第19話 『沛艾』のナラシンハ
天馬の乾坤一擲の一撃は確実にナラシンハの身体に届いた。手応えを感じる天馬。
「ぐはっ!」
ナラシンハも傷口から血を噴き出しながらよろめいて後ずさる。
「やった……!」
それを見た小鈴達も歓声を上げる。だが天馬は当然ここで一気に勝負を決めるべく追撃する。しかし……
「……っ!」
突如としてナラシンハの身体全体から黒い光のようなものが噴出する。膨大な光の量でナラシンハの身体が完全に覆われて一時的に見えなくなってしまう程だ。いや、それは光だけでなく物理的な圧力さえ伴っており、天馬の接近を阻んだ。
『おのれ……下賤な者共が、身の程知らずにも我が身体を傷つけたな』
「……!」
黒光の中から怒りと怨嗟に満ちたナラシンハの声が聞こえてきた。ブラーでもかかったような奇怪な音声だ。天馬はこれと似た声を聞いた事がある。中国の成都市、あの鑿歯との闘いで奴が黒獣の姿になった時もこのような声になっていた。つまりこれは……
その瞬間、黒い光が爆発した。黒光の奔流が周囲に拡散し、天馬は思わず腕で顔をかばってその場で踏ん張る。数瞬後には光の奔流が収まり、天馬は即座に庇っていた腕を下げた。そしてすぐに目を見開いた。
「な……て、てめぇ、その姿は?」
『よくも……私にこのような醜い姿を晒させたな? 万死……いや、この世から貴様らの存在そのものを抹消してやろう』
「……!」
そこにいたのは、上半身はそのままナラシンハの姿であったが、その下半身は体長が軽く3メートル以上はありそうな、真っ黒い巨大な蜘蛛であった。身体中からあの黒い光で構成されていると思しき刺激毛がびっしりと生え並び、その顎には天馬の胴体も一撃で挟み込んで両断できそうな太い牙。そして目に当たる部分は血のように真っ赤に染まっていた。
巨大な蜘蛛の化け物の頭からナラシンハの上半身が生えている……。それが黒い光の中から現れた怪物の全容であった。
予想外の異形にさすがの天馬も一瞬動揺して隙を晒してしまう。
『まずは貴様からだっ!』
ナラシンハが下半身の大顎を開いて飛び掛かってくる。その巨体からは考えられないようなスピードで、不意を突かれた天馬は負傷している事もあって躱しきれない。
「テンマっ!」
だがアリシアが咄嗟に神聖弾を撃ち込んで牽制、妨害する。蜘蛛の怪物は驚くべき事にその多脚のうちの一本を薙ぎ払って神聖弾を打ち消してしまう。しかしその間に天馬が距離を取って、小鈴達が駆けつけてくる時間は稼げた。
「天馬、大丈夫!?」
「ああ、お陰様でな! 来るぜっ!」
天馬は一切臨戦態勢を解かずに警告。3人も各々戦闘態勢を取った。
『殺す……殺す! 原子の塵となれ……!!』
ナラシンハはそれまでの冷徹さをかなぐり捨てたように憤怒と憎悪をむき出しにして襲いかかってくる。巨大な蜘蛛の下半身が撓み、一気に飛び掛かってきた。
「炎帝昇鳳波っ!!」
前衛型の小鈴が前に出て、怪物の突進を受け止める。そしてカウンターで飛び上がるようにして炎に包まれた梢子棍を叩き上げる。
「ぐぅ!!」
そして蜘蛛の怪物の圧力に押し負けた。炎が霧散して剛毛の生えた歩脚が彼女を薙ぎ払う。
「あぐっ!」
辛うじて朱雀翼を間に立ててガードしたが、そのガードごと吹き飛ばされる。
「鬼神崩滅斬!!」
その隙を突いて天馬が反対側から斬りかかる。負傷して本調子ではないとはいえ、それでも尚目にも留まらぬ連撃がナラシンハに斬り付けられる。だが……
「……!?」
何と蜘蛛の歩脚に当たると全て弾かれてしまう。蜘蛛の身体を覆う剛毛が凄まじい強度で天馬の斬撃を弾いてしまったのだ。弾かれて体勢を崩した天馬にナラシンハの追撃が迫る。
「テンマさん!」
そこにシャクティが生み出した6つの光のチャクラムが殺到し、ナラシンハの攻撃を妨害する。奴の身体の硬さは凄まじく、シャクティのチャクラムでも傷つける事ができない。だが牽制の効果はあったらしく、蜘蛛が煩わしそうに歩脚を振り回してチャクラムを払う。
「ならば上か!」
アリシアが上半身のナラシンハに狙いを定めて神聖弾を撃ち込む。すると奴はいつの間に携えていたのか、銀弓クリスナーガを旋回させて神聖弾を打ち払ってしまう。
