第7話 参戦
天馬とラシーダはその後も独自にプログレス達と戦い、これを討伐するという行動を続けていた。悪魔のような異形のプログレス達は連携能力こそ高いものの個々にはそれ程の脅威ではなく、天馬達はその弱点を突いて順調に討伐を重ねていた。
また何体目かのプログレスの口から、彼等が『破滅の風』と呼ばれるカルト集団の一員である事も知れた。邪神達の1柱であるハストゥールという神を崇めているらしい。
「そういや俺達は一応邪神共と戦っているはずなんだが、奴等の種類とか構成とか全く知らないままだったな。そういうのがあるって考えすら浮かばなかった。だがどうもそうでもなさそうだな」
考えてみれば当たり前の話だ。天馬が呟くとラシーダもそれに賛同するように頷く。
「そうね。やはり戦っている相手の情報を知らないままというのは宜しくないわね。あのぺラギアはその辺りも知ってそうな雰囲気だったけど……」
当然今はぺラギアと話が出来る状態ではないので、彼女に聞くという選択肢は無しだ。
「……ならアリシアだな。あいつなら多分その辺の情報も知ってるはずだ」
彼女と旅をしていた時はそこまで具体的な情報を天馬の方から尋ねる事は無かったし(先に言ったように彼の中で『邪神』はただ漠然とした『邪神という脅威』でしかなかったので、その詳細を知ろうという意識自体が無かった為)、アリシアもあれで天然なところがあるので恐らく天馬が聞かないので説明しなかったという所だと思われた。
まあそれは早急の課題ではない。アリシアと合流した後にいくらでも聞く機会はあるだろう。とりあえず今は出来る事をやっていくしかない。
天馬達は『破滅の風』を壊滅させるべくプログレス狩りを続ける。そして今夜もまた魔力反応を探知して戦いに赴いていた。場所はアテネの中ほどにある『リカヴィトスの丘』と呼ばれる大きな自然公園だ。
フィラパポスの丘と並んでアテナイのアクロポリスを一望できる人気スポットであり、市民達の身近なトレッキングポイントとしても親しまれている場所だ。だが今は邪神の『結界』に覆われた禍々しい魔力と空気を漂わせる魔境と化していた。
広い公園を駆け抜けて森が開けた丘の中央部分に出る。
「……来たか。忌々しい旧神の傀儡どもめ」
「……!」
そして今回はそれまでとは明らかに一線を画す要素があった。やはり悪魔のような姿をしたプログレスを2体、後ろに従えた男が仁王立ちで待ち構えていたのだ。
短く刈り込んだ髪に筋肉の盛り上がった巨躯。一見して何かの肉体労働者のような風体の男であったが、その身体から発散される魔力の質と量が男の正体を物語っていた。
「てめぇ……ウォーデンだな? へ、ようやくお出ましか」
天馬達が『破滅の風』の活動を妨害しその構成員を倒し続けていた事で、業を煮やしたらしいボスをようやく引っ張り出す事が出来たのだ。
「如何にも。俺の名はギュゲース。貴様らの命をハストゥール様の贄とする者の名を覚えておくがいい」
「ギュゲースですって? ギリシャ神話で聞いた事がある名前ね。確かティタノマギアでゼウスに味方した巨人の一柱じゃなかったかしら?」
ラシーダが眉を顰めると、ギュゲースは少し感心したように目を見開いた。
「ほう……異国人にしては博識だな。その通り。ギュゲースは俺の力の源泉となった旧神の名前でもある。『破滅の風』においては人間であった時の名など意味を為さんのでな」
「……!」
要は中国で戦った鑿歯と同じで、神の名前をそのまま自身のコードネームとしている訳だ。
「てめぇの名前なんざどうだっていいぜ。てめぇがウォーデンであって俺達の前に立ち塞がるってんなら同じように斬り伏せるまでだ」
天馬は『瀑布割り』を抜き放つと闘気と神力を高める。それを受けてギュゲースも口の端を吊り上げる。
「ほう、気が合うな。俺も貴様らが何者かなどどうでもいい。貴様らがディヤウスであって俺達の邪魔をするというなら叩き潰すまでよ」
ギュゲースの身体からも濃密な魔力が噴き出る。双方ともに最初から待ったなしの闘志全開だ。
「ラシーダ! 俺が奴を引き付ける。アンタはその間に残りの雑魚共を頼む!」
「……! 解ったわ!」
確かにそれが最善手か。ラシーダは躊躇わずに首肯すると護衛のプログレス達を狙って攻撃を仕掛けた。彼女らの戦いを背景に天馬とギュゲースが正面からぶつかり合う。
ギュゲースは武器を持っておらず素手であった。天馬は身軽さと武器のリーチを活かして先制攻撃を仕掛ける。
「ふっ!!」
プログレスならそれだけで一刀両断できそうな神速の一閃による薙ぎ払い。だが……
「むんっ!!」
「……っ!」
天馬の斬撃は確かにギュゲースの胴を薙いだ。しかし精々薄皮一枚を切り裂いた程度で止まってしまったのだ。驚愕した天馬がどれほど力を込めてもそれ以上刃が食い込まない。そこにギュゲースが上段から拳を振り下ろしてきた。
咄嗟に跳び退って躱す天馬。ギュゲースの拳はそのまま地面に衝突し、轟音と共に地面を大きく抉り割った。
