第14話 堕落の誘い
「てめぇ……ふざけた真似しやがって。弟の方がよっぽど気概があったぜ?」
仲間達を無力化された天馬が相手を罵るが、コットスはどこ吹く風だ。
「気概だけで確実に勝てるなら苦労はせんよ。ギュゲースはだからこそ君達に敗北したのだ。私は弟たちと同じ轍は踏まない」
コットスの身体から強烈な魔力が噴き上がる。同時に奴の額に付いている第三の眼が妖しく光る。そしてその眼から赤い光が迸った。ぺラギアを麻痺させたものと同じだ。
「……!」
充分警戒していた天馬はその光が当たる前に身を躱す。そして反撃に鬼刃斬を飛ばす。人間をまとめて両断する真空刃がコットスに襲い掛かるが、奴が軽く手を翳しただけで弾けるようにして消滅してしまった。
だが最初から牽制のつもりだった天馬に動揺は無い。彼はそのまま一直線にコットスに肉薄する。コットスの『眼』から再び激しい魔力が噴き上がった。また何か光線を放ってくる気かと警戒する天馬だが……
「あ、危ない……!」
「……!」
『檻』に閉じ込められて見ている事しか出来ない女性陣から悲鳴のような警告。咄嗟に反応した天馬は身体を横へ躱す。すると後ろから巨大な瓦礫が唸りを上げて通り過ぎて行った。それはこのアクロポリスの丘に散乱している数多くの瓦礫の一かけらのようだった。
「私の力は相手を麻痺させるだけではないぞ?」
「ぬ……てめぇ、それは!?」
コットスの声に向き直った天馬は目を瞠る。先程の巨大な瓦礫がコットスの横で浮遊していた。奴が軽く手を振るとその動きに合わせて、触れてもいない瓦礫が浮遊したまま滑らかに動いた。
「君達のような世代の若者にはむしろ馴染み深いのではないかね? いわゆるサイコキネシスという奴だよ」
「……!」
奴の額の『眼』は単に麻痺光線を発射するだけでなく、超能力の制御装置でもあるようだ。
「そらっ!」
コットスがこちらに向かって手を振ると、瓦礫は慣性の法則を無視した凄まじい加速で天馬に迫る。しかしディヤウスたる天馬はその砲弾を横跳びに躱す。
すると瓦礫は素早くUターンして天馬を追尾してくる。天馬は今度は避けずに、真正面から迫ってくる瓦礫に対して刀を一閃。石塊は見事真っ二つに両断された。
「はは、見事な腕前だ。だがそれは悪手だぞ?」
「……!!」
二つに割れた岩の塊がそれぞれ意志を持ったように天馬を追尾し始めたのだ。この岩はコットスが操っているだけなので考えてみれば当然だ。つまり岩を切断しても単に奴の手駒が増えるだけだ。
インドで戦ったナラシンハの時と似たような状況だ。ならば対処法も同じはずだ。天馬は二つの瓦礫を無視して再びコットスに特攻を仕掛ける。
「は! やはりそう来るかね!」
コットスの『眼』から赤い麻痺光線が射出される。それを読んでいた天馬は斜め前方に跳び込むようにして光線を回避、そのまま勢いを殺さずにコットスに斬り込む。光線を躱されたコットスにそれを防ぐ術はない。そのはずだった。
「甘いッ!」
「っ!」
コットスが手を翳すと、そこから強力な衝撃波のようなものが発生して天馬に叩きつけられた。奴が超能力を操れるとすると、一種の念動波の類いか。
まともに喰らった天馬は大きく吹き飛ばされる。かなりの衝撃であったが、身に纏っていた神衣のお陰か重傷は負わずに済んだ。
「ふむ、私の念動波をまともに受けてすぐに立ち上がるとは、その鎧……神衣のお陰か。中々の強度のようだな」
コットスは目を細めて呟くと、一旦天馬を追跡していたサイコキネシスを解除した。浮遊していた岩塊が地面に落ちる。
「……何のつもりだ?」
「簡単な事さ。本来我々が争う理由は無い。そうだろう?」
「……!!」
天馬は目を見開いた。奴が何を言いたいのか解ったのだ。コットスが手を差し伸べてきた。
「我々の仲間になれ。【外なる神々】の種子を受け入れるのだ。かの神々の誘惑を拒絶し続けるのは相当な難行のはずだ。その女達は君の常日頃の苦行を半分も理解してはいまい」
「…………」
邪神の種子は男性にのみ作用する。その男性がディヤウスであった場合、邪悪にして強大なるウォーデンへと変貌するのだ。一旦プログレスやウォーデンに変わってしまえば、その精神も邪神の眷属に相応しく汚染される。
