第13話 待ち伏せ
『鬼神崩滅斬!』
天馬の「瀑布割り」がまるで分裂したかと錯覚するような速度で縦横に煌めく。それによって目の前の蜥蜴頭のプログレスが細切れになって消し飛ぶ。これで『包囲網』を形成していたプログレスは倒した。天馬は一息吐いて刀を収めた。
「ふぅ……ラシーダ、もういいぜ」
天馬が声を掛けると、物陰に隠れていたエジプト人美女……ラシーダが怖々と姿を現した。
「も、もう終わったの? 流石というべきかしらね」
ラシーダは呆れとも付かない溜息を吐く。やはり天馬の強さは本物だ。彼は軽く肩を竦めた。
「まあプログレス一体くらいならこんなモンだ。この分なら小鈴やシャクティも無事に脱出できただろ。あとはエドフまで突っ走るだけだが、流石に走っていける距離じゃないだろ? 何か移動手段の当てはあるのか?」
「そうねぇ。警察にも追われてる事を考えるとあまり大胆な移動手段は使えないわね。一番いいのはヒッチハイクだと思うけど、私達を乗せてエドフまで走ってくれる車があるかどうか……」
ラシーダは再び色っぽく溜息を吐く。マフムードが自分達の情報をどこまで警察に開示したかにもよるが、顔写真や画像、似顔絵などが公開されていると行動範囲は一気に狭まる。幸いというかこの国にそこまで外国人観光客は珍しくないとはいえ、やはり東洋人の天馬は目立つし特定されやすい。
運転手に不審を持たれたらヒッチハイクも難しいだろう。だが天馬は問題ないという風に頷いた。
「ああ、それなら大丈夫だ。ディヤウスは神力で人間の精神に干渉する力があるからな。まずアンタが車を停めて、俺が素早く出てきて運転手を洗脳するってやり方でいくか。アンタがヒッチハイクすりゃ車を停める男は多いだろ」
「洗脳って……そんな事も出来るの?」
ラシーダは驚きを通り越して呆れてしまう。それではこっちが悪人みたいだ。
「相手は理屈が通じる奴等じゃないからな。こっちも手段は選んでられないだろ。まあ洗脳っても一時的な物だし、何か後遺症が残るとかもないから安心していいぜ」
その邪神達の勢力と長く戦っている彼の言う事が正しいのだろう。ラシーダは頷いた。
「仕方ないわね。それで行きましょう」
合意した2人は路地を抜けて車がまばらに通る郊外の道路目指して進んでいくが、途中で天馬が足を止めた。
「どうしたの? 道路までもうすぐ――」
「……そこに誰かいるな? 出てきやがれ」
「……!」
天馬の視線は前方にある、元は民家だったと思われる廃屋に向いていた。ラシーダも慌ててそこに向き直る。するとその廃屋から3人程の人間が出てきた。全員エジプト人の男だ。当然このタイミングでこんな所から出てきて、しかも天馬の様子を見る限りただのホームレスや暴漢などではないだろう。
「くふふ……『蠍』を捕らえてマフムード様に献上できれば大手柄だ。組織の最高幹部としてあのお方の推薦を得て、公正党の議員にもなれようというもの」
「……ッ!」
3人のうち、中央の男の視線がラシーダを射抜く。不気味な視線に射抜かれた彼女は謎の寒気を感じて身震いした。間違いなくこいつらは人間ではない。先程の台詞からもマフムードの手先である事が確定だ。
「へっ、プログレス3体で俺を止められると思ってんのか? まとめてなます切りにしてやるぜ」
天馬が好戦的に笑うと再び亜空間から『瀑布割り』を取り出して構えた。それに対して中央の男は何と1人で進み出てきた。
「ふん……ディヤウスの力を得ただけの調子に乗った小僧が。俺をただのプログレスだと思うなよ……?」
男の身体から魔力が噴き出て周囲に『結界』を張り巡らせる。そして同時に男の身体が変化していく。
異形の爬虫類の頭部。だが蜥蜴とも蛇とも違う。そして更に特徴的なのが、背中が急激に盛り上がってまるで凸凹の甲羅のような形状になった。そのフォルムは同じ爬虫類でも……
