第5話 迷宮での邂逅
「こいつはマズいな……。インドの時と同じで、俺達が来た事が事前に察知されてやがったのか?」
「で、でも私達がこのカルナック神殿に来ると決めたのはついさっきよ? 必ず来ると決まってた訳じゃないし、そこにこんな手の込んだ罠を張っておくものかしら?」
天馬が舌打ちすると、小鈴は動揺しながらも疑問を呈する。確かにそれも腑に落ちないと言えば落ちない。だがそれを考えるのは後でもいいだろう。
「まあ考えるのは後にしようぜ。今はとにかくここから脱け出さないとな」
「しかしこのまま闇雲に歩いても脱け出せる気がしません。かなり強力な『結界』のようです」
既に10分くらい歩いているのに一向にこの大列柱室から出られないので、明らかにこの空間がループしている。確かに並大抵の魔力ではない。
「もしかしたら脱け出す方法があるのかも知れませんが、生憎初見なのでその見当が付きません」
「だとすると一番手っ取り早くて確実なのは……この『結界』を張ってる奴を見つけ出してぶっ倒す事だな」
それしか考えられない。如何にウォーデンでも外から相手をループする結界に閉じ込めてしまうなんてチート能力が使えるとは思えない。必ずこの結果内のどこかにはいるはずだ。
「でもどこに? もう大分歩き回った気がするけど……」
小鈴も途方に暮れた様子で辺りに視線を巡らせる。巨大な石柱で形作られた回廊が延々と続いている。何とも非現実的な空恐ろしくなる光景だ。
「とりあえず魔力感知の精度を最大まで高めて、僅かでも魔力が高くなっている場所に向かって歩くぞ。限界まで集中を高めろ」
「わ、解りました」
他に方法がない以上選択肢もない。3人ともディヤウスの神力を高めて、結界内に漂う魔力の源を手繰る作業を開始する。だがいくらも進まない内に……
「……!」
天馬は目を見開いた。小鈴とシャクティもすぐにソレに気付いた。
足音だ。人が走っているような足音が聞こえる。それも徐々に大きくなってきている。それは足音がこちらに向かっている事を示していた。
天馬は目線だけで仲間達に合図してから身構える。念の為まだ神器は出さないが、いつでも出せるように準備はしておく。頷いた小鈴達も同様に身構えて足音を待ち構える。
そして……遂にその足音の主が回廊の先から姿を現した。
「「……っ!?」」
天馬達も、そして現れた人物も、どちらも一瞬互いの姿を見て驚愕で固まった。
現れたのは綺麗に切り揃えられたセミロングの髪型が特徴的な若い女性であった。年の頃は20代半ば程か。現地のエジプト人のようでオリエンタルな美貌が人目を惹いた。だが……天馬達がその女性を見て驚いたのは、女性が妖艶な雰囲気の美女だったからではない。
(こいつ……ディヤウスか!?)
