後日談/カミルと私と懐かしの
本編の後日談です。
デートだ。
婚約者と二人でおでかけ。
これはもう、デートだ。
いままでも、二人で会って遊んでお話ししてなんてたくさんしてきたけれど、でも、まだ婚約者という立場でなかった私たちのそれはデートとは呼べなかった。
けれど、けれども、今日は正式に婚約者となってから初めてのカミルとのお出かけ。
これは、デートだ!!!
「あらあら、お嬢様」
私の盛り上がりように、支度を手伝ってくれていたマチルダがくすくすと笑う。
「ありがとう、マチルダのおかげでとってもかわいくなれたわ」
「お嬢様はいつだってお可愛らしいですよ」
マチルダに編み込んでもらった髪に触れながら、私は顔を綻ばせた。
◆
「ミリア! かわいい」
馬車で私を迎えにきてくれたカミルが、私と目が合うなり、顔を輝かせて馬車を飛び降りた。
「ありがとう、カミル。カミルもとっても格好いいわ」
カミルはストライプが入った紺のスーツを着ていた。華美な装飾はないけれど、控えめに入ったストライプの柄はカミルの背が高くてシュッとした印象によく似合っていた。足がとっても長く見える。ただでさえ長いのに。濃い金色の髪の癖っ毛もいい感じにツンツンしている。カミルは毛質を気にすることがあったけれど、だらしがない、というよりもちょっとワイルドな感じがして私は格好いいと思う。
もしもカミルがストレートのサラサラヘアーだったら、あまりにも王子様みたいすぎるから、これくらいやんちゃなところがあったほうがいい。うん。
カミルにエスコートしてもらいながら、私も馬車に乗り込む。
今日は二人で城下町を歩く予定だった。……とうとう、公認の婚約者となって、初めてのデート……!
向かい合って座って、取り止めのない話をするけれど、カミルはふとするとすぐに私を「かわいい」と言ってきて、私をドギマギとさせていた。いつものことだけど、いつもより緊張してしまう。
「ごめん、だって、かわいいから」
言わずにいられない、とカミルはわずかに耳を赤くした。
いつものことだけど、カミルが「かわいい」という頻度もまたいつもよりも多かった。カミルも初デートだから気持ちが楽しくなっているのかしら。
「……でも、しばらく馬車で二人きりだしな。そればかり言って君を困らせるのもなんだし、我慢してるよ」
「えっ、うん」
我慢させるのも悪いなあと思いつつ、私はカミルに「ありがとう」と返した。
しばらくカミルは私に「かわいい」というのを封印すべく、黙り込んだけれど、なぜか次第に顔が真っ赤になっていって、やがて大きなため息をついた。
「どっ、どうしたの? 大丈夫?」
「……ごめん、限界が……」
「馬車に酔ったかしら? 停めてもらいます?」
気持ち悪いのならむしろ顔色は青くなるのでは? 不思議に思いつつ、私はカミルに向かって手を伸ばし、赤い頬に触れた。
カミルのほっぺたはひどく熱い。もしや、馬車酔いではなくて、風邪だとか。
初めてのデートだから、カミルってば無理して来ようとしてしまったのかしら。それなら今すぐカミルの家に戻ってもらったほうが。
「カミル……」
心配で、名前を呼ぶと、カミルのヘーゼルアイとバチっと目があった。潤んだ瞳も、やっぱり熱っぽい。
「……ミリア」
「うん、カミル。どうしたの?」
掠れた声で私を呼ぶカミル。私は頬に手を添えたまま、カミルを見つめた。
カミルはもういちど、はあと長いため息をついた。ため息というか、ために溜め込んだものを思いっきりはあと吐き出す感じで。
「カミル……?」
「……ミリア、かわいい」
「はい?」
思わず、きょとんとする。
カミルはもう一度、今度は短く「はあ」とため息をついて、頬に添えていた私の手に自分の手を重ねた。
「……かわいい。……我慢してみたんだ。けどさ、そうしたらなんだか耐えられなくなった」
「ええっ!?」
そんなことってある!? 昔はカミル、逆に「かわいい」とかそういう言葉を言えなくて悩んでいたのに!? 今度は「かわいい」と常に言っていないといけなくなってしまったの!?
「ごめん。頭の中がそれでいっぱいになってしまって……。やっぱり俺、君にはかわいいって言っていたい」
「そ、そう」
私はにこ、と曖昧に微笑んでみせた。困る……ような、嬉しい……ような。けして嫌ではないけれど、不思議な気持ちになる。こう、お口のあたりがむずむずしてくるというか……。
いえ、それでも、「嬉しい」という気持ちが一番強くはあるのですけれど!
