第11話 無差別テロ
ソレは前触れなく、いきなり始まった。アテネの各所……公園やショッピングモール、イベント会場、学校、そして大通りの真ん中で……男が急に『ハストゥール様に栄光あれ!!』と叫び出して、まるで悪魔のような姿に変身。所構わず、当たるを幸い火球や電撃などを乱射し始めたのだ。
当然ながら現場は大パニックに陥る。複数の場所で同時多発的に同じような『悪魔』達が暴れ始め、アテネの警察も消防もその対処に掛かりきりとなった。
だが『悪魔』達の抵抗は凄まじく民間人だけでなく警察にも多くの被害が出始め、ついにはギリシャ軍までもが出動する事態となり、アテネの街は突如として大混乱の坩堝に陥る事となった。街の至る所から火の手が上がり、人々の叫び声や各種車両のサイレンが響き渡る。
「っ! 何て事だ。奴等、アジトを落とされた事で強硬手段に出てきたようだ! このままじゃ被害は拡大する一方だ」
家で街から上がる火の手を見ながらぺラギアが視線を厳しくする。
「で、でもどうすれば!? 既に警察やら消防やらが出動してしまっていて、私達が直接討伐に当たれない状況になってしまっています!」
シャクティが悲痛な表情で問題点を指摘する。今までは敵も闇夜に紛れて『結界』なども使って人々の裏で暗躍していたから、彼女らも人知れずに戦う事が出来た。だが今回奴等は白昼堂々と暴れ回っており、当然ながら人々の耳目を集める事は避けられない。
それは取りも直さず奴等と戦おうとすれば、彼女等ディヤウスもまた衆目の前にその姿を晒さねばならなくなるのだ。
「……こういう戦法で来るのは予想外だったね。それだけなりふり構っていられなくなったという事かな」
「それにあちこちで一斉に行動を起こしてるから、どのみち私達だけじゃ手が足りなかったわね」
小鈴も苦虫を噛み潰したようなぺラギアの言葉に頷きつつ懸念を示す。色々な意味でこの騒動に対して直接の鎮圧に向かう事が出来ない。
「ど、どうしたら良いのでしょうか? このままでは人々の被害が……」
シャクティが自分では判断が付かないようでぺラギアに助けを求める。彼女は難しい顔のまま頷いた。
「こうなったら心苦しいけど今暴れてる奴等の事は警察や軍隊に任せて、私達はこれを引き起こしているだろうボスを探し出して叩く以外にないね」
「……! 昨日言ってた兄弟って奴? 本当にいたのね」
小鈴が眉を顰める。『ヘカトンケイル三兄弟』の杞憂はどうやら当たってしまっていたようだ。
「でもどうやって探し出すの? 相手がウォーデンでも普段のように魔力を抑えて潜伏されたんじゃ捜しようがないわ」
敵がプログレスなら魔力の抑え方が甘く、漏れ出ている魔力や邪気を感知する事も出来るが、ウォーデンとなるとそうはいかない。普段の外見が人間と変わらないのもそうだが、奴等は平時には巧妙に魔力を抑えて正体を悟らせないようにしているので、余程接近するかもしくは向こうが意図的に魔力を発散しない限りこちらからは察知できない。
だがぺラギアはかぶりを振った。
「いや、私の予想では恐らく……」
――丁度その時、3人が3人とも強烈な魔力反応を感知した。かなり距離がある。にも関わらずこれだけはっきり感知できたという事は……
「……っ!? これは……」
「間違いない、ウォーデンだね。……それも明らかに私達を挑発しているね」
「……!!」
ぺラギアの断言にシャクティが息を呑む。だが小鈴には相手の意図が読めた。
「なるほど、兄弟を殺した私達に対する当てつけって訳ね、この騒ぎは。上等じゃない。招待してくれるって言うなら遠慮なく応じるとしましょう。存分に後悔させてあげるわ」
既に闘志は充分だった。自分達への報復のために全く関係ない人々を狙うやり口に対する怒りもあった。
「うん、そうだね。同時に罠があると解っていても、私達が奴の招待を受けざるを得ないようにする為でもあるだろうね。いわばこの街の住民達を人質に取られてるようなものさ」
増々卑劣極まりない連中だ。シャクティも覚悟を決めたようで神妙な表情で頷く。
「ならばやはり行くしかありませんね。私も覚悟を決めました」
「……よし。それじゃ皆準備は万端のようだし、これから早速奴の元へ向かうとしようか。……何としても勝利しよう」
「ええ、勿論よ!」「はいっ!」
3人は互いに手を重ね合って勝利を誓うと、家を後にしてウォーデンが待ち構えている魔力反応を目指して出立していった。
