第二十一話 異国からの求婚者!
とうとう、私はまもなく十六歳を迎える。
……つまり、カミルと婚約を結ぶのも、あともう少し、ということ。
お父様はまだ、「そう」とは言わないけれど、カミルは六年間。ずっと私を大切にし続けくれていた。お父様も、それは認めてくださっている。
きっとそうなる。そうなって欲しい。間違いなく、そうなるのだと、私は思っていた。
◆
「……ミリア、実はお前に求婚の打診があった」
「え?」
お父様の執務室。革張りの椅子に腰掛けたお父様が、重々しく切り出した。
執務室にお呼ばれするなんて、滅多にない。……それこそ、私がこの部屋に入るのは、カミルのことでお父様にお願いをしに行ったあの日以来かしら。
「で、でも、私には……カミルが……」
「……そうだね」
お父様は深く頷く。
「彼は、あれから……。君のことを想って、懸命に成長しようとしてきていた。私も、それは認めているし、彼ならばこれからも、君を大切にしてくれるのだろうと……信頼している」
「……お父様!」
お父様の、アイスブルーの瞳が煌めいている。カミルへの信頼が、瞳の輝きに溢れていた。
私は嬉しくって、ついじぃんとなる。
でも、お父様はすぐにまた顔を曇らせてしまった。眉間に手を置き、はあ、とため息をつく。
「うむ。だが、相手が厄介でな……。実は、国王直々から、頼まれてしまったのだよ」
「ええっ?」
国王直々に……って。
「まさか、お、おうじさま……?」
「いいや、違う」
違うの? でも、じゃあ、国王様がわざわざ我が家にお願いするような縁談なんて……。
「南にある島国の貴族……リュカ様という方が、ミリアをみそめたそうなのだよ」
「ええっ!?」
思いっきり叫んでしまう。
南の島国……サンスエッドという小さな国のことだ。
私は生まれてから、一度も行ったことのない国。
「ど、どうして? 私、その方とお会いした覚えなんてないわ!」
「お忍びでこの間、我が国のお祭りに来ていたらしい。あの時に、精霊役を務めたお前の姿を見て、一目惚れしたらしい」
「だからって……」
「そうなんだ、だから、困っているのだ……」
お父様はため息を繰り返す。
あの時は、さすがの私でも、我ながら目立っていた、と思う。
……そうか、他国の方もいらっしゃっていたのか。そうよね、大きなお祭りだものね……。今更ながら、本当にすごい大役を任されていたんだなと実感する。
こんな大役をくじ引きで決めちゃう我が国の教会もすごいわね……。いえ、『女神様の選定』……なのだけれど……。
……でも、ルーナ様とのくじ引き合戦では当たりのくじを引き続けるだとか、なかなかありえないことが起きていたから実際に、女神様の祝福はあったのかしら……。
(いえ! 今はそんなこと考えている場合ではありません!)
あまりにも突拍子もない話に、ついつい他所ごとに思考が行ってしまった。
「もちろん、私はお前が望まない結婚を押し付けたくない。カミルくんに不義理もしたくない。どうにか、彼の求婚を跳ね除けられないか……色んなツテも使って、やってみよう」
「はい……お願いします。お父様……」
「しかしどうも、相手は……もうお前を嫁にできるものと思い込んでいるようでな……。もしかしたら、彼から贈り物や、手紙が送られてくるかもしれない。直接、我が家に会いにくることもあるかもしれない」
「そ、そんな」
そんなことされたら、困るわ。
私の動揺を見通しているお父様は、眉間に皺を刻みながら、首を横に何度か振った振った。
「我が国の貴族間であれば、そんなものは跳ね除けることくらい、できるのだが……。なにぶん、我が国とサンスエッドは微妙な関係にある。我々の常識と、向こうの文化との違いもある。国の方針も伺いながら、慎重に対応したい。お前には苦労をかけるが……すまん」
「は、はい」
「外出はしばらく、控えてもらうこととなる。……カミルくんと会うのも、できるかぎり、我が家に招く形をとろう」
「はい」
「……ミリア。私の愛しい娘。かならず私は、君を守ってみせる」
お父様はぎしりと音を立てて椅子から立ち上がり、私を抱きしめてくださった。
ふくよかなお父様に抱きしめられて、その温もりの心地よさに私は泣いてしまいそうになった。
◆
カミルには、手紙を書くことにした。
……お父様からも伝えていただけることにはなっていたけれど……やっぱり私から直接言いたい。
(カミルは、私のことを心配するんだろうな……)
カミルはほんとうに、私のことを大事にしてくれている。それが、いつも嬉しいんだけれど、申し訳ない気持ちになってくる時もある。
今は、その時だった。
(私、カミルと結婚したい……)
誰から求婚されたとしても、自分の気持ちはカミルにしかないのだと、叫んでしまいたかった。
でも、それが難しいことであることは、貴族令嬢の私はよくわかっている。
南の島国、サンスエッド。自分でも、かの国のことを調べてみよう。状況を打破する情報を得られるかもしれないし、このまま、お父様におんぶに抱っこでいるのも、自分を求めてくる国の貴族のことも、なにもわからないままでいるのは、よくない。
よし。
カミルへの手紙を書き終えたら、マチルダに頼んで、王立図書館からサンスエッドの国に関する書物を借りれるようにしてもらおう。
手紙を綴る手は止まりがちで、捗らなかったけど、そうと決めたら、私は一気にカミルへの手紙を書き終えてしまった。
(絶対に、私はカミルと結婚したい!)
カミルは、私と婚約をするためにあんなに頑張ってきてくれた。
だから、私だってこれくらい、もう少し、がんばらないと!
封筒に封をして、深呼吸をひとつ。
気合を入れて、私はぎゅうと拳を握りしめた。