第17話 空間斬り
「ほざけ、小僧が。どのみち【外なる神々】に逆らう貴様らを生かしておく訳にはいかん。こうなれば我が力、直接その身で味わうがいい」
マフムードの身体から強烈な魔力が噴き上がった。これまで警察や人質などを使った姑息な搦め手に終始してきた男が、遂に自ら天馬達との交戦に乗り出したのだ。奴を同じ土俵に引っ張り出す事には成功した。だがある意味ではここからが本番だ。
「っらぁっ!!」
先手必勝。天馬は地面を抉るほどの踏み込みでマフムードに肉薄すると、『瀑布割り』の刃で奴の首を狙う。だがその瞬間まるで奴を守るように半透明のシャボン玉のような球体が出現した。そのシャボン玉は内部で空間が歪んでいるかのように揺らめいていた。
「……!」
天馬は本能的な危険を感じて攻撃を中断すると後ろに跳び退った。
『鬼刃斬!』
そして代わりに遠距離攻撃を仕掛ける。振り下ろした刃の軌道に合わせて真空刃が飛ぶ。だが真空刃は奴のシャボン玉に当たるとその中に吸い込まれるようにして消え、次の瞬間にはそのシャボン玉から全く同じ勢いを保ったままの真空刃が天馬に向かって射出された。
「うお……!?」
天馬は目を剥いて真空刃を躱す。躱した瞬間にそれが自分の放った技そのものだと気付いた。彼にはそれだけであのシャボン玉が何なのか推測できた。
「てめぇ……それは空間を歪めるとかそういう類いの力って訳か?」
「ほぅ、今の攻防だけでそれを見抜いたか。やはり貴様は危険だ。だが……解った所でどうなる物でもないがな」
マフムードは特に動揺する事もなくあっさりと認めた。その態度は強がりではないようだ。何故なら奴は魔力を高めて同じようなシャボン玉をいくつも作り出して、まるで自分を守る『バリア』のように周囲に展開させてきたのだ。
「……!!」
「ふぁはは、これで貴様らの攻撃は私には決して届かぬ。貴様らの放った攻撃は全て貴様ら自身に跳ね返るのみよ」
マフムードが哄笑する。カルナック神殿でも空間を歪めた『結界』を作り出してラシーダや天馬達を閉じ込めた。奴はこうした空間を歪める力を得意とするようだ。
「ふふ、その割には随分隙間の大きいバリアね」
ラシーダが妖艶に笑うと、自身の鞭『セルケトの尾』を振るう。神器となった鞭は使い手の意を汲んでまるで生きているかのように自在に蠢いて、浮遊するシャボン玉群の合間を縫うようにしてマフムードを直接狙う。
「馬鹿め!」
「……!」
だがマフムードが手を翳すとシャボン玉群もその意を汲んで空中を滑るように動き『セルケトの尾』を妨害する。ラシーダが鞭の軌道を変えても、それに合わせてシャボン玉も動くのでマフムードの元に到達できない。
「くそっ……!」
勿論奴がラシーダの鞭に気を取られている間に小鈴やシャクティも攻撃しようとするが、シャボン玉群もまた独自の意思を持っているかのように、明らかにマフムードの死角もカバーするように動いて小鈴達を牽制する。
「ち……厄介ね」
ラシーダが舌打ちして鞭を一旦戻す。今の彼女には広範囲の毒霧など攻撃手段もあり、それならばあのシャボン玉群を通り抜けてマフムードを攻撃できるかも知れないが、生憎無差別なので天馬達も巻き込んでしまう危険性が高い。
あれだけの数のシャボン玉を自在に、しかも半自律的に動かせるとなるとまともな手段ではマフムードに攻撃が通らない。ある意味これ以上ない鉄壁の防御だ。
「き、気を付けて下さい! 奴の力は防御だけではありません!」
「……!」
シャクティの警告。彼女や小鈴が実際に敗れているので何らかの攻撃手段を持つ事は確実だろう。天馬達が警戒するのと同時にマフムードが、更に大量のシャボン玉を作り出してそれを天馬達の周囲に展開させてきた。
「……!? こいつは……」
「死ぬがいい、愚かなディヤウス共よ!」
マフムードは自身の周囲に漂うシャボン玉の1つに手を翳した。そしてそこに魔力の塊のような光弾を撃ち込むと、天馬の真後ろにあるシャボン玉から同じ光弾が高速で射出された!