「……カメ?」
ラシーダは思わず呟く。そう、それは2メートルを超える亀と人間が合わさった化け物のような姿のプログレスであった。今までに遭遇していないタイプだ。だが天馬の中に恐れはない。
「はっ! 随分鈍くさそうな奴だな! 俺の攻撃が受けられるのかよ!」
天馬は先手必勝とばかりに凄まじい速度で踏み込むと、一気に亀男に袈裟切りに斬り付ける。胴体を斜めに斬り付けられた亀男。今までのプログレスなら下手するとこれだけで決着していた。だが……
『ふんっ!』
「……!」
亀男がその剛腕を振るって天馬を殴りつける。天馬は危うい所でそれを躱して跳び退った。
「てめぇ、その身体は……!?」
天馬の斬撃によって切り裂かれたのは服だけで、その下から亀男の身体が露出した。その身体は背中の甲羅だけでなく、身体中が硬そうな甲殻に覆われていたのだ。腕や脚もだ。天馬の斬撃も防ぐとなればその硬度は相当なものだ。
『くふふ! 貴様のそんななまくら、我が身体に傷1つ付けられんわ!』
亀男が嗤うと、今度は向こうから突進してきた。亀というと鈍重なイメージがあるが、それを覆すまるで砲弾のような勢いと速度だ。
『かぁっ!!』
亀男が上段から拳を打ち込んできた。天馬は横に跳んでそれを躱すが、直後に彼が立っていた地面に亀男の拳がめり込んだ。
「……!」
地面が大きく抉れて衝撃波と共に土砂が勢いよく飛び散る。相当な威力だ。まともに受けたら天馬といえども只では済まないだろう。だがそれならまともに受けなければよいだけの話だ。
「ふっ!」
天馬は飛び散る土砂を弾き飛ばしながら、逆に自分から亀男に接近する。攻撃こそ最大の防御だ。
『鬼神崩滅斬!』
先程プログレスを斃したのと同じ連続技で、息つく間もない勢いで連撃を放つ。亀男は咄嗟にガードの体勢になり……なんと天馬の技を全て弾いてしまった!
「んだと……!?」
『貴様のなまくらなど効かんと言ったはずだ!』
亀男が哄笑しながら再び剛腕を振るってきた。技を出した直後の硬直を狙われた天馬は、回避が間に合わず咄嗟にガードの姿勢を取る。そのまま亀男の薙ぎ払いがヒットし、天馬の身体が地面と並行に吹き飛んで石造りの建物の壁に激突した。
「テ、テンマ……!?」
ラシーダは思わず目を剥いて叫んだ。だが直後に崩れた建物の瓦礫の中から影が飛び出した。天馬だ。無事だったようだ。ラシーダはホッと息を吐いた。
『ほぅ、小僧。そこそこタフなようだな。だが貴様の攻撃は俺には通じん。無駄な足掻きはやめて、さっさと俺に殺されるがいい!』
亀男は追撃で天馬に向けて再び突進する。だが天馬も受けには回らない。彼もまた亀男に果敢に向かっていく。
『馬鹿め!』
「馬鹿はてめぇだっ!」
亀男が巨拳を打ち込んでくるが、天馬はそれを最小限の動きで躱す。そしてすれ違いざまに刀を一閃。すると……
『何ぃ……!?』
亀男の肘関節の辺りが斬られて出血していた。あの鬼神の連撃を食らってもビクともしなかった鉄壁の防御が、何の変哲もない斬撃で破れたのだ。
『貴様……!』
亀男は怒り狂って拳を振り回すが、天馬は軽快な動きでそれを避けつつ刀を振るっていく。その度に亀男の出血が増えていく。奴が出血しているのは主に関節部分のようだ。
「へっ、もうてめぇの動きは見切ったぜ。どんなに強固な装甲でも、関節まで全部覆っちまう訳には行かねぇよな? そんな事したら自分が動けなくなっちまうからな」
『……っ!』
つまり天馬は動き回る亀男の関節部分だけを狙って斬りつけていたという事か。恐るべき身のこなしであった。ディヤウスの力だけではない。彼が元々培ってきた鬼神流の成果が遺憾なく発揮されていた。




