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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
エジプト ルクソール
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第19話 不穏の予兆

『ウボァァァァァァァァッ!!!』


 巨大ワニが大音量の苦悶の叫びを撒き散らす。狂ったように暴れ回る巨体に巻き込まれるのを避けて、天馬達は大きく距離を取った。頑強さが武器であったあの怪物がここまで苦悶する程の強烈な猛毒。ラシーダの溜めに溜めた渾身の一撃の成果だ。


 やがて狂乱していた巨大ワニの動きが止まると、その身体から黒い魔力の光が奔流となって爆発した。黒光が収まった時そこには、既に瀕死の体で身体中から血を噴き出して呻くマフムードが倒れていた。


 その姿はどう見ても演技ではなく、魔力も殆ど感じられなかった。決着だ。それを悟った天馬達はようやく戦闘態勢を解いた。



「おぉぉ……何故だ。何故、この私が……薄汚い外国人どもなぞに……」


 マフムードの目がラシーダに向く。


「『蠍』よ……。お前さえ奴等に味方せなんだら……」


「……私を追い詰めて、結果的に覚醒を促したのはあなた達でしょう。あなたは自分で自分の首を絞めたのよ」


 未練がましいマフムードをラシーダは冷徹に断じる。


「何故だ……。お前もエジプト人であろう。何故外国人共に媚びを売る。お前もこの国を破壊しようとする売国奴どもの仲間か……」


「国粋主義を貫くにはこの国は貧しすぎるわ。観光収入が無ければ今の生活水準は維持できない。あなたもそれは解っていたはずでしょう?」


 頭では解っていても感情がそれを受け入れられるかは別だ。マフムードはイデオロギーに傾倒して、いつしか現実が見えなくなっていたのだ。いや、或いはウォーデンとなった際に受け入れた邪神の種子が、その鬱屈した感情を増幅して制御不能にしたのかも知れない。


「この国を……ここに眠るファラオ達が統治していた頃のような、偉大な国家に…………」


 それがマフムードの最後の言葉となった。目をカッと見開いたまま、いつの間にか事切れていた。最後までエジプトを『偉大な国にする』妄執に取りつかれたままであった。


「哀れな人……」


 ラシーダはその遺体を憐憫の瞳で見下ろした。ある意味で自分の人生を狂わせた張本人とも言える人物であったが、その復讐を遂げた今となっては感じるのは哀れみだけであった。



「……終わったな。大丈夫か、ラシーダ?」


 天馬が歩み寄ってくる。ラシーダは彼に振り返って頷いた。


「ええ、私なら大丈夫よ、テンマ。それにシャオリンとシャクティも……改めてこれから宜しくね?」


「……! ええ、勿論よ。味方な分にはとんでもなく頼もしい能力よね。逆に敵だったらこんなに恐ろしい能力はないけど……」


「ほ、本当ですね。これからどうぞよろしくお願いします、ラシーダさん」


 小鈴とシャクティも、ラシーダの力を認めつつ歓迎の意を示した。



「さて……私達を追ってくる敵の首魁は倒した訳だけど、これからどうするの?」


 そのラシーダが天馬にこれからの行動を確認する。天馬は難しい顔でかぶりを振った。


「マフムードは倒したが、奴が出した指名手配は健在だろ。しかもマフムード自身もここで変死したとなりゃ、増々俺達に疑いの目が行くに違いねぇ。まあ実際に俺達が殺した訳だけどよ。だからどの道すぐにでもこの国を出なきゃならねぇが、アンタもその点については問題ないな?」


「ええ、もう未練はないわ。それは全部あの家や絵本と共に置いてきた。あなた達と共に世界のどこにでも行くわ」


 ラシーダは躊躇いなく首肯した。無理を言っている訳ではない。今の彼女にはこれからの冒険と戦いへの期待感と使命感の方が何倍も強かった。


「でも……この国を出るのはいいけど、次はどこへ行くの? アリシアも不在だし……」


 小鈴が少し困った様子で疑問を呈する。今まではアリシアが米国聖公会のシスターとして、主教のジューダスや聖公会との繋ぎ役を担っていた。その彼女がいないでは次の目的地も不明のままで、行動指針が無い状態だ。


「それともラシーダさんも仲間になった事ですし、いよいよ日本に戻られるという事ですか?」


 シャクティがやや複雑そうな表情で確認する。日本には天馬の想い人(・・・)が囚われており、その女性を助けるために天馬は戦っているというのは周知の事実であった。だがその天馬は苦渋に満ちた表情ながらかぶりを振った。


「いや、どうだろうな……。その『王』って奴がどれくらいのウォーデンやプログレスを抱えているかも判然としてない状況だ。少なくとも『王』を含めてウォーデンが数人いるだけでも確実に厳しい。まだ足りねぇはずだ」