今の場合では恐らく目の前の男に対する敵意を維持できなくなるだろう。それどころか本当に奴の仲間になってしまう可能性さえあり得る。
「テ、テンマさん……?」
「ちょっと、テンマ!? そんな奴の言葉に耳を傾けては駄目よ!」
コットスの勧誘に何故かすぐに拒絶を示さずに黙っている天馬に不安を感じたらしいシャクティやラシーダが、結晶の『檻』の中から彼に呼び掛ける。
「テンマ……! あの日本の時と同じだ! マリカの想いを無駄にするな!」
「…………」
アリシアも必死に天馬に呼び掛けている。しかし小鈴だけは何も言葉を発する事無く、何かを堪えるような表情でただ天馬の様子を注視している。
「外野は黙っていてもらおう。この感覚は男にしか分からないのだよ。さあ、もう我慢する必要などないのだ。君が仲間になるなら弟たちを殺した事は不問にしよう。ただし勿論その女達は死んでもらう事になるがね」
「…………」
天馬はやはり答えない。承諾もしないが、拒絶もまたしなかった。女性陣の不安が更に強まる。
「どうやら答えは出たようだね。さあ、ウォーデンに覚醒する方法は本能的に分かるだろう? 遠慮する事は無い。今ここで――」
「――『鬼神三鈷剣!!』」
光薙ぐ一閃。天馬が堕落すると思い込んで近付いてきたコットスに向けて、光の剣が薙ぎ払われる。
「……っ!!」
さしものコットスも意表を突かれて顔を歪めながら大きく飛び退いた。天馬は刀を振り抜いた姿勢のままコットスを睨み付ける。その姿に女性陣が一様に喜色を浮かべる。天馬を信じて見守っていた小鈴もまたホッと息を吐いた。
「貴様……!」
「さっきまでの余裕はどうした、おっさん? 生憎俺の答えは最初から決まってるんだよ。ただ……茉莉香の顔や声、そして別れ際の言葉を思い出してただけだ。俺はテメェらの仲間にはならねぇ。絶対にな」
「……!」
その意志の強さ、そして天馬の瞳に僅かに内包される昏い怒りの感情を見たコットスが目を瞠った。
「なるほど……君は私の想像以上に強い精神力の持ち主だったようだ。だが……あまりにも鋭く研ぎ澄まされた刃は、切れ味とは反比例して強度は脆くなる物。君のその強さはまさに諸刃の剣と言った所だな」
「ごちゃごちゃうるせぇ。俺を怒らせたテメェは楽に死ねると思うなよ?」
天馬は激しい怒りと闘気を発散してコットスに叩きつける。
「……良いだろう。君があくまでディヤウスとして死にたいというのであれば望み通りにしてあげよう。我が全力を以って完膚なきまでに君を叩き潰す」
それを受けてコットスもまた自らの魔力を全開にする。奴の身体が黒い光に覆われる。ウォーデンの変身形態だ。全力を以ってというのは嘘ではないようだ。
変身は数瞬で完了していた。黒光が晴れた時そこには、2メートル半ほどはある堂々たる体躯の巨人が屹立していた。弟たちのように腕が増えたり伸びたりはしていないが、その代わり服が弾け飛んだ上半身には額と同じような巨大な『眼』がいくつも開いていた。
額や身体中に『眼』が付いている多眼の巨人……。それがコットスのウォーデンとしての姿であるようだった。
『さて……楽に死ぬ事が出来ないのは君の方だと予言しておこう』
異形の姿になったコットスが一歩踏み出す。その魔力の圧に押されるように天馬が後ずさる。変身して全力を解放したウォーデン相手となると、如何に天馬とはいえ一対一では非常に厳しい戦いになる。小鈴達は未だに『檻』に囚われたままだ。
だが彼はそれ以上怯む事無く戦端を開こうと、自分からコットスに斬り掛かろうとして……
「……テンマ、君の答えは確かに見せてもらった。なら私もそれに応えねばならないな」
『……!』
聞き覚えのある声と共に雷光が迸り、コットスに叩きつけられる。奴はその巨体に見合わぬ素早さで雷撃を躱すと大きく跳び退った。
「ぺラギア……!? あんた、動けたのか?」
「動けたというか、やっと動けるようになったが正解だけどね。アテナとゼウスの加護により雷を操る私は麻痺に対する耐性が高いんだ。尤もそんな私でさえ一時的に動けなくなったんだから、奴の力は相当なものだね」
それは最初に麻痺させられた事で結果として『檻』に囚われる事の無かったぺラギアであった。『ニケ』と『アイギス』を構えて天馬と並ぶようにしてコットスに正対する。