「っ!? ちぃ……!」
天馬は咄嗟に身体を捻るようにして魔力弾を躱すが、光弾はそのまま直進して進路上にあった別のシャボン玉の中に入ると、今度は天馬の斜め前に浮遊するシャボン玉から光弾が射出される。
「ふっ!」
今度は対処が間に合って、刀を一閃して魔力弾を斬り払う事に成功する。
「ほう、やるな。ではこれならどうだ?」
マフムードは次々と連続して魔力弾を撃ち込んでくる。奴が撃ち込んでいるのは目の前の同じシャボン玉のみだが、それの出口は全て異なっており、文字通り四方八方ありとあらゆる方向に浮遊するシャボン玉から奴の魔力弾が不規則に飛んでくるのだ。
いや、魔力弾は天馬だけではなく側にいるラシーダにも容赦なく襲い来る。天馬は卓越した体術での回避や斬り払いで辛うじて対処できていたが、ラシーダはそうは行かず『セルケトの尾』を振り回してその半自律的な防御で何とか凌いでいる状態であった。
「くっ……!」
ラシーダの美しい面貌に苦渋の色が浮かぶ。『セルケトの尾』の自動防御もそう長く持つ訳ではない。早晩限界が訪れるだろう。
「天馬! ラシーダ! この……!」
小鈴が天馬達の状況に歯噛みして何とかマフムードを攻撃して牽制しようとするが、シャボン玉は奴の周囲にも沢山浮いており、あれらを掻い潜っての攻撃が出来ない。下手に仕掛ければ先の敗戦と同じように自爆するだけだ。
「ど、どうしたら……!」
シャクティも同じ状況で『女神の舞踏会』で光のチャクラムを作り出したはいいが、そのチャクラムが自分に跳ね返ってくるかもしれない恐怖によってマフムードを迂闊に攻撃できない。
「ふ……貴様らはそこで指を咥えて、あの男が死ぬ所を見ておれ」
「……っ!」
盛大に侮られても小鈴達にそれを覆す手段はなかった。一方で天馬達の方も、天馬はまだ何とか対処できていたがラシーダが限界に近付きつつあった。このままではマズい。
(ち……悠長に対策を練ってる余裕は無さそうだな……!)
天馬自身も敵の攻撃を捌くので精一杯だ。死角からの連続攻撃は彼をして長時間捌き切れるものではない。
これほどの力を持っているマフムードが警察や人質などの搦め手を使っていたのは、全て天馬を警戒しての事だったはずだ。つまり彼なら奴の力を破れる可能性があるという事だ。
そこで思い出したのはカルナック神殿でマフムードの『結界』を破った時だ。あれによって天馬が奴の警戒対象になったのは間違いない。あの時は奴の支配する空間を両断した。
そして今周囲に漂うこのシャボン玉も基本的には奴の操る空間であるはずだ。
「……!!」
目の前が開けたような気がした。打開策が見えたのだ。そして今は悠長に検証している暇がない。
「……やるしかねぇな!」
無念無想。一瞬だけ天馬の頭からラシーダの事も含めて全ての雑念が消えた。今彼の世界には目の前や周囲にあるシャボン玉群だけが存在していた。限界まで神力を高め研ぎ澄ませる。
当然そんな彼にも魔力弾が飛来する。しかし彼は目を閉じたまま動かない。ラシーダが青ざめる。
「テンマ、危ないっ!」
「――――ふっ!!」
ラシーダの悲鳴と天馬の呼気が重なった。天馬はカッと目を見開くと一気に刀を振り抜いていた。彼の刀は撃ち込まれた魔力弾を切り裂き……更にその魔力弾を撃ち出したシャボン玉をも同時に両断していた。
『瀑布割り』で斬断されたシャボン玉が、文字通り泡のように弾けて消滅した。
「な…………」
ラシーダも、そして小鈴もシャクティも、一様に驚愕した目で天馬を見やる。あの歪められた空間そのものであるシャボン玉を切り裂いて消滅させたのだ。絶対不落の防御が崩された瞬間であった。
「き、貴様……!」
だがやはり最も驚愕しているのは、自身の能力を破られたマフムード本人であろう。目を剥いて狂ったように魔力弾を撃ち込んでくる。ランダムにあらゆる方向から襲い来る魔力弾。だが天馬に微塵も恐れはない。
「ラシーダ、続け! 俺が道を開く!」
「……! ええ、解ったわ!」
魔力弾と、それが撃ち出される元であるシャボン玉を斬り払いながら天馬がマフムードまで一直線に走る。ラシーダは安全になったその後ろを付いて走るだけで良かった。
「おのれ、調子に乗りおって! ならば『蠍』を狙うまでだ!」
マフムードがターゲットを変更してラシーダを狙おうとしてくる。そうなれば彼女を庇う為に天馬は足を止めざるを得ない。だが……
「させませんっ!」
「私達を舐めるのもいい加減にしなさいっ!!」
シャクティと小鈴がそれぞれ『ドゥルガーの怒り』や気炎弾をマフムードに撃ち込んで牽制する。勿論それらの遠距離攻撃は全て奴の周囲を漂うシャボン玉に吸い込まれて撃ち込んだ本人達に牙を剥くが、最初から跳ね返されると解っていれば対処のしようもある。
真っ直ぐ自分に向かって飛んでくる自分の技を彼女達は横に跳び退って躱す。半自律とはいってもやはり魔力は消耗するし、僅かとはいえマフムードの意識を小鈴達の方に逸らす効果があった。勿論その僅かな隙を逃す天馬ではない。
「鬼神崩滅斬!!」
気合と共に更に踏み込みのスピードを上げて、刀を縦横無尽に振り回す。それは正確にマフムードの周囲を覆うバリア替わりのシャボン玉群を切り裂いて消滅させていく。
「ラシーダッ!!」
「任せてっ!」
天馬に後を託されたラシーダは『セルケトの尾』を力一杯振りかぶる。
「ぬぅぅぅ!! この、塵芥どもが……!!」
マフムードは咄嗟に後ろに下がって距離を取ろうとするが、もう既に奴はラシーダの間合いの中だ。
『テラー・ニードルッ!!!』
『セルケトの尾』は完全に獲物を狙う捕食者の動きとなってマフムードを追尾。強力な致死毒を秘めた鞭の先端はまるで鏃のように尖り、狙い過たずマフムードの胴体に突き刺さった!