 天馬は自身の感情とは別に、冷静にそう分析していた。あの時の我妻という男の口ぶりからしても、まだ他にも複数のウォーデンが奴等の仲間に加わっているのは間違いない。あの時点で我妻が天馬達にブラフをかます理由は何一つないからだ。


 天馬達は今までの3体のウォーデンを倒してきているが、それは全て多対一でその時点での全戦力を集中させての結果であった。敵にもウォーデンが複数いるとなれば、それだけで状況は一変してしまう。


「……こっちからアリシアに電話して聞くしかねぇな」


 彼女の番号は知っている。今までは互いがどんな状況か分からないので双方連絡は控えている状態であったが、少なくともこちらはエジプトでの用件は片付いた。次の指針を得る為にもアリシアとコンタクトを取らねばならない状況なので、この場合は致し方なしだろう。



 天馬は携帯を取り出してアリシアの番号に掛けてみる。何度か呼び出し音が鳴る。出なければ出ないで、とりあえず先にこの国から脱出だけは……


『……テンマか。どうした?』


 と、呼び出し音が切れて、電話越しにアリシアの声が聞こえた。電話に出られるという事はとりあえず向こうも問題ないという事だ。天馬は何故か少しホッとした。


「ああ、悪いな、アリシア。俺達のエジプトでの用件は済んだ。新しい仲間も加わった。次はどこへ向かえばいいのかと思ってな」


『……! そうか、よくやった。新たなディヤウスも無事仲間にしたのか。流石だな、テンマ』


「まあ俺だけの力じゃねぇがな。アンタはいつ戻って来られるんだ? そこで新しい仲間……ラシーダの事も紹介するぜ」


『それは楽しみだな。お前達に次に向かって欲しい場所は、実はもう指示されている。次は……ギリシャのアテネに飛んでほしい。そこにもディヤウスがいるはずだ』


「アテネか……。解った、何とか向かってみる。アンタはどうするんだ?」


『こちらの方はもう少しだけ時間がかかるが、用件が済み次第私もアテネに向かう。現地で会おう』

 

「ああ、解った。じゃあまたな」


『うむ、ではな』


 やり取りを終えた天馬は通話を切った。仲間達が全員注目していた。



「アリシアと繋がったのね? 元気そうだった?」


 この中では天馬に次いで付き合いの長い小鈴は、やはりアリシアの安否が気になっていたようだった。天馬は安心させるように頷いた。


「ああ。だが向こうのお偉いさん達とのゴタゴタがまだ続いてるらしくてゲンナリした様子だったけどな。それを除けば元気そうではあったぜ」


「宮仕えしてる人は大変よね。ディヤウスなのに可笑しいの」


 小鈴もアリシアの安否を確認できて安心したのか、可笑しそうに笑った。


「今、アテネって聞こえましたけど、次の目的地はギリシャですか!?」


 一方シャクティは早速目を輝かせて次なる地への興味を示している。天馬は苦笑しつつ頷いた。


「ああ、そうらしい。まあ、まずはこの国を警察に見つからずに無事に脱け出してからだけどな」


「ギリシャ……アテネ……。かの有名なアテナイのアクロポリスがこの目で直に見られるのでしょうか。楽しみです!」


 既にギリシャに行った気になって夢想しているシャクティの横で、ラシーダはもう少し現実的な事が気になったようだ。



「そう言えば他にも仲間がいると言っていたわね。アテネで会えるという事でいいのかしら?」


「ああ、そのはずだ。そこでアンタにも紹介するよ。アテネには新たなディヤウスもいるって事だから、アリシアも戻れば一気に戦力(・・)に厚みが増すぜ。そうなりゃ相手がウォーデンでも単体なら危なげなく勝てるようになるかもな。…………茉莉香、待ってろよ。もうすぐ迎えに行けるぜ」


「…………」


 ともすれば執着(・・)を孕んだような昏い瞳でそう小さく呟く天馬を、ラシーダはやや懸念を含んだ表情で見つめた。


 彼の当面の目的(・・・・・)は本人から聞いている。それを示されて理解した上で仲間になったのだ。なのであからさまな『戦力』扱いにも不満はない。


 しかし彼のその執着ぶりに若干不穏な物を感じ取り、ラシーダは言葉に出来ない不安を僅かに覚えるのであった……



*****



「ジューダス主教! これ以上シスター・アリシアに任せていては手遅れになります! 聖公会虎の子の『聖殺部隊』を投入するご決断を!」


 アメリカの首都、ワシントンDCに建つ米国聖公会の総本山とも言える総主教会。その中にある会議室ではジューダス以下、主だった司教達が集まった会議が紛糾していた。議題は『邪神勢力の浸食とその対処について』。そこには一シスターの立場ながら、インドから呼び戻されたアリシアも参加していた。


