第1話 アテネ到着
アテネ国際空港はギリシャの首都アテネの郊外の平野部にあり、街へは電車やバスなどの交通機関を使って移動するのが一般的だ。アテネのみならずギリシャ全体の玄関口として機能するこの空港には、国内便だけでなく国際便も数多く発着している。
そしてこの日もアフリカのスーダンからの国際便がアテネ国際空港に到着した。
「……ようやく着いたな。我ながらよく無事に辿り着けたもんだぜ」
飛行機から降り立った天馬はターミナルビルの通路で思い切り伸びをした。隣には仲間であるラシーダ、小鈴、シャクティの3人も並んでいるが、彼女らも一様に疲れた表情を隠さなかった。
「全くだわ。とにかく移動移動で、流石に私でもウンザリしちゃったし……」
「で、でもエジプトの警察から逃れる為だから仕方ないですよ」
首を回しながら愚痴る小鈴に、同じように疲れた様子ながらシャクティが慰労する。
『王家の谷』でマフムードを討った彼等は、そのまま逃げるように当初のラシーダの提案通りにエジプト南の国境沿いにあるアブシンベルの街を目指して南下を続けた。
カイロの空港はまだテロの影響で警備が厳しかったし、他の大きな都市も下手に空路を利用するとどこで検問に引っかかるか分からないので、天馬とラシーダが最初にそうするつもりだったように、道行く適当な車をラシーダがその目立つ外見で引き留めて、運転手をディヤウスの力で洗脳。
同じようなやり方で何回か車を乗り継いで、数日かけてようやくアブシンベルまで到着したのであった。
その後は国境の検問を避けて街道を逸れ、砂漠を渡って国境を越えた。そしてスーダンの最北にあるワジ・ハルファという街に入った。そこからエジプトの時と同じやり方で何度も車を乗り継いで(ヒッチハイク役は女性3人が交代で受け持った)、スーダンの首都であるハルツームに到着。
スーダンではギリシャへの直通便が出ているのがハルツームしかなく、ハルツームの空港から今ようやくアテネ国際空港へ到着したのだった。
「私は……正直、しばらく旅行は懲り懲りね。元々ルクソールから殆ど出ずに生活してたし、流石にちょっと疲れたわ」
ラシーダがその大人びた美貌を顰めて、ベンチに座り込んで溜息を吐いていた。旅行できるような身の上ではなかった事もあって、旅そのものに慣れていないようだった。そんな彼女の初めての国際旅行がコレでは、確かにウンザリしてしまうのも致し方ない。
「ああ、そうだな。今日はもうこのままホテルを探して休もうぜ。アリシアもまだ来てないみたいだし、仲間探しは焦ってもどうにもならないしな」
「賛成」
小鈴が短く首肯する。シャクティとラシーダも勿論異論はなかった。
結局その日は空港からアテネまでの途上にあるスパタという小さな村で宿を取った。モーテルのような小さなホテルであったが、地中海で獲れる海の幸と野菜をふんだんに使ったギリシャ料理が意外に美味しく、またラシーダによるとウーゾというこの国独特の酒も美味しかったらしく、一行は揃って舌鼓を打った。
そして部屋割りに関してはラシーダが年長者の貫禄で、また喧嘩になりかけた小鈴とシャクティの首根っこを掴んで(勿論比喩的な意味だが)、強引に男女別に割り振ってくれた。どうやら彼女はすぐに3人の関係性を見抜いたらしい。
別れ際に、私に任せておきなさいと言わんばかりに片目を瞑るラシーダに、天馬は苦笑しつつ目線だけで礼を伝えるのであった。
「ここがアテネか。しかし何だか同じような街並みばかりだな」
翌日にはホテルを発って、一行はその日の昼前には首都アテネに到着していた。アテネの中央広場でタクシーを降りた天馬が、周囲の街並みを見回しながら呟いた。
とりあえず目視できる範囲に高層ビルの類いは一軒もなく、殆どが白い3、4階建ての集合住宅のような建物ばかりであった。一階部分が商店などのテナントになっている建物が多く、商店単独の建屋は殆ど見当たらなかった。
「そうですね。ギリシャもそうですが、欧州は全体的に街の景観に対する規制が厳しいらしくて、高層ビルはかなり少ない傾向にあります。ギリシャは観光立国であり他の産業がそれほど発達していない事と、経済的に豊かとは言えない財政状況など様々な理由が重なって、特にその傾向が顕著のようですね」
シャクティが例によって観光ガイドのような口調で説明してくれる。尤も自国が経済的に困窮している事を話す観光ガイドなどいないであろうが。
