続・王太子とゆかいな影たち
御覧いただきありがとうございます。
『王太子とゆかいな影たち』の続編です。
今回も前作と同じく、一話完結の短編となっております。
前作未読の方でも問題なく読んでいただけるかと思いますが、合わせてご覧いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします!
灰色の空に、チラチラと白い雪が舞い始める。
王城の一室、窓の大きなサロンはとても暖かい。
王太子セドリックとその婚約者であるサンドラが、優雅なお茶会を楽しんでいた。
「サンドラ、お菓子を食べる?こないだ話してた店のなんだけど」
「まぁ、いただきます。覚えていて下さったのね」
(『……て………ぃ……』 ピッ)
「…も、もちろん。マカロンがかわいいって言ってたよね?ほら」
セドリックが高級そうな布張りの箱をテーブルに置き、そっと蓋を開けた。
城下町で流行りの菓子店のマカロンが、格子に仕切られた化粧箱に一つずつ丁寧に収められている。
とてもカラフルな色合いで、感嘆の声が出るほどかわいらしい。優しい桃色、爽やかな若草色、ワインのような深い紫などなど、目まで嬉しくなる逸品だ。
(『…ぁ……!』カサカサッ ピッ)
「……。なんてかわいい…。」
サンドラが穏やかに返すと、2人の目が合い微笑みを交わす。
……しかし何か、いつもと違うぎこちなさが見える。
(『…す…………よ…』ガサッ ピッ)
ぎこちなさの原因はわかっている。
この部屋に『何か』いるのだ。
もちろん、いつもだって二人きりではない。
側仕えのメイドや護衛の騎士、姿なく2人を見守る影達だっている。
それらと別の、隠しきれない何かの気配が漂っているのだ。
しかし、すわ侵入者!という雰囲気でもなく、騎士もメイドも気配に気づいているが、落ち着いたものだ。
時々何かに堪えるように肩を震わせる以外は、いつもと変わらない。
セドリックとサンドラは、『何か』についての心当たりはあるのだが、あえて触れないでいる。
「……セドリック様、ありがとうございます。とてもきれいな」
(ガタッ『…!』ガタガタッ ピピッ)
「……色のマカロンですわね」
「………だ、だよねぇ~」
セドリックが微笑み、いや苦笑いを浮かべている。
サンドラは、ひまわりのような鮮やかな黄色のマカロンをトングで皿に乗せ、テーブルの端の誰もいないスペースに置いた。
少しの間の後、フワリと風が吹いた。
先程の皿を見ると、マカロンが消えている。
顔を見合わせた2人の笑顔がひきつった所で、けたたましく笛の音が鳴り響く。
滲み出るように、じわりと現れたのは、2つのシルエット。
頭の先から足先まで、全身を黒装束に身を包んだ影達が、セドリックとサンドラの横に控える…が、こちらもいつもと違う。
セドリック側の影は、顔を覆う薄布の上から器用にホイッスルを咥えている。
サンドラ側の影の手には、口元をモグモグと動かす小柄な影が、子猫のように首根っこを掴んで持ち上げられていた。
それを見たセドリックは、困ったように優しく笑う。
「難しいねぇ~」
ピ~リリィヒョロ……と、ため息のように、頼り無さげな笛の音がした。
◇
影になるには――――――――――
運動能力の基準を越えた子どもについて、親と本人の同意の上、専門の教育機関で訓練を受けてもらう。要はスカウトである。
そこに身分は考慮されず、あくまでも能力重視。
武道や剣技はもちろん、身のこなしなどの身体能力やあらゆる分野の教養、毒物への耐性、暗殺術、ジェスチャー、諜報能力などなど、学ぶ事は山のようにある。
7歳からの8年間を教育と鍛練に費やし、最終試験に合格しなければ、影として活動することは許されない。
険しい道のりを乗り越え、影見習いとして卒業出来るものは、1人いるかどうか、とまで言われている。
「学生とは思えない、素晴らしい動きでしたのに…」
セドリックとサンドラが眉根を寄せて考えているのは、この小柄な影の事だ。
学校創設以来の優秀な学生。
武術や剣技、運動能力は歴代トップクラス。
座学その他の学問においても常に一位の座に君臨する、将来の有望株だ。
ただひとつ、実地訓練を除いて。
「お菓子が食べたくなるのでしょうか…」
「う~ん、お菓子が出てきたとたん、落ち着きがなくなるからね…実際今日は食べちゃったし」
『かわいいお菓子を見ると我を忘れる』という、なんとも言えない弱点が、この学生の唯一にして最大の欠点なのだ。