「馬鹿な! あの狂信者どもを使うと言うのか! 奴等は目的達成の為なら手段を選ばん。無辜の市民にどれだけの巻き添え被害が出る事になると思っている! それにウォーデン共はそれ程甘い相手ではない。例え『聖殺部隊』であろうと奴等を確実に殺せる保証などない。そうなれば奴等は聖公会にも牙を剥くぞ!」


 アリシアは過激な意見を口にするその司教――ダヴィドに向かって抗議する。ディヤウスとはいえシスターに反論されたダヴィドが顔を真っ赤にする。


「黙れ! お前達が遊んでおるせいであろうが! そもそもやはり最初からディヤウスなどに頼るべきではなかったのだ! 現に殆どのディヤウスが汚らわしい侵化種(ウォーデン)と成り果てて人間に仇なしておるではないか! お前が集めたというディヤウス共もいつ奴等に寝返るか……」


「ぐぬ……! テンマは邪神の種子などに屈したりはせん! それにウォーデンになるのは男のディヤウスのみだ! だから今我等は女のディヤウスのみを集めているのだ! 司教殿が邪魔(・・)をしなければ、その戦力集めももっと順調に進んでいるはずだったのだがな!」 


 ウォーデンへの堕落(フォールダウン)は最近になって解った事なので、現実に多くのディヤウスがウォーデンへと堕している現状にアリシアも強く反論できず、せめてもの嫌味を返すのみであった。



「その男が今後もウォーデンにならないという保証がどこにある!? 挙句の果てに小娘だけのおままごと集団で邪神共に立ち向かうだと? そんなピクニック(・・・・・)にこれ以上組織の経費は割けん! ダヴィド司教の言う通り、今からでも『聖殺部隊』を投入すべきだ!」


 ダヴィドではない他の司教が発言する。聖公会の経理財務を統括しているワグナー司教だ。それを皮切りに他の列席者たちもダヴィドやワグナーに賛同する者が出始める。 


(マズいな……)


 アリシアが内心で舌打ちする。聖公会にバックアップを打ち切られると、天馬達の旅が続けられなくなってしまう。ジューダス主教もそれに賛同するなら、新たなディヤウスの居場所も解らなくなり旅は完全に頓挫してしまうだろう。


 アリシアが何とかこの流れを変えようと、声を大にして発言しようとした時……



「もう良い! 静まれっ!」


「……!!」


 騒然となる会場にジューダス主教の一喝が響き渡る。当然会議室の視線が一斉に彼に集中する。


「……現実問題として例え『聖殺部隊』であっても、シスター・アリシアの言う通り邪神の眷属共を滅ぼせるとは限らん。失敗したときのリスクを考えれば迂闊な投入は出来ん」


「……!」


「邪神やその眷属共に最も有効な力を持つのは、やはり同じ超常の力を有するディヤウスのみだ。その事実も変わらん」


「し、しかし主教。現実に多くのディヤウスが忌まわしいウォーデンへと変貌している現状を鑑みれば……」


 ダヴィドが言い募るが、ジューダスは解っているとばかりに手を上げて遮る。


「解っている。だが女のディヤウスであれば邪神の侵食は免れるのであろう? ならばシスター・アリシアにはこれまで通り『世界十字軍』の結成に尽力してもらう。聖公会はその旅のバックアップを最優先に行う。これは決定事項だ」


 ジューダスの決定にアリシアはホッと胸を撫で下ろす。しかし当然納得がいかないらしいワグナーが手を挙げる。


「しかし異教徒の、ましてや女子供など本当に当てになるのでしょうか?」


「女子供かどうかは関係ない。ディヤウスかそうでないかの違いだけだ。試しにここにいる全員で、シスター・アリシアを取り押さえられるかやってみるか? その『女子供』のシスター・アリシアをな」


「む……」


 ジューダスの揶揄するような台詞に、ワグナーが苦虫を噛み潰したように押し黙る。アリシアは遠慮なくその助け舟に乗らせてもらう事にする。


「それは良い考えです、主教。どうだ、ダヴィド司教? 我らが信用ならんというなら、この場でディヤウスの力の一端を披露してやろうか?」


「ぬぅ……!」


 ダヴィドも忌々しそうに唸るが『実力行使』には出てこなかった。その姿を見てアリシアは久しぶりに胸のすく思いだった。



 こうしてアリシアの任務は継続される運びとなった。次の目的地がギリシャのアテネだと聞かされ、折よく天馬から掛かってきた電話でエジプトでの成功を知り、順調を喜ぶアリシア。だが彼女は会議の場でジューダスの決定が下された際に、ダヴィドやワグナー、そして彼らに賛同する一部の司教達が互いに目配せして頷きあっていた事に気づかなかった……


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