第三十話 婚約発表会
リュカ様との一件も解決し、カミルと私の婚約は国王陛下と教会にも承認された。晴れて、私たちは正式に『婚約者』となったのである!
そして、婚約を周知するためのパーティを行うことになった。
◆
「ミリア……きれいだ」
「カミル」
パーティは、ロートン家にて行われることになった。
ロートン家は、私の家とは比べ物にならないほどのお金持ちでお屋敷も多い。何度か遊びに行かせていただいたことはあるはずなのに、会場となる大広間を見学したときにはその広さと豪華さに思わずくらくらしてしまった。
私も、一応伯爵家なのだけれど……。不自由のない暮らしはさせていただいているけれど、貴族としては慎ましい生活をしているので……。
控室で、今日のための華やかなドレスを身に纏った私を見て、カミルは顔をとろけさせた。
カミルも今日は、立派なスーツを着込んでいる。上質な厚手の布地の上着の襟には豪華だけれど繊細で嫌味のない金糸の刺繍がされていた。いつもは動きやすい服装を好むカミルだけに、重厚感のある衣装を着たカミルは、なんだか大人っぽく見えた。
ぽーっと見惚れていた私だけれど、ハッとして慌てて口を開いた。
素敵よ、って私も言わなくちゃ!
「かっ、カミルも! 格好いいわ、まるで、王子様みたい」
「ありがとう。ミリアも、お姫様みたいだよ」
つり目がちな瞳を、カミルは細めて、心底愛おしそうに私を見つめていた。
私も今日は、髪の毛を結い上げて、うなじとデコルテのラインが綺麗に露出したドレスを着ていた。腰枠入りのペチコートでスカートを大きく膨らませている姿は我ながらゴージャス感がすごい。
ドレスを買えないほど貧乏なわけではないけれど、今日のお披露目のためのドレスは、ロートン侯爵家から送られたものだった。
「……このまま、結婚式でもいいのにな?」
「もう、それはダメよ!」
心の準備もできていないし、せっかくだから、婚約者という期間も楽しみたいからもったいない!
私の頬を、手の背の方で撫でながら、カミルが悪戯っぽく言って笑った。
「……カミル様! ミリア様! そろそろフロアへいらしてください!」
ロートン家の使用人が私たちを呼びにくる。
華美なドレスで身動きが取りづらい私の手を取り、カミルがエスコートして歩いてくれた。緊張する。けれど、カミルの男らしい大きな手が頼もしくって、それに手を引かれていることが、なんだか誇らしかった。
◆
フロアーには多くの人が待っていた。
「おおっ、かの精霊様か!」
「ミリア様……お綺麗ですわ……!」
「とうとう結ばれましたのね! おめでとうございます!」
わあっと歓声が上がる。呆気に取られて、間抜けな顔をしてしまいそうになるけど、なんとか堪えて、私はカミルと一緒に恭しく礼をして応えた。
「やっぱり」「とうとう」「ようやく」……といった言葉がチラホラと飛んでくる。
そう。ルーナ様は私たちの関係に気づいていらっしゃらなかったけど、実のところ、私たちは社交会では半ばほぼほぼ婚約者内定確定扱いだったのよね……。
歳近い顔馴染みの御令嬢たちにきゃあきゃあと囃し立てられるのは、ちょっとだけ恥ずかしい。
さんざんカミルからは大事に大事に愛されてきたけれど、実は『ようやく』その立場になれたのだ。
これからはますますデレデレに甘やかされてしまうのかしら。ふとそんなことを考えてしまう。
(そういえば、ルーナ様はいらっしゃらなかったわね……)
招待状はお送りしたのだけれど……。達筆で欠席のお返事が返ってきてしまった。
私は、ルーナ様のことが結構好きだった。困ったところもあるけれど、素直でとってもかわいらしいお方だから。今日の発表パーティにも来ていただきたかったのだけれど……。
(……国際婚には、これくらいの勢いとスピード感が必要ということかしらね……)
ここにはいない二人の幸せを想い、私はそっと目を伏せた。
「みなさん。本日は我が息子カミルと、ロスベルト家ご令嬢のミリア嬢の婚約発表パーティにお集まりいただき、ありがとうございます」
カミル様のお父上、ロートン侯爵が挨拶をする。私たちも、それに合わせて会釈した。
思えば、私とカミルの関係……ロートン侯爵には多大な心労をおかけしてしまっていた。
私がカミルを嫌がって婚約を解消していただいたけど、カミルがロートン侯爵にごねたのよね。カミルが強請ってくれなかったら、きっと私たちは今こうして結ばれていない。
ロートン侯爵が氷のように冷たいお父様にも気圧されずに、粘ってくださって、本当によかった。あの時のお父様は本気で怒っていらっしゃったから、きっと怖かったでしょうに……。
カミルのお父上も、私のお父様も、二人の寛大な御心があって、私たちはこうして結ばれたのだわと思うと、感慨深い。
……そもそも、私が子どもっぽくあんな婚約者嫌だ! ってしなければ、こんなにしち面倒くさいことにはならなかったかしら? でも、あのままだったら、カミルはきっと今のカミルではなかったし、私もカミルのことを、こんなに好きにはなっていなかったと思うから、いいんだ!
……と思うことにする。
もしかしたら、カミルは……あのままカミルでも、私のことは好きだったみたいだから、どこかで変わっていたかもしれないし、私ももっと大人になって落ち着いてきたらあのままの彼でも、受け入れられるようになっていたかもしれない。
でも、私は、今のカミルが大好き。
これまでの六年間の方が遠回りだったかもしれないし、あの時、私が我慢し続けていたまの方が遠回りになっていたかもしれないし、それはわからないけど、私はこの六年間、楽しかったし幸せだった。
私たち、婚約します。たったそれだけの挨拶なのに、私は色々考えて感極まってきた。
「……ミリア、目、赤くなってきてる」
私以外には聞こえないような、小さな声でカミルが囁いてきた。
「まだ婚約の発表だけだろ? 結婚式になったら、どうなっちゃうんだろうな」
「も、もう。いいでしょ。……いじわる」
「ごめん、つい、かわいかったから」
意地の悪い、ニヤッとした顔で言うカミルを見上げて、私はこっそりむくれた。
はたから見たら、面映そうにしながら見つめ合う初々しい婚約者の二人、に見えているかしら。
◆
「ミリア、着替え終わったか?」
「ええ、どうしたの、カミル?」
ノックの音を聞き、着替えを手伝ってくれていた侍女が部屋の戸を開けると、そこにはカミルが立っていた。
私には着替え終わったかと聞いたわりに、カミルは礼装の上着を脱いだだけで、まだかしこまった格好をしていた。
「これから、連れていきたい場所があるんだ。帰りは遅くなるけど、マルク様に許可はいただいている」
今はもうとっぷりと日が暮れている。このままだと、すっかり夜更けになってしまいそうだけど……。
カミルは帰りの馬車はロートン家で用意をしているから、と言った。
それにしても、お父様のカミルへの信頼感がすごいわ……。私、嫁入り前なのに、こんな時間まで婚約者のお宅にお邪魔させていただいているなんて……。
「ミリア。我が家のバラの庭園に行こう」
私の手を取って、カミルが晴れやかな笑顔で言った。