このままでは影になるどころか、卒業すら危うい。
せっかくの努力が泡となる前に、なんとかしなければならない。
影としての資質すら疑われそうな後輩を救おうと、心優しき先輩達が問題点の矯正に乗り出した、ということらしい。
件の小柄な影は、先輩影から肩をポンポン叩かれたり、教えを受けたりと数名の影に囲まれている。
頭に手を当ててペコペコしている姿は、申し訳なさがしっかりと伝わる良いジェスチャーだ。しっかりと教え込まれたのがよくわかる。
(確実に先達の思いは伝わっているのに、影になれないなんて)
切なくなったサンドラは、自分も何か力になれればと考えていた。
セドリックはそんな彼女の思いに気づいたのか、勇気づけるようにそっと肩を抱いた。
「影さん達はお優しいですね、後輩の為に一肌脱ぐなんて」
「あー、うん、まぁ、そうなんだろうけど…」
「どうかしましたか?」
いつになく歯切れの悪いセドリックは、不思議そうなサンドラの視線に、モゾモゾとばつが悪そうに口を開いた。
「いや、なんか、下心があるのかなって…」
「下心?」
サンドラが思わずオウム返しをしたと同時に、先輩影達が一斉にこちらに振り返った。
相変わらず、顔まで布で覆われて見えないので、表情をうかがい知ることはできないが、セドリックの発言にご立腹らしい。
『そんなんじゃない!』とばかりに地団駄を踏む者、首を大きく横に振る者、両手でバツマークを作る者など、否定のジェスチャーを各々披露している。
「違うの?影くん達てっきり…」
セドリックが首を傾げると、両手のバツを作っていた影が、そのままの姿勢でセドリックに耳打ちする。
「え?……あ、なるほど…。あれ?」
「影さんは何と?」
「…うん、影くん達は、先輩としてのカッコよさを見せるのに、新人の後輩が欲しいんだって」
「カッコよさを」
「そう。でもその子が卒業出来たとしても、王太子付きじゃなくて王太子妃付きになるから、厳密には後輩にはならないんだよね…」
ぴたり、と、数名の影の動きが止まった。
ふるふると哀しげに肩が揺れ、信じられない様子で首を振る一同。
絶望のあまり、膝から崩れ落ちる者、壁に拳をぶつけ、苛立ちを露にする者。彼らの思いはただひとつ。
『カッコいいところ、見せたかった…』
残酷な事実に、影達は悲しみと失望の空気に包まれていった。
◇
そんなどん底の空気に包まれた影達を横目に、セドリックはうっとりとサンドラの手を取る。
「セドリック様…」
「そう、未来の王太子妃、…サンドラの影になるんだよ」
「私の……」
手に口づけようと顔を近づけると、不意にサンドラの手に強い力が込められた。
「それなら、やはり私にも関わりあるお話ですわね!何か方法があるはずですわ!」
サンドラの瞳にやる気が漲る。
しょんぼり顔のセドリックはお構いなしに、ホイッスル影に手ほどきを受ける後輩影の元に近づき、優しく話しかける。
「……お菓子が好きなのですか?」
後輩影はサンドラへ向けて、かっちりした騎士の礼をとって膝を折ると、ゆっくり大きくうなずいた。
「最近はきれいなお菓子が沢山ありますもの…。私もよく目を奪われてしまうから、とても気持ちがわかるの。」
まるで女神のように、優しく語りかけるサンドラの声は、後輩影だけではなく、ホイッスル影をはじめ落ち込んでいた影達にまで優しく響いているようだ。
まるで乙女のように胸の前で手を組んで、熱心に話に聞き入っている。
「でも、あなたの将来に関わる大切な時だから、その感情をおさえなくてはならないわ。まずは、あなたの気持ちを聞かせてくださらないかしら?」
後輩影はおずおずと立ち上がり、少し身を屈めたサンドラの耳元に寄る。セドリックと先輩影達が心配そうにその様子をうかがっていた。
「あら…。えぇ、うん、…。そうなの」
「サンドラ?」
体勢を戻して、伏し目がちにふぅ、と息をつくサンドラを支えるように、セドリックが寄り添う。
「影さんは、幼い頃から鍛練に明け暮れ、大好きだったお菓子への気持ちを閉じ込めていたそうです。王城での実地訓練で、宝石のようなフルーツタルトを見てから、暴発してしまったようで…」
「なるほど。衝動が押さえれなくなった、と」
糖分や脂肪分の多いケーキやチョコレートを食べてしまえば、体型の維持が難しくなる。
お菓子たちのかわいらしくキラキラした見た目に誘惑されるなどもってのほか。
影として慎ましく、禁欲的な生活を心懸けなければ…!
