失してしまったかのように。
……ああ、そうか。納得がいった。ハハハ。
ドナは消えたんだ。抹消されたんだ。もう二度と戻ってこない。
俺は安堵と笑いで半々になった。
ゆっくりと地面にあおむけになり、俺は心の中でドナが消えた理由を反芻する。
ドナは……チート使用者だったドナは────
「垢バンされたんだ……アイツ」
神様の至極真っ当な対処だった。