第十九話 私の騎士様
第四試合も、カミルはなんと勝ち上がった。
(カミル、すごい!)
次は、とうとう決勝戦だ。神官のおじさんが「優勝候補」と名を挙げていたカイトという巨体の持ち主だ。縦にも横にも大きな身体はいかにも重戦車という雰囲気だが、彼の動きは俊敏でもあった。
「……この戦い、長期戦は不利……ですな」
「不利……?」
すでに戦いの火蓋は切って落とされていた。
カイトの振るう剣を、カミルはなんとか受け切ってはいるが、防戦一方という様子だ。重量級の剣戟を与えるカイトを前に、カミルは斬りつけるために一歩踏み込むことができなかった。
「カイト殿の剣を受けることができるだけ、見事なものです。ですが、あの剣を受けるたびに体力、筋力、ともに削られていっていることでしょう。そのうち剣のつかを握れなくなってしまえば彼の負けです……」
「そんな……」
まさか、カミルがこのトーナメントにでるとは思っていなかった。トーナメントの勝者の騎士にエスコートされることになる、というのは聞いていたけれど、誰が勝ち上がってくるか、ということには興味はなかった。誰が勝者となっても、こんな大きな大会の勝者にエスコートされるなんて栄誉なことだわ! としか思っていなかった。
我が国の十五歳の女の子たちの代表である精霊役としては、ふさわしくない願いだけど、私はカミルに勝って欲しい、と思っていた。
祈る気持ちで、私は両手をぎゅっと握りしめる。
二人の剣戟から、目が逸らせなかった。瞬きもできない。
「どこかで、攻撃に転じなければ、彼に勝ち目は……」
鋭い目つきをした神官が言いかけたところで、カミルの右足がぐっと深く踏み込む。攻勢を譲らぬカイトの一瞬の綻びだった。長引く戦いに、手の内に汗でも溜まったのか、カイトは剣のつかを握り直した。ほんの一瞬だった。疲労しているカミルがよろけたのを見て、「今だ」と思って素早く剣のつかを握り直したところを、カミルが一気に踏み込み、彼の太い胴体を横一閃と、薙ぎ払った。
「あ……」
カイトの身体がぐわ、と持ち上がり、そして彼は背中から落下する。
そこで、審判が手を掲げた。
「そこまで! 勝者、カミル・ロートン!」
カミルの名が呼ばれると、一気に観客から歓声が湧き上がった。
「なんと! 大番狂わせ! 素晴らしい!」
横に座っていた神官も、席を立って大きな拍手をしていた。
「いやあ、今回の大会のルールにも救われましたかな。『先に相手の身体に剣を当てた方の勝ち』……そうでなくては、カイト殿はあの一撃からでも形勢逆転できていたことでしょう」
「な、なるほど……」
「何年かに一度はあるのですよ。今回の彼は実力もあったようですが、運だけで勝ち上がるラッキーボーイが優勝することが……。いや、今年のトーナメントも素晴らしかったですな……」
……そうなんだ。精霊祭を見に行く時は、あまりこのトーナメントは見学したことがなかったから、知らなかった……。
来年からは、ちゃんと見てみることにしようかな……。神官さんを見ていたら、なんだか面白そうな気がしてきた。
◆
「カミル! すごい、すごいわ!」
「ミリアの横に立つために、頑張ったよ!」
最後の試合が終わり、勝者として私の元に案内されたカミルを迎える。
つい興奮して駆け寄ってきてしまった私に、カミルはニコと微笑んだ。
「こんなきれいなミリアを、ほかの人にエスコートされたくなかったからな」
「も、もう!」
そんな理由で、群雄割拠のトーナメントを勝ち上がっただなんて。すごすぎる。
「いつの間に、こんな……剣の訓練していたの……?」
「去年くらいから、もしかしたら、ミリアが精霊役に選ばれるかもしれないと思って。そうしたら、本当にミリアが選ばれるんだから、ビックリしたけど、この一ヶ月間は猛特訓だった」
そうだったの、そんなこと全然知らなくて、知らなかったことがちょっとショック。
でも、それよりもとにかく嬉しい!
「ごめん、ミリアを驚かせたくて、内緒にしてたんだ」
カミルは少し恥ずかしそうにはにかむ。それにしても、『もしかしたら』だけで、こんなに剣の特訓をしていただなんて、カミルはすごい。
「わ、私なんて、たまたまくじ引きで選ばれただけなのに……」
「くじじゃないですぞ! 女神の信託ですぞ!」
傍で聞いていた神官のおじさんがすかさず訂正してくる。
私はこほ、と誤魔化すように咳払いをした。
「……しかし、精霊様と騎士様が旧知の仲とは……いやはや、うむうむ、ういですなあ」
神官は私とカミルを交互にみると、何かを噛み締めるかのように、目を細め、うんうんと何度も頷いていた。
「では、少し休憩いたしまして、その後すぐに本日のメインイベント……女神様に、豊穣の祈りを捧げに参りましょう」