第二十五話 これは愛の告白なのだと
リュカ様は意志の強そうな鋭い眼差しを浮かべ、話し始めた。
「我が国は……戦争が和平に終わったことを不満に思う上層部の扱いに困っています。武力だけであれば圧倒していたはずなのに、他国との交流を閉ざした島国であったことが原因で、勝てなかったことをいまだに認められないでいる」
「そ、そんなお話、私が聞いてよろしいのですか?」
私と、そして、お父様と従者に扮したカミルもだ。
リュカ様のお話を遮って、慌てる私に、リュカ様はフッと柔らかく微笑まれる。
「もちろんです。あなたにはお聞かせすべきだ。わたしは、あなたをそのような愚かな国に花嫁として迎えようとしているのだから」
リュカ様の言い方は、リュカ様の国……サンスエッドの在り方を悪いもの、としている含みがあった。
私は緊張して、生唾を呑む。
「今の王家は戦争など望んでいません。国民の多くもそうです。あなたたちの国と、良い関係を結びたい」
「……私も、そう思います」
戦争があったのは、私が生まれる前の話。私は戦争のある時代を生きたことがない。けれど、武力による争いが何も生まないことは、知っている。
「当時の戦争は、あのまま続いていたら、我が国は『敗北』していたことでしょう。貴女の国の温情に我々は助けられたのです」
黒髪の彼の言葉には、誠意があった。
「……王族の血を分けたわたしが、この国の貴族令嬢と婚姻を結ぶことで、我が国の過激派を抑えたいのです。どうか、わたしと結婚してください。ミリア様」
なぜ、サンスエッドの貴族として生まれた彼が、この国の令嬢に結婚を申し込んだその理由はわかった。納得した。
けれど、私は疑問が消えなくて、彼にさらなる問いを投げかける。
「リュカ様は、私ではなくてもよかったのではないですか……?」
「……そうです。わたしは、この国の女性であれば、誰でもよかった」
リュカ様は素直にお認めになられた。
だって、リュカ様の理屈でいえば、リュカ様と、この国のご令嬢という組み合わせであれば、その目的は達成される。それを、なぜ、どうして、私を指名したのだろう。
確かに、私はこの年頃の令嬢にしては珍しく、正式に婚約を交わした相手がいないわけだけれど……。私に求婚する前に、国王に私を娶りたいと相談されているのなら、国王は我がロストベル家とローラン家の交流はご存知だから、他のご令嬢を紹介なさるのが自然なのではないかしら?
いくら、精霊祭でいやでも目立っていた精霊役の私を見初めたといっても。
「しかし、わたしは貴女がよいと思ったのです。あの祭りの日、誰よりも美しく、愛らしかった貴女が。小さな身体で大役を果たされた貴女の姿は、とてもご立派でした」
私の疑問に、リュカ様がお答えになる。
リュカ様が、目を細め、わたしを見つめる。この国では滅多に見かけない、黒い瞳に私が映り込んでいるのがわかった。
「我が国は、未だ女性の地位が低い国です。そのような国に連れていこうとしていく身勝手さも承知しております。ですが、必ずわたしはあなたを守り抜きます」
リュカ様があまりにも、正直に、ハッキリと申し上げるから私はつい、目を見開いてしまった。
「誓います。愛のない結婚なればこそ、わたしはこの世の何よりもあなたを想ってみせると。愛していない男のもとに嫁ぐあなたが不幸にならぬように、あなたを愛してみせると」
そして、リュカ様の目をみて、私は「あ」と思った。
これと同じ瞳を、私は知っている。
「……」
カミルは、私の後ろに佇んでいる。カミルも、きっと彼のこの瞳を見ているだろう。
(カミルが私を見るときと、同じ目をしていらっしゃる……)
私は、ついドキリとしてしまった。
だって、その目で見つめられたことがある私には、その目が持つ熱の名を知っている。
リュカ様の語る、私への愛は偽りのないものなのだろう。
「……私は……」
私は、何を言おうとしてかはわからないけれど、何かを言いかけて、言い淀んでしまった。
「貴女には、婚約者はいらっしゃらないと伺いました」
「それは、そうなのですが……」
「……好いた殿方がいるのですね?」
リュカ様が切なげに、一層目を細めた。私は素直に頷いた。
しばし、リュカ様は目を伏せ、そして口を開いた。
「ロスベルト家。あなたの家は、長年の不作による負債に悩んでいる。わたしなら、あなたの家の借金を全て請け負えます。我が国の品々も、特別にこの領地には融通いたしましょう。我が国の絹織物は、高く売れるはずです」
「ええと、リュカ様……」
「あなたの想いが、別の殿方にあることは理解いたしました。婚約者候補なる者がいることは、存じております。しかし、この国の娘であれば誰でもよいはずのわたしがあなたが良いのだと選んだ、その想いをどうか、軽いとは思わないでいただきたい」
どこまでも澄み切った黒い瞳で、私を見つめながらリュカ様は言った。
「脅しのような言葉を使っても、金を利用してまでも、わたしはあなたを花嫁として迎えたい」
私は、狼狽えるような顔をしてしまったのだろう。リュカ様は私に向かって、困ったように苦笑されてから、それからまた真顔になって、言葉を続けた。
「……難しく考えないで。わたしのこれは、ただの愛の告白です。男が一人の人に恋をして、結婚を申し込んだ。それだけの話であると。私がこの国の令嬢と結婚をするのは、政略的な意図でありますが……しかし、あなたにそれを申し込んだのは、わたしがあなたを愛してしまったから。ただ、それだけのことなのです」
ただそれだけ。
(それだけだなんて……思えないけれど……)
それだけの話であれば、ただリュカ様の求婚の申し出を断ればいい。そして、政治的な意図の部分は、そういった都合を呑んでくれる他のご令嬢をご紹介すればよいこと。
けれど、リュカ様ははっきりと私のことを愛していると仰った。
私の不安を察されたのか、リュカ様はやんわりと微笑み、口を開いた。
「先ほども申し上げた通り、我が国はこの国とは当然勝手も違います。少しでもご不安がおありならば、お断りいただいても構わない。もし、あなたへの求婚を断られたのならば、わたしは他のご令嬢との縁を求めます。ですから、それは心配なさらないで。これを断ったからといって、戦争など起こさせはしません」
「ええと、では……」
「ですから、今のこれは、ただの愛の告白なのです」
リュカ様は、静かに、けれど、瞳には情念を宿らせて、私に言った。
「初めて会って、すぐにご縁を切られてしまっては悲しいですから、どうか。次お会いするときに、お返事を聞かせてください」
その願いを拒むことはできず、私とリュカ様はまたお会いする運びとなった。
明日1/20の夜に最終話までアップ予定です。