第3話 避けられぬ課題
プログレスを打倒した鎧姿の女性が天馬達に気付いたらしく、こちらを振り返った。すると天馬達をして目を疑うような現象が起きた。
なんと女性の鎧が激しく明滅し、瞬間的に強い光を放ったのだ。そしてその光が収まった時そこには剣と盾は勿論、あの古代の戦士風の鎧も跡形もなく、現代風のパンツルックの服装になった女性の姿があった。
「え……嘘。神器だけじゃなくて、あの鎧まで自由に出し入れ可能な物なの?」
小鈴が唖然として呟いた。しかし彼女の呟きは天馬達全員の気持ちを代弁していた。どうやらあの女性は彼等には無い力まで有しているらしい。いや、或いは……
「……無いんじゃなくて、知らないだけ、か?」
天馬は目を細めた。もしかするとあの茶髪の女性は自分達の想像以上にベテランの可能性がある。
「君達は……まさか」
近くまで歩いてきた女性が、天馬達の顔を見渡して目を瞠った。彼女も天馬達がディヤウスである事に気付いたようだ。天馬は頬を掻きつつ首肯した。
「ああ、お察しの通り俺達もディヤウスさ。この街にもディヤウスがいるって聞いて協力してもらおうと思って来たんだが、まさか先輩だとは思わなかったな。俺は小笠原天馬。日本人だ」
「あー……私は苏小鈴。中国人よ」
「わ、私はシャクティ・プラサードと言います! インド人です!」
「エジプトから来たラシーダ・アル=ジュンディーよ。あなたの力、興味深いわね」
天馬達が各々名乗ると、女性は何故か不審そうな様子で天馬を見やった。
「……ぺラギア・ディアマンディスだ。我が守護神アテナから、他のディヤウスがやってくるとは聞いていたが……まさか『男』がいるとは思わなかったな」
「何……?」
天馬が眉を上げた。女性――ぺラギアは警戒した目付きのまま再び神器である小剣を顕現させると、それを天馬に向けてきた。
「ちょ、ちょっと……!?」「え……ぺ、ぺラギアさん?」「ああ……なるほど。そういう事ね」
まさかのぺラギアの態度に小鈴とシャクティが動揺するが、ラシーダだけはその理由に思い至ったらしく得心したように頷いた。
そして剣を向けられた天馬自身も、ぺラギアが警戒している理由に思い至った。これは別に彼女が男嫌いとかそういう訳ではない。
「……君はまだウォーデンにはなっていないようだが、それは時間の問題でしかない。男である限り邪神の影響は必ず受ける。悪いが男である君を仲間として認める訳には行かない。いや、それどころか潜在的な脅威になる事が確定しているのであれば……」
「……!!」
そう。男は必ず邪神の種子による影響を受けるので一般人ならプログレスに、そしてディヤウスであれば……ウォーデンに変じてしまうリスクを常に孕んでいる。
ウォーデンになるとプログレスのように解りやすい外見の変化はないもののその精神は邪神による浸食で汚染され、人ならざるものに変わってしまう。元の人格は失われ、人類と地球に仇為す邪神の眷属へと生まれ変わるのだ。
小鈴やシャクティも言葉で言われて改めてその事に思い至ったらしく、目を瞠って息を呑んだ。彼女らの脳裏にこれまで戦ってきたウォーデンの姿が思い起こされる。ぺラギアの言う通り天馬も男性である以上、完全に邪神の影響から逃れる事はできないのだ。
天馬がウォーデンになる事を免れているのは茉莉香を救わねばならないという使命感によるものらしかったが、それによっていつまで邪神の誘惑を跳ね除け続けられるのか一切の保証はない。
更に言うなら、もしその『肝心の目的』である茉莉香の救出を為し得た場合、その後はどうなるのか。彼を律する物は無くなり、邪神の浸食を止められなくなるのではないか。
「…………」
ラシーダの表情も厳しいものになる。彼女は天馬に対して僅かだがその兆候を感じ取っていたからだ。
「ほぉ……面白れぇ。それで? ウォーデンになるかも知れねぇから俺を殺すってか? だったらお前は仲間どころか俺の『敵』だ。そして俺は敵には一切容赦はしねぇ」
「ふん、早くも本性を見せたね。望む所さ」
天馬は剣呑に目を吊り上げて『瀑布割り』を出現させると臨戦態勢になる。当然それを受けてぺラギアも闘気を高める。
