第6話 氷の情熱
「ふぅ……終わったな。今の所、他の敵は寄ってきてないみたいだな」
アリシア達の方も無事に終わったのを確認して天馬が刀を収める。この森はそれなりの広さがあるので、今の戦いだけでは他の連中に気付かれなかったようだ。
「凄い……。これが、ディヤウスの戦いなのね……」
後ろに下がって天馬達の戦いを見ていたミネルヴァは、感情の起伏に乏しい彼女にしてはやや熱を帯びた目付きと口調になっていた。彼等の戦いを見ていて何か感じる所があったらしい。しかし超常の戦いを怖れている様子は微塵もない。まだ覚醒はしていないものの、その精神は既にディヤウスのものであるようだった。
「うむ、とはいえ余り悠長にはしていられんな。奴等がどれほどの数いるのかも判然とせんしな。いつまでも逃げ回る訳にも行かん」
「じゃあやっぱり……こっちから仕掛けるしかないのでしょうか?」
アリシアの言葉にシャクティが不安そうに確認する。先程簡単に話し合った中でそのような結論となっていた。
この島の中を逃げ回るのも限界があるし、こちらの人数も限られている上に未覚醒のミネルヴァもいるしで、どれだけいるのか解らない敵勢力全体とひたすら斬り合うというのも現実的ではない。
襲ってくる敵だけを迎え撃っているのではいずれ必ず限界が来る。時間を置けば敵も戦術を整えてくるかも知れない。ならばそうなる前にこちらから敵の首領と思われるウォーデンを探し出して討つ。そういう事で話が纏まっていた。
「それしかないだろ。とりあえずその市長って奴がウォーデンだと仮定するとして、問題はこのまま一直線に市庁舎に突入するかどうかだな」
市庁舎の場所自体はミネルヴァに聞いているのでそこは問題ない。だが他に問題がない訳ではない。
「でも市庁舎の人達も皆プログレスなんでしょうか? もし何も知らない人や操られているだけの人達が大勢いたら……」
シャクティが問題の1つを懸念する。非戦闘員の一般人を巻き込むとなると非常にやり辛くなるし、何よりも人質に取ってきたリという怖れもある。しかも敵は先程の旧市街の一件で天馬達が群衆を攻撃できないのを見ているので、早晩『民衆を人質に取る』という手段を思いつく可能性が高い。
「むしろそうなる前に速攻でケリを付けたい所だがな」
巻き込んでしまうだけでも戦いにくい事は確かだが、明確に人質に取られるよりはマシだ。
「後は……仮に敵のど真ん中に突入するとして、ミネルヴァをそのままにはしておけんな」
それも問題の1つだ。敵の本拠地に突入となれば当然激戦が予想される。そこに未覚醒のミネルヴァを連れて行くのはリスクが高い。確かに戦いに身を置いた方が覚醒はしやすい傾向にあるが、それとて傾向というだけで絶対ではない。敵の攻撃が激しければどのようなアクシデントが起きるか予測はできない。
かといって彼女を1人残して天馬達だけで突入するというのも無しだ。敵の狙いにはミネルヴァも含まれている。
だがその当のミネルヴァがかぶりを振った。
「私なら構わない。一緒に行かせて」
「で、でも……」
シャクティが躊躇いがちに忠告しようとするが、ミネルヴァはそれを手で制した。
「解ってる。これが命の取り合い……殺し合いだという事も。さっきのあなた達の戦いを見て理解したわ。その上で連れてってと言っているの。足手まとい……にならないとは誓えないけど、もし私が危機に陥ったとしても積極的に助けてくれなくていい。それで尚覚醒も出来ずにそのまま死ぬようなら、私は所詮それまでだったという事。あなた達に無駄足を踏ませてしまった事だけは心苦しいけど」
「むぅ……本気のようだな」
彼女が強がりで言っていないか見抜こうとしていたアリシアが唸る。ミネルヴァは本気で、覚醒しない時は自分が死んでも構わないと言っているのだ。
「子供の時から私はこういう性格だった。何だか自分の人生も含めて全部が他人事のような……。だから周りや両親からも気味悪がられて、故郷から遠く離れたこの島の大学へ『進学』するように勧められた。ウーメオーは学術都市で近場にいくらでも進学できる大学はあったのに。両親や兄弟はこれで私を厄介払いできたと喜んでいるでしょうね」
「……っ」
家族から疎まれていたという事実さえ他人事のように話すミネルヴァに、シャクティが何と声を掛けていいのか解らず息を呑んだ。
「だが……俺達と一緒に戦うのも他人事ってんじゃ困るぜ。これはそんな義務感だけで戦えるほど甘いモンじゃねぇ」
天馬だ。厳しい目でミネルヴァを見据えている。
「全部が他人事って事は、邪神との戦いも仲間の命も他人事って訳だ。俺はこの戦いでそんな奴に背中を預ける気はないぜ」
「テ、テンマさん……」
突き放した様な厳しい意見を叩きつける天馬にシャクティが戸惑う。いや、考えてみれば彼はこれまでも、そしてシャクティ自身にもこのように厳しい現実を突き付けてきた事があった。
アリシアは何も言わずに成り行きを見守っている。果たしてミネルヴァは動揺した様子もなくかぶりを振った。
「そう思われるのは当然ね。でもこれだけは信じて欲しいのだけど、私はあなた達と出会って自分の正体を知って今、これまでにないくらいの高揚を感じているの。これこそが私の本当の生きる道だと感じているの。これは理屈じゃないわ。だから私は死んでもいいなんて思わない。死なない為に、そして自分の『本当の人生』を生きる為に、どうしてもこれを乗り越えなくてはならないの」
見た目や言動からは非常に解りにくいが、どうやらこれでも彼女はかなり高揚していたらしい。敢えて戦いの渦中に自分を置こうとするのもそれが理由か。考えてみれば本当にどうでもいいと思っているなら、一緒に行かずにここで待っていると言い出す事だってあり得たのだ。
「へ……なるほど。そういう事なら文句はねぇよ。いや、むしろ気に入ったぜ。生きる為に、そして勝つ為に無茶やる奴ってのは嫌いじゃねぇからな」
天馬が表情を緩めて口の端を吊り上げた。それを見てシャクティはホッと息を吐いた。だがアリシアは天馬がミネルヴァを試すために敢えてあのような言い方をしたのだと見抜いていた。
「ふ、結論は出たようだな。ではこれから我等はこの森を抜けて市庁舎へと向かう。異論はないな?」
アリシアが確認すると誰からも反論は出なかった。シャクティもここに至っては覚悟を決めたようだ。アリシアが頷いた。
「良い覚悟だ。だが敵は警察を支配下に置いている以上、既に我等は指名手配犯となっている可能性もある。一度動き出したらその後は迅速に行動あるのみだ」
それにも全員が頷いた。そもそも敵は魔力で普通の市民達も操っているのだ。基本的に現在はこの島全体が『敵』だと最初から仮定した方が動きやすい。
「よし、行くぜっ!」
最低限の準備を整えた一行は、他の敵の捜索に見つからないうちにと森を抜け出し、一路ゴットランド市庁舎を目指すのだった。