魔力反応は街の中央部の辺りから発せられている。騒ぎでパニックになっている人々や行き交う警察などを避けながらその反応の元へ向かう小鈴達。やがて彼女達は気付いた。
「……敵が待ち構えてる場所は、アクロポリスのようだね。全く……とことんこの街を凌辱する気か」
ぺラギアが珍しく怒気を露わにして吐き捨てる。そう。ウォーデンと思しき強大な魔力反応は、既にここからも見える高い丘の上……『アテナイのアクロポリス』と同じ場所にあった。
このアテネの……ギリシャの象徴とも言える世界遺産。そこを占拠して、混乱に喘ぐアテネの街を睥睨する構図は、まるでそのウォーデンがこの街だけでなく、この国全体を見下ろす支配者の立場ででもあるかのようだった。
ギリシャ人であり、恐らくこのアテネがホームタウンであろうぺラギアが怒りと嫌悪を覚えるのも致し方ない事といえた。
一行はそのままアクロポリスの前庭ともいえるフィラパポスの丘に入った。ぺラギアと邂逅して天馬と訣別する事になった因縁の場所だ。小鈴とシャクティの胸中は複雑であったが、幸か不幸かそれを思い悩んでいる余裕は無かった。
「早速のお出迎えだね!」
「……!」
アクロポリスだけでなくこの丘にまで『結界』の効果が及んでいた。丘を登ってアクロポリスを目指す小鈴達の前に、悪魔のような姿をしたプログレス達が出現して次々と襲い掛かってくる。
3人は一斉に神器を顕現させ、その身体を覆う衣装も露出度の高い神衣に変化する。ほぼ同時にプログレス達が一斉に火球や電撃、石礫などの遠距離攻撃を放ってくる。3人は散開しつつそれらの攻撃を躱し、回避しきれないものは神器で斬り払う。
『ケラウノス・サンダー!!』
ぺラギアの剣『ニケ』が強烈な雷光を帯びたかと思うと、彼女が振るう剣の軌跡に合わせて雷の束がプログレス達に叩きつけられる。2体のプログレスがまとめて消し炭になる。
『炎涛昇舞!!』
朱雀翼とそして両脚にまで炎を纏った流れるような闘舞で、敵の攻撃を躱しつつ自らの反撃を叩き込んでいく小鈴。その度に醜い悲鳴があがり、プログレスが炎と打撃のコンボによって沈んでいく。
『女神の舞踏会!』
シャクティは光のチャクラムをいくつも顕現させて、それを自分の回りにまるで衛星のように展開させて敵陣の中を駆け抜ける。それだけで敵が切り裂かれて消滅していく。
凄まじい勢いで敵の囲みを突破していく3人だが、そこにさらなる増援のプログレス達が現れる。勿論一度は突破した連中も後ろから追い縋ってくる。
「ちょっと! 何体いるのよ、こいつら!?」
「このままじゃキリがありません!」
怒鳴りながらも敵を倒す小鈴達だが、そうしている間にも敵の数は増える一方だ。
「アテネどころかギリシャ中から構成員を集めてたみたいだね! これは今街で暴れてる奴等も含めて『破滅の風』の総力で来てるね!」
ぺラギアも叫びながら敵を斬り倒しているが、敵の数が減っている気がしない。数は力だ。単体では大したことが無い敵もこれだけの数で一斉に襲って来られると話が違ってくる。ましてやこの悪魔のような姿のプログレス達は集団戦を得意としている。
次第にその数の力と連携攻撃の前に勢いを止められてしまい、逆に防戦に追い込まれていく小鈴達。シャクティもぺラギアも決定打が無い様子で焦りを浮かべている。
(そんな……まだウォーデンにも辿り着けていないのに……!)
小鈴は焦燥と共に絶望を感じる。そしてこんな時『彼』がいてくれたら、どんな状況でも必ず何とかしてくれる。自分は『彼』と一緒に戦うだけで必ず敵に打ち勝てる。『彼』さえいてくれれば……
心の底からそう思った。そして無意識のうちに心の中で『彼』に助けを求めていた。それが叶わぬ願いと知りながら。だが……
「おお…………りゃあぁァァァァッ!!!」
――気合一閃。彼女らを取り囲んでいたプログレス達の一角が、まとめて首を切断されて消滅していく。
「え……」
小鈴は目を見開き耳を疑った。それは今まさに彼女が絶対に叶うはずがないと解っていながら願った人物の声とそっくりであったからだ。なので彼女は一瞬自分の幻聴かと思った。
「テ、テンマさん……!?」
「っ!!」
だがシャクティの声にそれが現実なのだと理解した。
「小鈴! シャクティ! 無事か!?」
「あ…………」
そしてプログレス達を斬り倒して現れたのは、紛れもなく小鈴が心の中で待ち焦がれていた人物……小笠原天馬その人であった!