後輩影は真面目で、影になるという目標に向かってまっすぐだった。あまりにまっすぐすぎる想いが、自らを苦しめていたのだ。
「お菓子を食べたら運動を増やせばいい。影の運動量なら問題ないと思うけど。それに影だからと、禁欲的であれ、などということはない。見えないところで懸命に働いてくれているのだから、好きな物を存分に食べたらいい」
セドリックが後輩影に優しく諭すと、それを聞いていた先輩影達からやんややんやと盛大な拍手を浴びる。
隣でなにやら考え込んでいたサンドラが、ぱっと明るい表情で顔を上げた。
「それでは…定期的に私とお菓子をいただくというのはどうかしら?私付きになる予定なら、慣れる為にもよろしいのでは?」
「お菓子を食べることが出来れば、爆発的な欲求も少なくなるかもってこと?なるほどね」
セドリックはチラリとホイッスル影に視線を向けると、彼は少し考えた後、両手で大きく○をつくってOKを出した。
後輩影は信じられない様子で、口元に震える両手を当てている。
それを見たサンドラは、後輩影の手を優しく取り、嬉しそうに破顔した。
「よかった!女子会ですわね!きっと良くなるわ!」
『女子会ですわね』
サンドラの言葉に、またしても数名の影が凍り付く。
ギギギ…と、影にしては珍しく、ぎこちない動きでサンドラ達へ顔を向ける。
サンドラは影達のあまりない動きに、戸惑いをみせた。
「私…何かいけないこと言いましたか?影さんたちはどうしたのでしょうか?」
「う~んなんだろ?『それ聞いてない』かな?」
後輩影は女の子だった。
男性と同じように女性の影も存在するが、圧倒的に数が少ないため、素質のある女性はどこでも重宝される。
今回の一連の『特訓』には、希少且つ優秀な女性の影を逃したくない、他の国や機関に流れては困る、といった思惑もあった、のだが。
『そんなことはどうでもいい!』とばかりに、先輩影達がホイッスル影にすごい圧で詰め寄っている。どうやらホイッスルの彼が今回の責任者のようだ。
衝撃の新事実に動揺しているのか、すごい勢いでブンブンと首を降っている先輩影。
『聞いてない』という焦りと混乱が如実に伝わってくる。
ホイッスル影はそんな彼らの顔を見渡して、可愛らしく小首を傾げた。
必殺『言ってなかったっけ?』である。
◇
「僕ね、嬉しかったよ」
「何ですの?」
灰色の空に、チラチラと白い雪が舞い始める。
王城の一室、窓の大きなサロンは今日もとても暖かい。
王太子セドリックとその婚約者であるサンドラが、優雅なお茶会を楽しんでいた。
「僕がサンドラの事『未来の王太子妃』って言っても、否定しなかったから」
「へっ」
「いつもなら『まだ婚約者ですわよ』って言うから、やったね、と思って」
セドリックは裏声でサンドラの口調を真似る。
悪戯っぽくとても無邪気で、凛々しく優しげな王太子の顔をキレイに脱ぎ捨てた、完全OFFの顔をしている。
サンドラも不意を突かれ、令嬢らしからぬポカンとした顔を見せた。
現在婚約者なのは事実だし、将来的にもちろん結婚することは決定している。何も『やったね』な事はないだろう。
(私に対して、何か不安な事があるのかしら?)