「ネットやテレビなんかで見た事はあったけど、本当に路駐が多いのね。さっきタクシーで通ってきた道なんか、両側にズラーっと車が並んでて実質一車線しか通れない道ばっかりだったわね」
小鈴も物珍しそうな様子で周囲を見渡しながら呟いている。確かに映画などでよく見るような路駐ぶりであった。どうやら欧米、特に欧州の人間は集合住宅に固有の駐車場を設けるという概念が無いらしい。
「だから自分のアパートの前にスペースが空いてないと、駐車スペースを求めて延々と近場を回る羽目になる事も珍しくないそうですよ」
「仕事から帰ってきて、更に駐車場を探すのか。随分非効率な気もするが……まあ他国の文化や価値観にケチをつけるのもなんだし別にいいか」
シャクティの補足に天馬は顔を顰めつつ、すぐに思い直して肩を竦めた。別に自分達に直接の害が無ければどうでもいい事だ。
「さて、無事にアテネの只中までやってきた訳だけど、この後はどうするの? 街の人に聞き込みでもするの?」
ラシーダが今後の方針を問う。彼女は仲間になったばかりで他のディヤウスの捜索は今回が初である。天馬たちは苦笑した。
「いやぁ、実は特に当ては無いんだよな」
「え……?」
ラシーダが何を言われたのか分からないという風に眉をしかめる。
「今までもそうだったんだけど初見のディヤウス同士には、ある程度近い範囲にいると自然と引き合う性質があるらしいのよ。今回もそれが当てといえば当てって事になるわね」
「な……そ、それじゃ全くの無計画って事?」
小鈴の言葉に目を瞠るラシーダ。まあ初めて聞いたらそういう反応になるのも当然だ。あまりにもアバウトだ。
「気持ちは分かるが、今までそれで何とかなってきたんだ。アンタと最初に出会ったカルナック神殿だって、別にアンタを探して行った訳じゃない。ただ観光していただけだ。なのに俺達はピンポイントにジャストタイミングで出会った。それがディヤウス同士が引き合う何よりの証明にならないか?」
「……!!」
自身の体験を例に取られた事でラシーダにもある程度の説得力があったようだ。確かにあのように場所や時間がぴったり一致して出会うなど余りにも出来すぎている。何らかの神がかった力が働いた結果という方がまだ納得しやすい。
「そう、ね……。あなた達との出会いを例に取られたら納得するしかないわね」
「そうですよ! なので早速これから色々と見て回りましょう! 折角アテネに来たのですから、見たい所がいっぱいあるんです!」
やや釈然としないながらも納得したラシーダに、シャクティが勢い込んで促す。観光旅行の方が比重が大きい様子の彼女にラシーダは少し頬を引きつらせるが、やがて諦めたように苦笑した。
「はぁ……何だか思ってたのと少し違うけど、まあいいわ。確かに相手の名前も容姿も職業も何も分からないんじゃ探しようがないし……。解ったわ。あなた達の方針に任せるわ」
ラシーダも納得した事で、一行はアテネ観光に繰り出す事となった。
「アテネと言えばやはり『アテナイのアクロポリス』は外せませんね! パルテノン神殿が有名ですが、他にも古代ギリシャの繁栄を象徴する神殿跡が数多く集っています。他にも古代ギリシャの市場や集会所を保全した『アテナイのアゴラ』も著名な観光スポットとなっています」
シャクティが生き生きと解説している。どうやら世界中の有名な観光地について調べていたようだ。
「遺跡は故郷で散々見たし、私はアクロポリス博物館にも行ってみたいわね。オリュンポス十二神の像が一度に見れるギリシャならではの博物館ね」
ラシーダも旅には興味があったらしく、案外乗り気で希望を述べる。
「今日ホテルの人に聞いたんだけど、アテネ中央市場にはヨーロッパ中の様々な食材が集まってて、それらを使ったレストランも豊富らしいわ。ここからも近いし、まずは腹ごしらえといきましょうよ」
アリシアほどではないが観光より食い気の小鈴が提案する。天馬は頷いた。
「まあ特に急いでる訳でも目的地がある訳でもないしな。アリシアが聖公会を説得してくれたらしくて金の心配はないから、中央市場から順番にあちこち回ってみようぜ」
この辺は特にどれかを選ばなければならない訳ではない。天馬自身は茉莉花を救うという目的があり本来は急ぐ旅なのだが、肝心のその戦力集めに関しては急いでもどうにもならないという現状がある。
なので急がば回れという訳でもないが、どうせ観光するなら全部回ってしまえばいいだけだ。幸い金の心配ならする必要はない。




