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第十六話 罪なくじ引き

「……うんうん、だいぶ、良くなりましたねえ」


 パチパチと、老婆の乾いた手のひらを叩く音がフロアに小さく響いた。


「ありがとうございます!」

「ミリア様は、覚えが良いですねえ。あなたのお母様に踊りをお教えしたときのことを思い出します」


 えへへ。私は嬉しくってつい、口元が緩んでしまう。


 このお婆様は、私のお母様にも踊りを教えてくださっていたらしい。私のお母様が十五歳の時のことだから……もう、ざっと二十年以上前。その間ずっと、このお婆様が精霊役の女の子に踊りを教えてくださっていたことになる。ベテランもベテラン、大ベテランだ。


 私は、今日は王都にある中央教会にやってきていた。週に2回ほど、こうしてダンスレッスンを受けている。


「まさか、二代続けて精霊様の踊りをお伝えすることになるとは……長年やってきてますが、初めてです」

「そうなんですね……」

「毎年、くじ引きですからねえ。きっと、ミリア様は、いつもお母様に見守られているからですわね」


 お婆様に言われて、私ははにかむ。

 ……お母様は、私がまだ幼い時に病気で亡くなってしまった。先生もそれはご存知で、先生と初めてお会いした時、先生は私の顔を見て、少し泣いてしまわれていた。


「お母様が、きっとお嬢様に祝福を与えてくださったのですね。女神様は、我々をよく見ていらっしゃいますからね」

「そうだと、いいなって私も思います」


 ……『くじ引き』なんだけどね。


 そう、精霊役の選定は女神の信託……とは言うけど、実際のところ、十五歳の女の子たちの名前が書かれた紙を箱に入れて、神官長が箱から一枚取り出して……ってやるから、みんな普通に『くじ引き』って言っちゃってるのよね……。


 でも、そうだったらいいな、と思って、私は微笑んだ。


 今日のレッスンも終わって、そろそろ帰ろうかしらと教会の廊下を歩いていると、いつも静かなはずの教会がざわざわとしていることに気がつく。


 なんだか、人だかりができている。神官たちが何人か集まっていた。

 ここを通らないと、教会の玄関につかないのだけれど……。


「ねえ、ちょっと! どうして私が精霊役に選ばれなかったの!?」

「女神様の選定によるものですから、どうしてと申されましても……」

「な、に、が、女神様のセンテイよ! くじ引きじゃない!」

「ああっ、尊い女神の御意志を冒涜するとは何事か!」

「みんなそう言っているわよ! あたしが不敬なら、全国民不敬だわ!」


 も、揉め事だ!


 私は反射的に柱の影に身を隠す。

 身をひそめながら、喧騒の中心を伺い見た。


(あの女の子は……)


 私と同い年の女の子。つまり、今年の精霊役候補だった女の子だ。名前は、ルーナというマーレード子爵のご令嬢で、何度かお茶会でお会いしたことがある。


 気が強い女の子で、けして悪い子ではないけれど……とにかく、気が強い。思ったことはなんでも言うし、中途半端な態度を嫌って自分が納得するまでとことん追求してくる。


 キッと吊り上げた形の良い眉に、長いまつ毛に縁取られた大きなオレンジの瞳がとっても魅力的な美しいご令嬢なのだけれど、あまりに気が強すぎて、縁談がなかなかまとまらないらしい。


(……私のことを『仲間』だと思っていらっしゃるのよね……)


 我が国では、十六歳を成人とみなして、婚姻は十六歳以上から行える。そのため、貴族令嬢のほとんどは十五歳になるころには決まった相手がいるものだった。


 決まった婚約者がいないご令嬢たちにはそれぞれ事情があるのだけれど、私もカミルはあくまでも『婚約者候補』であって、『婚約者』はいないから、彼女からは「あなたも理想が高いのね! おとなしそうにみえるけど!」と思われている。


 婚約者がいない身なのは事実であるし、気の強い彼女に嫌われているわけでないのなら、いいか……と私はあまり詳しい事情は話していなかった。

 ……本当は何度か、話そうとはしたんだけど、一方的に捲し立てるように話をされるばかりで、タイミングを逃し続けていた……。


(でも、どうしてルーナ様は神官に文句を仰っているのかしら?)


「だって、おかしいじゃない! 精霊役に決まったミリア様、彼女のお母様も精霊役をお務めになったのでしょう? 今年十五歳の女の子が何人いると思っているのよ! こんな確率で、母子が続いて選ばれるなんてありえないわ!」


 あ。


 と思う。


(でででで、でも、そんなこと言われたって!)


