第2話 遭遇
とりあえずの行き先を決めた一行は、まずはアテネ中央市場に立ち寄る。小鈴の言う通り、ギリシャのみならずヨーロッパ中の様々な食材や、それを扱うレストランが目白押しで、特に昼時という事もあって地元の人間から観光客まで人でごった返していた。
「ギリシャは不景気ってイメージだけど、ここだけ見ると全然そんな感じはしないわね」
ラシーダが若干人いきれしながら呟いた。
「ええ、そうかしら? 成都の市場はもっと活気があったわね」
「ハイデラバードもそうですね。とにかく人、人、人でしたから」
一方もともと人口密度の高い国で暮らしていた小鈴やシャクティにとっては何ほどの事もないようだ。山間部の寺暮らしだった天馬は、どちらかというとラシーダ寄りだ。あまり人込みがする所は苦手であった。
「なるべく空いてる所にしようぜ。お、あそこなんかどうだ?」
天馬が指し示した店は欧米によくあるオープンテラス席があるタイプで、スペイン料理を出す店のようだったが、まだそこまで席が埋まっていなかった。今ならある程度選んで座れそうだ。小鈴もどこか特定の料理が食べたいというのは無かったようなので、昼食はそこで摂る事に決まった。
別に不味いから空いていた訳ではなく単に穴場的な場所だったようで、パエリアやチョリゾなど典型的なスペイン料理を堪能できる店であった。
そこでひとしきり料理を堪能したあと(エジプトでもそうだったがラシーダは割と小食のようであった)、まずはと古代ギリシャの会議場や市場などの遺跡が点在する『アテナイのアゴラ』に向かう。
そこは半ば自然公園と一体化している様子で、森の中に様々な遺跡や小さな博物館、展示場などが点在していた。基本的には神殿や集会場などの公共施設の遺跡が多いようだ。
「ここで民主主義の祖とも言われるエクレシアが開かれていたのですね……。そしてかのソクラテスもこのアゴラを拠点にしていたとか」
シャクティがうっとりした様子で遺跡の空気を満喫していた。
「ふぅん、随分保全状態が良いのね? 赤茶けた砂漠の只中にある遺跡しか見た事がなかったから、こういう街中の綺麗な森の中にある遺跡というのは新鮮ね」
ラシーダも感銘を受けた様子で展示物を眺めていた。天馬と小鈴も無論、最初は初めて見る歴史的な世界遺産を興味深げに見回っていたのだが……
「……小鈴、気付いてるか?」
「ええ、微かだけど魔力を感じたわ。この近くに進化種がいるわね」
観光に気を取られていたシャクティ達は気付かなかったようだが、常にアンテナを張り巡らせている天馬と元々感覚が鋭い小鈴は、その僅かな違和感に気付いた。因みに2人はまだ気づいていない。
小鈴がどうするのか目線で問い掛けてくる。天馬は溜息を吐いた。観光を楽しんでいるシャクティ達に水を差すのも気が引けるが、観光はあくまでついでに過ぎない。本来彼等の目的は異なるのだ。
「おい、2人とも。一旦気持ちを切り替えろ。どうも近くにプログレスがいるようだ。そうと解ったら放置は出来ねぇ」
「……!!」
天馬に言われて彼女らは目を瞠るが、一旦意識して探ってみるとすぐに解ったようだ。2人共少しバツが悪そうな表情になった。
「……いつの間にか私自身が浮かれてたら世話ないわね」
「うう……す、すみません。お恥ずかしいです……」
2人が自省するが、天馬は肩を竦めて苦笑した。
「まあ常に気を張ってても疲れちまうしな。そういうのは得意な奴がやればいいだけさ。適材適所って奴だ」
「そうそう。気にしなくていいわよ。私だって苦手な分野では2人の事を頼っちゃうし」
小鈴も同意して口添えしてくれる。折角何人も仲間がいるのだから、足りない部分は補完し合えば良いだけだ。
シャクティ達もようやく気を取り直してくれた所で、件の魔力を追跡する運びとなった。プログレスと思われる魔力は移動しており、アゴラを抜けて南下している様子であった。
「私達に気付いたのかしら? 結構早いスピードよね?」
小鈴が眉をしかめるが、天馬はかぶりを振った。
「いや、どうかな。元々南に向かって進んでるようだったからな。俺達に気付いて進路を変更した形跡がない」
とりあえず今の状況で解る事は多くない。そのまま追跡を続ける天馬達だが、プログレスと思われる反応は途中でぴったりと足を止めた。
「この先にはアテナイのアクロポリスを一望できる『フィラパポスの丘』という広大な自然公園があるのですが、恐らくプログレスはそこで止まっているようです」
