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ウィルの夢

作者: のぶ

その日、世界は白い朝を迎えた。白い朝はいつまで経っても白かった。おれにはその白さが何をアラワすのか、よくわかなかった。おれはその日も彼を起こしたのだ。いつも通りに。

「おはようー。朝だよ」と、おれは云った。

「ありがとう。起きたよ」と、ウィルは云った。

彼は起き上がった。そしておれは彼が差し出した手をつないだ。おれはどこまでもどこまでも、彼は小さい存在のように、そうにしか感じえなかったのだ。彼のその小さい世界が、おれには何をアラワすのか、いつも感じているのは、その白い朝に彼が死ぬことが定まっている、ということを、おれは知っているし、その遠い何か「死?」というのを感じさせる顔付を見せても、おれはウィルが死ぬその瞬間のことを察するのだろう。


「ただいま」という、その声がどこから聴こえてきたのか、おれにはよくわからない。ウィルの声はおれの家の部屋という部屋の全てに響くのだ。そしてウィルの声は世界を色鮮やかに染めるのだ。そしてその声はどこからか、そしてどこかへと行っていくのだ。おれはまだ起きあったときに部屋にある天井がだんだん高くなっていったのを覚えているし、同様に眠っている最中にタロットカード(のようなもの)が現れて、おれとウィルの関係を示すのだ。それは魔法かもしれないし、魔法使いが現れたかのように、おれはそう感じた。おれは起き上がった瞬間に突然ウィルの声が聴こえたのだ。ウィルの声は世界を染め、そして世界はだんだん閉ざすのだ。そしてその声は突然終わりを告げるだろうし、その幻視の声がどういうことを意味するのか? おれにはよくわからない。おれはただ起き上がった。そしてウィルの手をつないで、おれは彼の手に口づけをしたのだ。「行かないで」と、おれはそう言った。「行かないで、おれは、君を知っている」と、小さな声で呟いた。そしてその瞬間に午前と午後が入れ替わったのだろうか、暗くなっていった。陽光が消えて行って月の明かりが家を照らしたのだ。おれは起き上がった瞬間にその暗い何かをよくアラスか、そんなことがよくわかなかったし、「行かないで」というのはどこへなのかも、そんなことはどうでもよかった。おれは起き上がって新約聖書を片手に持ち、そしてルカによる福音書を朗読したのだ。彼はひところ「行かない。僕は行かないよ」と、おれにそう言ったのだ。どんどん午後が早く死んでいった。その墓場に何があるのかタロットカードは「今日ここで彼を知るのだ」という四声のつまり、ソプラノ、アルト、テノール、バスの声部がすべて聴こえたのだ。たまたま、ルカによる福音書を読み上げたらキリストが現れた。アア、復活だ。司祭、司教、大司教、枢機卿、教皇といった聖職者がすべて現れた。おれは、それが何を感じるのか、そんなことはわからなかった。キリストが復活した。そしておれは聖書を床に落とした瞬間にすべての聖職者が同時に消えた。司祭がひとりずつ、トントン、カンカン、タンタンというへんてこりんな音をして、消えていくのだ。その司祭はしあわせな生涯を送ったのだろうな、という感じがしたのだ。その死に顔はなんとも言えない死を感じたし、死んでも尚司祭は司祭であり続けるのだ。おれの広すぎる家に司祭がどんどんと消えていった。おれには、それはどういう印象があるのか、それはよくわからない。まだウィルは起きたばかりだし、コーヒーを飲んで目を覚ましたようだ。「おはよう」と、おれはそう言った。彼のその白い瞳はすごく冷たく見えたのが不思議だった。おれは鏡に映しても、そんな白い瞳ではないからだし、男性にしてはやや高いウィルのテノールとアルトの中間くらいの音域の声が、家をどんどん白く染めていくのだろう。それは遠くもないし、どんどん小さくなっているその死が訪れるのも時間の問題だったのだろう。おれはウィルの声を聴いた。聴いた声は世界を現した。現した声は同様に世界を染めていく。太陽さえも例外ではないように、おれはそう感じたのだ。どんどん、どんどん太陽が白くなっていく! これは物理学や天体物理学では説明できない現象だから、ウィルは物理学すら書き換えるような、そんな存在に思えた。つまり、旧約聖書における天地創造のこと。神は天地を創造したし、想像的な世界を執拗に、これでもか、というほどの世界を示すのだ。ウィルの声が聴こえる「おはよう」という、至極単純な音のことすら、おれには忘れられないのだ。


まだ遠い月が落ちてくるには時間が掛かりそうだったから、おれは月を見ていた。月がどんどん小さくなっていくのをおれは見ていた。おれはコーヒーを飲みながらウィルの声を聴いていた。その声はどんどん世界を色鮮やかに染めていくのだ。その声は声? というのか、おれにはよくわからない。おれはおれの声を紡ぐし、紡いだ糸がどんどん切れていくし、切れた瞬間にまだウィルの声はだんだん世界の朝という朝、夜という夜に終わりを告げることもしないのだろう。そしてウィルはどこへ行くのか? おれにはわからないし、わかったところで意味らしい意味などないのだろう。


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