「……少し思う所はあるけど、相手の事情ややってきた事を知りもせずに一方的に断罪しようとする姿勢は気に入らないわね。私、そういう正義馬鹿みたいなの、大嫌いなの」
ラシーダも『セルケトの尾』を出現させてぺラギアに敵対的な態度を見せる。一触即発の空気に小鈴達も当然自分の味方をするものと天馬は思っていたが……
「……おい、何してる? こいつは俺を殺すって言ってんだぞ?」
「あ…………」
小鈴とシャクティは青ざめた顔で言葉を詰まらせる。彼女らはラシーダと違って咄嗟に天馬の味方をしなかった。
彼女らはディヤウスの性別というものをこれまで殆ど意識していなかった。アリシアが彼女らに対してその事を深く説明していなかったのもある。アリシアもいつしか、天馬がウォーデンになるかも知れないという可能性を無意識に除外してしまっていたのだ。
だがそんなはずはないのだ。天馬がこの先もウォーデンにならない保証はどこにも無いのだ。そして小鈴達は……その事に気付いてしまった。それを意識してしまった。それが咄嗟の態度や行動に出てしまったのだ。
「ち、違うの、天馬。こ、これは……その……」
「……何も違わねぇだろ? そうか。これまで一緒に戦ってきた俺よりもそいつを信用するのか。所詮その程度の絆だったって事か」
「……っ! テ、テンマ、さん……」
無慈悲ともいえる天馬の態度と冷たい視線に、小鈴とシャクティは衝撃を受けて硬直する。だがそれでも彼女らは天馬に付いてぺラギアと敵対する事が出来なかった。
「正しい判断をした彼女らを責めるのはお門違いだね。私だって好きでこんな事をする訳じゃない。君がウォーデンになる事は確定事項であって、遅いか早いかの違いでしかないんだ。こうするしかないのさ」
「……ごちゃごちゃうるせぇ。俺の敵に回るってんなら例え誰だろうと容赦はしねぇ。覚悟は出来てんだろうな?」
「ひっ……!?」
天馬の研ぎ澄まされた殺気が自分達にも向けられ、小鈴とシャクティは揃って震えあがり腰を抜かしてしまう。
「……どうやら今は突然の事態に混乱して誰も冷静な判断が出来ないみたい。双方とも頭を冷やした方が良さそうね。テンマ、ここは一旦退くわよ」
「何で俺がすごすごと退かなきゃならねぇ? 理不尽な事言ってんのはコイツの方だろ。俺は被害者だぜ?」
ラシーダが嘆息して天馬を促すが、怒りに燃える彼は拒否する。
「あなた自身も今自分が沸騰してて冷静な思考が出来ていないって自覚はあるでしょ? それはあの子達にしても同じ事ね。皆いきなりの事で混乱しているのよ。私達のこの問題に関する意思疎通不足も原因なのは確かよ。いつかは向き合わなきゃならない問題だったのに」
「……っ!」
ラシーダの冷静な指摘に天馬も今の自分を顧みる余裕が少し生まれた。たしかに彼もアリシアもこの問題から無意識に目を逸らして、小鈴達と話し合う機会を避けていた節があったのは事実だ。
彼が少し落ち着いたのを見計らってラシーダがぺラギアの方に向き直る。
「という訳で私と彼は一旦ここから立ち去るわ。もしそれも邪魔するというなら私も全力であなたに敵対するわよ?」
「……いいだろう。私としてもまだ浸食されていない者を斬るのには抵抗があるからね。それに固執して同じ女性のディヤウスと争うのも本意じゃないし」
ぺラギアが警戒しつつも剣を収めた事で、ラシーダも頷いて武器を収めた。
「いい判断ね。じゃあ悪いけどその子達をお願いね。あなたにはその義務があるわ」
「勿論だ。彼女達の身柄は責任を持って預かるよ」
ぺラギアが請け負った事でとりあえずは良しとしたラシーダが、天馬を促してこの場から立ち去ろうとする。
「あ……て、天馬……」
シャクティと共にこの場に取り残される小鈴が無意識に天馬の方に手を伸ばしかけて、次の瞬間には罪悪感からその手を引っ込めてしまう。シャクティも気まずげに俯いている。
「……悪かった。俺も、ちょっと頭を冷やしてくる」
「……っ」
天馬自身も気まずげに目を逸らして短く謝罪すると、小鈴達が何か言う前にラシーダと共に素早く走り去っていってしまった。小鈴とシャクティはただその背中を呆然と見送る以外に何も出来なかった……