「無駄だ、小僧。貴様のヤワな斬撃など、俺の『金剛鋼体』の前には無力よ」
「……!!」
天馬の斬撃すら通さない肉体。そして武器を持たずに素手であの威力。どうやら完全に小細工なしの肉弾戦闘タイプのようだ。今までに戦ってきたウォーデンとはまた違うタイプ。天馬は無意識に獰猛な笑みを浮かべていた。
「へ、面白れぇ。そういう事ならこっちもやりやすいぜ」
天馬は怯まずに再び正面から突っ込む。ギュゲースも迎撃に突進してきた。巨拳が唸りを上げて撃ち込まれる。天馬は意識を集中させて剛拳を紙一重で躱す。そしてすれ違いざまに刀を煌めかせ、奴の首筋を狙って斬り付ける。
「……!」
そして再び弾かれた。急所である首筋まで天馬の斬撃を弾くとは、恐ろしいまでの防御力で尚且つ隙がない。
「かぁぁぁっ!!」
天馬の体勢が崩れた隙にギュゲースが反撃してくる。一発でも砲弾のような威力の拳を、目にも留まらぬ速度で連続で撃ち込んでくる。天馬はそれを何とか躱しながら自身も反撃の刃を煌めかせるが、やはり全て弾かれてしまう。
弾かれると若干とはいえ体勢が崩れてギュゲースに付け込まれるため、迂闊に攻撃する事が出来ない。徐々に防戦一方になる天馬。しかしギュゲースはどれだけ激しく動いて攻撃してきても全く疲れる素振りも無い。攻撃力防御力だけでなくスタミナも化け物級らしい。
このままでは天馬の方が先に体力が尽きて致命的な打撃を貰ってしまう可能性が高い。
「ふぁはは! 所詮ディヤウスのままでは限界があるのだ! 貴様も余計なしがらみなど捨ててウォーデンになるがいい! そうすれば俺に勝てるかも知れんぞ?」
「ち……うるせぇ!」
今現在悩んでいる問題をピンポイントで口にされた天馬は舌打ちする。ウォーデンになる方法自体は既に解っている。それを留めているのは天馬自身の克己心と茉莉香の言葉のみなのだ。
我妻と戦った時と似たような状況。だがあれから仲間も増えて、彼自身にも仲間達に対する義務感や責任感という物が少なからず発生していた。
茉莉香を助けるという自分の目的のために他の仲間達を覚醒させて引き入れておいて、当の自分だけがさっさとウォーデンに変貌して一抜けたなど許される事ではない。茉莉香の為だけでなく仲間達の為にも彼はウォーデンになる訳には行かなかった。
しかし現実にギュゲースが言っている事も事実で、如何にディヤウスとしては高い能力を持つ天馬でもウォーデン相手に1対1は厳しい状況だ。勝つには今までと同じく仲間達の援護が必要だ。
(ラシーダ、まだか……!?)
ギュゲースの攻撃を必死にいなしながら天馬はラシーダの加勢を心待ちにしていた。
「く……!」
そのラシーダは2体のプログレスの連携の前に攻めあぐねて、それどころか自分の身を守るので精一杯の状態となっていた。
奴等は巧みに近距離と遠距離と役割分担して隙を補ってくるので反撃する暇がない。天馬や小鈴などであれば強引に隙を作って反撃する事もできたかも知れないが、生憎そこまで体術が得手ではないラシーダには難しい芸当であった。
『セルケトの尾』を振るって奴等を牽制するのが精一杯であった。ポイズン・ショットさえ使う暇がない。ましてや他の強力な攻撃は言わずもがなだ。
(ま、マズいわ……このままじゃ……!)
内心で激しく焦るが、敵の熾烈な攻撃の前に打開策を思い浮かべる余裕がない。しかし焦りは更なる隙を生む。
「あ……っ!」
後方のプログレスから放たれた火球を躱した際に足を段差のような場所に引っ掛けてしまい、そのまま転倒してしまったのだ。当然もう一体のプログレスがそれを見逃すはずもない。手に持った剣を振り上げて容赦なく斬り掛かってくる。
(そ、そんな……私は、こんな所で……!)
敵の攻撃を避けられないと悟ったラシーダが目を見開く。無情にも彼女の脳天目掛けてプログレスの剣が振り下ろされ――――
――ドゥゥゥゥゥンッ!!!
「っ!?」
――――る事はなかった。それを遮るように轟く重い銃声。胴体を撃ち抜かれたプログレスが吹っ飛んでそのまま消滅してしまう。
いかに大口径の銃弾でもプログレスを一撃で殺す事など不可能だ。……ただの銃弾であれば。
「な…………」
ラシーダは思わずといった感じで銃弾が飛んできた方向を仰ぎ見た。そこには大きな岩の上に立った1人の人物が銀色に輝く銃口をプログレスに向けていた。それは大衆向けの映画でも滅多に見ないような露出度の高いカウガールルックの金髪白人女性であった。
「……この街に着いた早々ではあるが、事情を聞く必要は一切無さそうだな。加勢させてもらうぞ、テンマ」
「……!! アリシアか……!」
同じく突然の銃声にギュゲースが反応した事で素早く距離を取って仕切り直した天馬が、その人物の姿を認めて喜色を浮かべた。それでラシーダにもその人物が誰なのかが解った。
アリシアの加勢によって死闘は新たな局面へと突入していった。