「私達に気付いていないとすると……誰かとの待ち合わせとかかしら?」
シャクティの説明にラシーダも眉を上げて疑問を浮かべた。
「解らん事を考えても仕方ない。待っててくれるってんなら遠慮なくご厚意に甘えさせてもらおうじゃねぇか。とにかく最大限の警戒と索敵は怠らずに近付くぞ」
天馬の言葉に他の3人も頷く。そして彼等も街を通り抜けてフィラパポスの丘に到着する。広い自然公園はまだ日中だと言うのに、不自然に人影が殆どなかった。
「この時間帯に街中にある公園に誰も居ないのは不自然ね。プログレスの『結界』と見て間違いなさそうね」
ラシーダが断定するまでもなく、公園内に漂う魔力の性質からしても『結界』が張られているのは間違いない。そしてプログレスが『結界』を張るのは基本的に戦闘を行う時だ。
「……誰かがプログレスと戦ってる?」
「え……でも、誰が? 私達は全員ここにいますし……」
小鈴の戸惑いにシャクティも疑問符を浮かべる。ただの人間がプログレスと戦えるはずがない。戦えるとしたらディヤウスだけのはずだが、天馬も仲間達も全員この場にいる。いや……
「ははぁ……解ったぞ。アリシアだな。俺達より先に到着してたらしい」
「あ……!」
天馬が口の端を吊り上げると、小鈴とシャクティは合点がいったという風に頷いた。確かに彼女とはこのアテネで合流する手筈になっていた。この状況で他にディヤウスがいるとしたら彼女しか考えられない。
「へぇ……噂のアメリカンディヤウスさんね? 会うのが楽しみだわ」
一方まだアリシアと面識がないラシーダは言葉通りの表情で笑う。一応同じ『大人の女性』という事で若干対抗意識のようなものがあるらしい。
事情が解って少し安心した一行は、それでも周囲への警戒は怠らずに反応がある地点まで急ぐ。そしてその現場である森の木々が開けた広いスペースに到着した天馬達。しかし……彼等はそこで予想とは異なる光景を見る事となった。
「な……」
「アリシア……じゃない!?」
そこではアリシアとは全く異なる女性が、まるで悪魔のような生物と戦っていた。あの悪魔がプログレスのようだ。どうやらこの欧州ではプログレスはあのような姿になるらしい。だが天馬達の目線と意識は完全にそれと戦う茶色いショートヘアの女性の方に釘付けとなった。
「な、何、あの格好……?」
小鈴が呆然と呟く。その女性は光り輝く小剣と小盾を巧みに扱ってプログレスと戦っていた。恐らくあの剣と盾が女性の神器なのだろう。それは解る。だが問題なのはその女性の纏っている衣装だ。
まるで古代から脱け出してきたような露出度の高い鎧姿であったのだ。まさかあんな格好で街中を走って来たのだろうか。
天馬達が揃って唖然としている間にも戦いは進む。悪魔のようなプログレスはその掌から炎や電撃、時には氷柱のような物を撃ち出して攻撃してくる。だが戦士姿の女性は左手の盾を巧みに操ってそれらの攻撃を全て受け止め、振り払う。そして……
「……!」
天馬は目を瞠った。女性の剣が眩いばかりの雷光に覆われたのだ。剣を覆った雷光は敵の身体を容易く焼き切る切れ味を与え、そして止めの一撃とばかりに女性が剣を薙ぎ払うと、その軌跡に合わせて雷光が広がり、プログレスを包み込んで抵抗の間さえ与えずに焼き尽くした。
「…………」
剣に纏わせた雷光による攻撃というのは、どうしても天馬に『嫌な記憶』を思い起こさせた。あの女性の戦い方は、日本で天馬の父親を殺し茉莉香を連れ去ったあの我妻という男のものに似ていた。
無論2人の間に何の関係も無いだろうという事は、頭では解っていたが。
「す、凄い。プログレスを難なく倒しちゃいましたよ……?」
「強い、わね。それにあの鎧のような姿は……」
シャクティとラシーダが囁き合っている。確かに強い。単体のプログレスを倒すだけなら無論ここにいるメンバーも全員できるが、となるとあの女性は天馬達に全くひけを取らない実力を持っている事になる。
「……正直このパターンは予測してなかったわね」
「まあ、な……」
小鈴の呟きに天馬も同意する。この女性は間違いなく天馬達が捜しに来た、アテネにいるというディヤウスだろう。既に覚醒済みというのは確かに初めてのパターンだ。そして独力でプログレスとの戦いも経験しており、高い戦闘能力も持っている。
仲間に出来れば確実に即戦力となるだろう。