「ミリア、かわいい」
「も、もう!」
昔のカミルはどこに行ってしまったの! というくらい、カミルは十四歳のころから剛速直球で私にデレデレの言葉を言うようになった。
カミルに褒められると嬉しい。とっても嬉しいのだけれど、でも、恥ずかしい。
「ミリアはいつまでも照れてくれるから、俺も飽きない。ミリアの全てが俺には新鮮だよ」
「あ、ありがとう……」
「……かわいい」
カミルはとろけたように瞳を細めさせて私に微笑む。あまりにもお顔がよくって私の頬も赤く染まる。その様子を見て、カミルはまた私に「かわいい」と言う。……カミルは語尾に「かわいい」と付けなければ生きていけない呪いにでもかかっているんじゃないかしら。
「わ、わたしも、カミルのお顔、いつ見ても格好良くて好きだわ」
「……好き、とまで言ってくれるのか」
「えっ!? だ、だって、好きだもの」
カミルに言ってもらってばかりではよくないわ、と思って今の自分の気持ちを言ってみると、カミルは目を丸くして私を見た。
わ、私、何か変なことを言ったかしら。
でも、カミルのお顔は格好いいし、整っているし、私は好きだし。何をそんなに驚くのだろう。
「ミリアは俺に、言い過ぎだって言うけど、君の方がよっぽどだよ」
「そ、そう?」
うん、とカミルは頷く。
「だって、俺は好きって言うのは我慢してたのに、君は言っちゃうんだもの」
「うっ……」
それは、たしかに、その通り。
私はなんだか居た堪れなくなって俯いた。
カミルは「ハハ」と乾いた笑いをして、馬車の車窓に顔を向けた。
婚約しているからといって、みだりに「好き」「愛している」というのは……あまりふさわしいとはされない。
じゃあカミルの「かわいい」「かわいい」のラブラブ猛攻アタックはいいのかというと、でも。……カミルは絶妙に「好き」という明言を避けていた。
ただ、例外的に私たちがお父様に、正式な婚約をお願いしに行ったあの日と、バラ園を見に行ったあの日だけはカミルはタガが外れたように「好きだ」と言っていたけど……。でも、あの日は特別ですものね。
……甘い言葉を囁く年季の違いを思い知った気分だわ。私は、まだ、拙い剥き身の言葉でしか語れない……。
……カミルったら、直球! って思ってたけど、でも、こう考えると意外とカミルも気を遣って言葉を選んでいるのね……?
そのうえであのラブラブ猛攻アタックは、すごい。
絶対にこの人は私のこと好きなんだなあと自信が持てるくらい、カミルは私に甘やかに接するのだ。
(カミル、私のことどれだけ好きなのかしら?)
うーん、とっても好きでいてくれているのはわかるけど。
思わず、しげしげとカミルの横顔を見てしまう。適度に日に焼けた肌、スッと通った鼻筋に整ったお顔の造形。ちょっと吊り目だけど大きな瞳がきれい。
そして、さっき私にかわいいというのを我慢して耐えきれず真っ赤になっていた名残だろうか、お顔が全体的に赤い。
(……? いいえ?)
さっきの名残どころか、さっきよりも、お顔が赤い……気がする。
カミルは窓の外を見ている。
いえ、これは……。
(か、カミルが私からお顔をそっぽに向けてる!!!)
私は、ついテンションが上がってしまった。カミルが、あのカミルが。懐かしの、そっぽ向きをしているのだ。
幼き日のカミルは「もう君から顔を背けない」と誓ってくれたのだけれど、それからもたびたび、無意識だったり、どうしても我慢しきれず顔を背けてしまうことは……たびたびあった。
約束を破ったわね、なんてとは当然私は思わない。むしろ、お可愛らしくて、健気で、ますますカミルへの愛しさが湧き上がるのだったけれど、カミルは「君に誓ったのに俺という奴は」と気にしていたことも知っていた。
それも、成長するにつれて減ってきていて、今ではほとんどカミルが私からこんなふうに顔を背けて誤魔化そうとすることは、なかったのだけれど……。
私はなんだかものすごく嬉しくなっていた。カミルがとても可愛らしい。やっぱり、カミルは可愛い。
カミルのお耳が真っ赤っかになっている。眉も吊り上がり、ともすれば不機嫌そうな顔で窓の外を睨んでいるけれど……。
(カミルが、照れてる……!)
かわいくて、かわいらしくて、どうしようもなかった。
何が彼の琴線に触れたのだろう。やっぱり「好き」の一言かしら。自分はいっぱい私のことを褒めるのに、私から褒められると恥ずかしくなってしまうのかしら!
ああ、どうか、このままずっとそっぽを向いていて! 私があなたの横顔をこんなにニコニコと見つめていることには気がつかないで! と願いながら、私は馬車に揺られていった。
城下街についた頃には、さすがにカミルは平静を取り戻していて、私を紳士的にエスコートして甘い言葉を囁いてくれていた。
紳士に私を甘やかすカミルのことも大好きだけど、未だに照れ屋でシャイで奥手なカミルのことも、私はもちろん大好きだった。
(……また、あのカミルのお顔を見てみたいわ……)
私はそんなことを考えてワクワクしながら、初めての城下町デートを楽しむのだった。
本編後の二人はひたすらイチャイチャしていることだと思います。
本編閲覧、評価等ありがとうございました!
また、こちらのお話追加に伴って気になっていたタイトルをこそっとガラッと変えました。よろしくお願いします。
評価ブクマとても励みになっています…!ありがとうございます!