 くじ引き、なんだもの。くじを引いたのは、私自身でもないわけで。


「くじなんて、いくらでも不正ができるでしょ!? しかも、立ち会うのは教会の神官たちだけじゃない! 怪しすぎるわっ」

「ですから、言っているでしょう! 女神様の御意志によるものです! 不正などはありません。女神は全ての乙女に公平であらせられます」

「証拠はあるの!?」

「……全ては、女神のお導きにより……」

「ないんじゃない! 証拠!」

「ふ、不敬な!!! 誰か、誰かーっ、あの悪辣なる娘を取り押さえろーっ」


 ぎょっとする。神官は大声をあげて応援を呼び始めた。

 大人の男性たちに囲まれても、ルーナ様は怯むことなく、大きな瞳で彼らを睨みつけていたけれど……さ、さすがにまずいんじゃない!?


 そう思ったら、隠れていたはずなのについ私は間に割って入っていた。


「あっ!!! ミリア・ロスベルト! ちょうどいいところに!」


 ちょうどいいのかしら!? すっごいタイミングだと思うけれど!


「この人たち、ちっとも話が通じなくて困っていたの! ねえ、あなた、今回の精霊役、不正してたんじゃない? どうなのよ?」

(す、すごい直球!!!)


 ……「なんでここにいるの?」とかそういうのは聞かないんだ……。いやいや、私もそんな他所ごとを考えている場合ではないのですけれど!


「不正なんてしていません! たまたま、運が良かっただけです!」


 だって、くじ引きだし。


 私たちを取り囲んでいる神官一同もうんうんと揃って頷く。


「口ではなんとだって言えるわ! あなた、おとなしそうに見えて結構ヤる子ですものね! あたし、今回の精霊役の選定、やり直しを求めます!」

「あ、あの、彼女、強気ですけど、暴れたりはしないので、どうか乱暴に取り押さえたりは……」

「聞いているの!? ミリア・ロスベルト!」


 ルーナ様は神官の一人に羽交い締めにされ、宙に浮いた足をバタバタさせながら、私を指差して叫んでいた。

 この状況でなお、気丈でいられる彼女がすごい。この胆力は、見習うべきかもしれない……。


 でも、さすがに、悪漢が暴れているでもないのに、淑女が体を取り押さえられているのはかわいそうな気がした。

 神官の人たちに「離してあげてください」とお願いするけど、なかなか聞いてもらえない。


「……これこれ、皆さん。女神様が見ておられますよ。恥ずかしい真似はやめなさい」


 低いしわがれた声が聞こえて、神官たちはバッと声の方を振り向く。


「し、神官長!」


 神官長、と呼ばれた立派な白髭を蓄えた老人はゆっくりとこちらに近づいてきた。

 多くの神官たちはその場に跪く。ルーナ様も解放された。


「そうよそうよ! やめなさいよ、大の大人が、みっともないったら!」

「……あなたにも言っているのですよ、レディ」


 長い髭を扱きながら神官長はルーナ様に言うけれど、ルーナ様には全く響いていなかった。


 神官長の命令で神官たちから解放されたルーナ様はツンと唇を尖らせていた。


「女神様は喧騒を嫌います。一体、どうされたというのですか?」

「はっ! そこな娘が、此度の女神様の選定に懐疑を抱いて騒いでおりました!」

「だって、だって、母娘が揃って精霊役に選ばれるだなんてありえないじゃない!」


 正直なところ、「不正なんじゃない?」と思われる気持ちは……わかってしまう。踊りの先生のお婆様は「お母様の祝福ですね」とおっしゃって下さったけれど……。


「なるほど、あなたは女神様の御意志に納得ができないのですね」

「だって、あんなくじ引き……イカサマし放題でしょ」

「くじ引きではありません。女神様の選定です」


 ギョロ、と神官長がルーナ様を睨んだ。穏やかそうなお爺さまだが、この表情は怖い。目玉が大きい。

 ルーナ様も負けじと大きな綺麗な瞳で神官長を睨み返していた。


 あ、あまりさっきと状況が変わっていないのではないかしら? お相手が神官長になっただけで。


「……いるのですよね。数年に何度かは、女神様の御意志を疑う者が……」


 はあ、と神官長はわざとらしくため息をつく。


「良いでしょう。ちょうど、今年の精霊役のお嬢様もこの場にいらっしゃいます。伝統のサドンデスマッチを行いましょう」


 伝統の……なに?


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『追放聖女の再就職』


他連載/ 1/22完結の長編です。(30万字弱 )

偽聖女に騙された王太子から婚約破棄された聖女は隠居した魔王と暮らす

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