それも未覚醒のディヤウスだ。かつて覚醒前の小鈴やシャクティを初めて見た時と同じような感覚だったので間違いない。その2人も同じように目を瞠ってその女性を注視していた。
街に着いて早々……という程でもないが、どうやら目的の人物と邂逅してしまったようである。
(ディヤウス同士の引き合う力、半端ねぇな……)
一瞬そんな事を考えてしまう程に出来過ぎた、唐突な邂逅であった。
「あ、あなた達……誰!? 奴等の仲間!?」
一方でそのエジプト人女性の方も天馬達を見て驚愕に固まっていた。いや、驚愕だけではなく警戒もか。事情はさっぱり解らないが、この女性は『敵』に追われているという事か。恐らくこの『結界』を張った奴だ。
「落ち着け! 俺達は敵じゃない! ここから出られなくなって困ってたんだ」
天馬は敵意が無い事を示すように両手を上げた。彼女が『敵』に追われていて警戒しているのだとすると、中国で小鈴に初めて出会った時と少し状況が似ているかも知れない。ならば余計な事は言わずにとにかく素早くこちらに敵意が無い事を示す必要がある。まずはそれをやらないと話が拗れるのは小鈴で実証済みだ。
「あなたもここに閉じ込められたの? 良かったら協力し合わない?」
小鈴も自身の経験で解っているのか、単刀直入に自分達の立場を説明して敵意が無い事をアピールする。シャクティは何も言わなかったが、目線と態度で天馬達に同意するように何度も首を縦に振っていた。
「奴等……じゃない? 確かに奴等が外国人と協力する訳がないし、じゃあ本当に巻き込まれただけ?」
女性は徐々に落ち着きを取り戻してきたらしく冷静に状況を把握する。ただそれとは別に天馬達が偶然この事態に巻き込まれた事が信じられないようだ。そしてすぐにかぶりを振った。
「駄目よ。あなた達が誰かは知らないけど、私は今とても危険な連中に狙われているの。奴等は元々容赦がないうえに、筋金入りの外国人排斥主義なの。巻き込まれただけという言い訳は通用しない。必ずあなた達を消そうとするわ。一刻も早くここから逃げなさい」
女性のにべもない態度に、しかしシャクティが情けなさそうな表情になる。
「いや、逃げろと言われても、そもそもここから出られなくて困っているんですけど……」
「そうだな。それに俺達はこう見えて、アンタの言う所の『危険な連中』相手は結構慣れてるんでね。とりあえず俺達はここから出たいし、アンタも追ってくる連中に対処したいだろ? だったらここは利害の一致って事で協力し合わないか?」
本当はそれだけでなく女性自身に用事があるのだが、それはこの場を切り抜けたあとに彼女の事情などを確認してからでもいいだろう。あまり最初から突拍子もない話をすると不信感を抱かれてしまうかも知れない。
それにシャクティの時もそうだったが、ディヤウスや邪神の話をする場合は、予め超常の力を見せておいた方が話がしやすい。恐らくここを脱出するに当たって、その力を披露する場面があるだろうと天馬は確信していた。
「協力って……あなた達に何が出来るの? 奴等は殺しのプロよ。それにこの『迷宮』を見たでしょう? 奴等は人知を超える魔術のような力を使えるのよ」
「勿論解ってるわよ。そういう奴等の相手も慣れてるって言ってるのよ」
見た目だけだと天馬達が余り頼りになるように見えないのは当然だ。不審を抱いた女性が重ねて警告しようとするが、それを遮るように小鈴が発言する。
「日本の諺で『百聞は一見に如かず』ってね。……どうやら早速それを実践する機会がやってきたみたいだぜ?」
「……!」
天馬の言葉に女性は慌てて振り返る。そしてその美貌を引き攣らせた。彼等の視線の先に4人程の男達がいた。全員が黒いローブとフードのような衣装で顔を隠している。見るからに怪しい風体だ。
「……さあ、もう逃げられんぞ、ラシーダ」
「我等と共に来るのだ」
「これ以上手間を掛けさせるな」
男達が不気味に呟きながら距離を詰めてくる。それに押されるようにして女性――ラシーダが後ずさる。
「い、嫌よ! 私はどこにも行かないわ! もう二度とあんな生活には戻らない!」
ラシーダの叫びに、しかし男達は肩を竦めるだけだ。
「お前の意思は関係ない。これは我等が『神』のご意思だ」
男達が容赦なく一方的にラシーダを捕らえようと迫ってくるのを、その間に立ち塞がる人影が遮った。勿論天馬達だ。
「おいおい、おっさん達。白昼堂々嫌がる女を誘拐ってのは戴けねぇな」
「この状況じゃどっちが悪者かは明白よね」
「ええ、それに色々な意味でこの女性を見殺しにする訳には行きませんので」
立ちはだかった3人を見て、男達は今初めてその存在に気付いたかのように瞠目した。
「何だ、貴様らは……?」
「邪魔立てする気か? 汚らわしい外国人風情が」
「どのみち見られた以上は消すだけだ。この場に居合わせた不運を恨め」
男達は一片の躊躇いもなく『居合わせただけの一般人』にも殺気を向けてきた。ラシーダの言っていた通りの連中だ。これなら遠慮が要らない分むしろやりやすいとも言えた。




