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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

何の説明もないせいで怖くないホラー小説

作者: 平之和移


朝。I家の団欒はいつも通り。母親が息子の口を拭う。イチゴジャムがついていたのだ。


「もう、いつもこうなんだから」


オシャレな洋風ダイニング。家族向けマンションの一つで、彼らは暮らしていた。


「食べる時は気をつけてね」


母親の言葉に息子ははにかむ。スーツに着替えている父親も笑う。平和な朝食。


「お前の顔は」I父は息子に語りかける。「父さんに似てイケメンだ」


「もう、貴方ったら」


母親は己の夫に体を寄せる。苦笑する息子。二人はいつまで経ってもラブラブだ。


「綺麗な黒髪だね。ボクの自慢だ」I母は生まれも育ちも日本である。


「ん? あれ、誰かいるの?」


「そんなに褒めても何も出ないわ。強いて言うなら、愛情だけど」


「う、うわ、やめて、離して、ガッ! やめ、い、あっ」


「困ったな。ボクも愛情しか出ない」


「助け、助けてお父さん! 顔、が」


「もう、そういうのは、……夜、ね?」


「……あ……ぐ……」


夫婦はキスをし、食事の続きをする。息子はパンや目玉焼きを前にボーッとしていた。


父親はコーヒーをひと口。そして言う。


「今日の午後は休みをもらえたんだ。近くの動物園に行かないか。家族揃ってね」


「まぁ素敵! でも残念ね。近くに遊園地があれば」


「ははは。遊園地なんて昔からないじゃないか」


息子に話を振ろうとした母親が気付く。彼の朝食は減っていない。叱ろうとして顔を見る。そして己の間違いを知る。


「あら、ごめんね!」息子のそばへ。頭を撫でる。「貴方に顔はないんだったわ」


「うっかりさんだなぁ。生まれた時からそうだったじゃないか。だから喋ることもできない。おや、血の匂いがする」


I母は鼻をきかせる。「本当だわ。出産した時みたい。さ、お風呂に入りましょう」息子にもう一言。「貴方、血なまぐさいわ」


父親は腕時計を見て驚く。「おっと、もう行かなくちゃ。朝ごはんおいしかったよ」


「ありがと。いってらっしゃい」


「いってきます」


I父はマンションを出て、駅へ。改札を抜けプラットフォームへ。


「助けてくれ! 線路から動けない!」


I父も外に出れば一般サラリーマン。さてスマホを見るか読書をするか。暇つぶしにはいつも悩むものだ。


「何で! 動けない! 助けて! 線路から出して!」


読書をすることにした。I母お手製のブックカバーに包まれた、ラブクラフト全集。読み応えのある一冊だ。


アナウンスが響く。もうすぐ電車が来るそう。読書は電車の中でするとしよう。


いつも青い電車は、今日は赤かった。特に下部。デザインが変わったのだろう。これはこれであり。I父はそう思い乗り込んだ。


駅を通過する事に大きく揺れる電車を降り、会社へ。早速仕事開始だ。


真っ青な画面に白い英語が並ぶパソコン。それをタイプして仕事は進む。みんなも同じだ。


「部屋に入れてくれ!」「窓から! 窓から何かが! ああ!」


「君、FAXで連絡が来るそうだ。取ってきてくれないか」


「はい、部長」


I父は最寄りのFAXに来た。たくさんの紙が送られている。一つ手に取り読む。「且」「力」「1」「ナ」「乙」の五つの単語らしきもので文章ができでいた。横に並んでいる。


困ったものだ。だが、読み取ることはできる。メールではなくFAXで取引内容を確認するとは。古風なことだ。


先と同じ文章のFAXを送られながら仕事終了。予定通り午後はお楽しみ。廊下は肌色に塗装されていた。いつの間に、とI父はびっくり。とても温かみのある色になった。まるで本当の人肌のようだ。