「セドリック様は、何か、気になることはありませんか?」
「どうしたのいきなり」
「いつも、私に……、愛を囁いて下さるけど、私からはあんまりないから…。もっと言葉が欲しいのに、とか……我慢はしていませんか?」
「ははぁ、なるほどね」
正面に座っていたセドリックが席を立ち、サンドラのすぐ隣に腰を下ろした。
「僕が嬉しかったのは、サンドラが自然に、僕との結婚を受け入れてくれたことだよ」
セドリックがサンドラの肩をそっと引き寄せる。
胸板に顔が触れると、彼の心音が耳に響いて、ドキドキするのに心地よい。
「君は真面目だから、そういったところにこだわるけど。僕にしてみれば、婚約者だろうが恋人だろうが、夫婦だろうが、僕が隣にいるのを当たり前に思ってくれるのは、なんだって嬉しいんだ」
「セドリック様…」
きゅうん、と胸の奥が締められるように苦しくなるのに、喜びが溢れ出る。
この人の隣にいられる幸せを、伝えなければ。
「今は婚約者ですが、私はいずれ、あなたと結婚します」
「うん」
「それを、とても、とても楽しみにしていることは、わかってくださいませね?」
「ん″ん″ん″ん″ぁアリー!」
「はい、リックぅ、フッフフ」
変な呻き声と、2人だけの秘密の呼び名。
セドリックが苦しいくらいに抱き締めるので、サンドラは笑い声と一緒に息が漏れ出る。
それもなんだかおかしくて、2人はいつまでも笑っていた。
◇
「影ちゃん、こちらを召し上がれ」
サンドラは、ツヤツヤのチョコレートケーキをテーブルに置いた。
大きな白い皿の上に鎮座して、雪のようなホイップクリームと真っ赤なラズベリーのソースで彩られている。
頭上に繊細な飴細工を頂き、その様相に隙はない。
後輩影改め影ちゃんは、ワナワナと指先を震わせて、テーブルの上の白い皿に対峙している。
サンドラとのお茶会をするようになり、任務中の発作も起こらなくなった。
お菓子が食べられるようになった事はもちろん、今までは恥と思っていたお菓子好きの自分を、受け入れてもらえたと感じた事も、症状の改善に繋がったようだ。
今は最終試験に向けて、勉学に鍛練に、集中して取り組めている…と言いたいが、どうもそうではないようだ。
「贈り物?」
「えぇ、差出人はわからなくて、有名店のチョコレートや焼菓子が連日のように…。必ず黒いバラの花が添えられていると…」
「黒い、バラ」
「出所が不明なので、教官の影さん預かりになったそうです」
「へぇ、黒い、バラをねぇ」
心配そうなサンドラから、影ちゃんの話を聞いたセドリックは、チラリと周りを見渡した。
あちこちでササッと風が巻き起こるが、サンドラは気付かない。
「毒物などは見つからず、純粋にお菓子を贈られたようですが……相手の方の目的が見えなくて、心配です」
「サンドラは優しいな。何も、心配いらないよ。何も。僕の優秀な影くん達が、きっと解決してくれるに違いない。さぁ、サロンでお茶にしよう?」
「…そうですわね!」
憂いの消えた、晴々とした笑みを浮かべて、サンドラはサロンへと向かう。後から続くセドリックが、ボソボソと呟いた。
「君たち、差出人不明の食べ物はダメだって言ったでしょ。面と向かって渡すのが一番いいのに」
その日から、訓練終わりの影ちゃんに、先輩たちが毎日チョコレートを差し入れてくれるようになったという。
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