I父自身、胸を踊らせながら帰宅。I母と息子がテレビを見ていた。アニメのようだ。人々が細部までリアルに描かれている。


「あら貴方! お帰りなさい」


「ただいま。どうだい、すぐ行けそうかい?」


「ええ、準備万端よ!」


「よし。それじゃあ遊園地に行こう。着替えてくるよ」


「急いでよ。みんな楽しみにしているわ」


I父は部屋で着替える。動物園はこの辺りに全くない。大昔からだ。しかし妻に不満はなかった。動物園じゃなくて遊園地がいいと、子ができる前から言っていたのだ。今朝も、遊園地に行くと言って喜んでいた。


ラフな格好に変えた。父として恥ずかしくない姿だ。妻もこのぐらい気軽でいいのに。彼女は母親らしい地味な服装をしていた。たまには昔のようなかわいい服を着て欲しい。I父は苦笑しつつそう思う。


二人のもとへ。


「さぁ、行こう!」


息子は口がないので声を出せない。しかし楽しそうにしている。


駅へ。プラットフォーム内。存外に人が多く、I家は後方に待たされた。電車を待つ。


「何に乗る?」


妻の甘い問い。I父は鼻を伸ばす。息子は二人に呆れてそうだ。


「そうだなぁ。やっぱりジェットコースターだな!」


「あらやだ。一人乗れない子が出るじゃない」


「電車が参ります……電車が参ります……」


「おや、これは失敗!」


「私は観覧車に乗りたいわ」


夫婦二人は笑いあった。電車が到着。下部を真紅に染めた電車だ。パンクなことに人骨らしいオブジェもある。「ステキ!」I母は感動しながら電車に乗った。乗り込む人はいないが、中に人がそこそこ。座る人はおらず、立つ人ばかり。吊り革の使用者まみれ。みんなぶら下がり足を浮かせている。夫婦は座った。


途中何度か停まるものの誰も降車しない。乗る人もいなかった。やはり昼だからだろうか。吊り革の人々はずっとそのまま。何かの腐臭が鼻に来る。


ともあれ、目的地に着いた。遊園地までは歩き。


「お前は何に乗りたい?」


I父が息子に問う。


ボキッ、ガキャ、ビチャ。


「そうか、ジェットコースターか! 父さんと同じだな! あそこには色々なものがあるからな。どうだ、メリーゴーランドでも乗るかい?」


ブチュ、ングック……ゲップ音。


「いやかい? ハハハ冗談さ。スリルあるものがいいもんな!」


「もうダーリン! 彼を困らせないであげて!」


妻がからかう。綺麗なブロント髪を揺らす。碧眼の自己主張は強い。


「アメリカを思い出すわ。故郷のシカゴではどうだったかしら……昔はよくテーマパークに行ったわ」


「いつか君の故郷にもう一度行きたいよ」


I父はこの妻が誇りだった。国際結婚は大変なことがいっぱいだ。しかし二人でそれを乗り込んできた。これからもこの夫婦なら幸せだ。その確信が、心を掴んで離さない。


入園し、早速ジェットコースターに乗る。妻も最初に乗りたがった。息子は身長制限で乗ることができない。コースターは満席。


いざ発進。天高くまで、ゆるやかに昇っていく。地上にいる息子はどこも見ていなかった。空は雲が制圧。満杯の乗客達。盛り上がる心。


夫婦はこれからのスリルに自然と笑う。手を握る。顔を見合った。視界に黒いものが写った。コースターの後ろ側。I父は何であるかすぐ理解。女性の髪だ。後ろの人のものだろう。


昇りきって、下降。二人分の楽しげな悲鳴。途中で一回転。加速は続き、終わり、元に戻る。二人だけの乗客を降ろし、次の客が乗っていく。


その後も家族で楽しんだ。夕日のせいか赤黒くなった遊園地。肌色の地面は柔らかい。


「楽しかったな!」


「最高だったわ! フゥー!」


I母は息子を抱き上げキス。


「疲れたわね! さ、帰りましょ。ディナーがお待ちよ」


ゴポゴポとゲロを吐く音。振り向く。


「あらやだダーリン。乗り物酔い? 眼球は相変わらずないけど、舌までないのは初見だわ! 体の中全部吐き出したみたい! ……それはそうと、ディナーはIっていうお肉よ!」

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