攻撃は防がれたものの、そもそも防御行動を取った事が重要だ。やはり蜘蛛の身体には殆ど攻撃が効かず、奴にダメージを与えるには上半身の部分を攻撃するしかないようだ。
『塵芥どもが……!』
ナラシンハが憤怒に呻くと、上半身の身体にも変化が現れた。背中からもう一対の腕が生えてきたのだ。その手には何か黒光りする『縄』のような物が握られていた。奴はそれを頭上で高速で旋回させる。
「あ、あれは……まさか【ナーガの縄】!? 皆さん、気をつけて下さい! あの縄に絡め取られると一瞬で動きを封じられてしまいます!」
「……!」
顔を青ざめさせたシャクティの警告に天馬達はより警戒を強める。ナラシンハはクリスナーガを持つ腕で次々と黒い矢を放ってくる。そうしながら天馬や小鈴の攻撃を蜘蛛の身体で受け止めつつ、剛毛とかぎ爪の生えた歩脚を振り回して彼等を寄せ付けない。
そして更に……
「……っ!!」
ナラシンハの背中の腕がナーガの縄を投げつけてくる。神聖砲弾を撃とうと神力を溜めていたアリシアが狙われ、躱せないと悟った彼女の顔がゆがむ。だがその縄を阻むように複数のチャクラムが割り込んだ。
チャクラムのいくつかが縄に当たって消滅したが、辛うじて縄を弾き飛ばす事ができた。ナーガの縄は再びナラシンハの背中の腕に戻る。
「す、済まん……シャクティ」
「いえ、当然の事をしたまでです。さあ、早くその攻撃の準備を再開して下さい!」
ほぼ初対面である為に少しぎこちなく礼を言うアリシアに、シャクティは油断なくナラシンハを見据えながら促した。
ナラシンハは攻撃と防御を兼ね備えた蜘蛛の身体を前面に押し立てつつ、上半身がクリスナーガで相変わらず黒い矢を放ってくる。尚且つ隙を見せると『ナーガの縄』を投げつけてくるという三段構えで、天馬達は4人で攻め立てているというのに突破口が見出だせない。それどころか有効なダメージを与えられないまま、歩脚や黒い矢によってじわじわとこちらのダメージが蓄積させられている。
(ち……このままじゃやべぇな!)
4人がかりで攻めているにも関わらず押されている現状に天馬が歯噛みする。鑿歯を倒した時のようにアリシアの神聖砲弾を撃ち込みたい所だが、先程神力を練り上げているのを見てナラシンハに警戒されたようで、彼女が優先的に狙われていた。
怒り狂っているようで、その実冷静にこちらの戦力を分析しているようだ。アリシアが警戒されている以上、他のメンバーがなんとかするしかないが、天馬も小鈴も決め手を欠いている状態だ。となるとここでは仲間になったばかりのシャクティが鍵になってくる。
「シャクティ! 奴を倒せるのはアンタだけだ! アンタにはまだ出し切ってない力がある! そいつを全部奴にぶつけるんだ! 俺達がサポートする!」
「テ、テンマさん……は、はい! やってみます!」
小鈴とアリシアが必死に食い下がってナラシンハを引き付けている間に、天馬はシャクティを鼓舞する。それを受けて決意と覚悟を漲らせるシャクティ。
『戻れっ!』
シャクティが叫ぶと、ナラシンハを牽制していた光のチャクラムが全て彼女の元に戻ってきた。そして彼女が持つ二振りのチャクラム……ソーマとダラに吸収された。それによって二振りのチャクラムが輝きを増したように見えた。シャクティは瞑想するように目を閉じる。隙だらけだが、天馬が彼女に攻撃が及ばないように露払いを受け持つ。
天馬達のサポートにより神力を練り上げたシャクティが、目をカッと見開く。
『カーリーの抱擁!』
彼女が練り上げた神力を解放すると、持っている二振りのチャクラムが見る見るうちに巨大化し始めて、直径が2メートル近くはありそうな馬鹿げたサイズにまで大きくなった。刃の厚みもそれに比例して太くなっていた。
「い、けえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
そしてその巨大化したチャクラムを……ナラシンハに向けて全力で投擲した!
『……!!』
小鈴達を相手にしていたナラシンハは、迫りくる巨大チャクラムに対する対処が遅れた。躱すのが無理だと判断したナラシンハは、蜘蛛の胴体と歩脚を盾にしてチャクラムを受け止めようとする。
投擲された巨大チャクラムはまるで森林伐採用の電動ノコギリのように高速で回転し、火花を散らしながら蜘蛛の身体に接触する。そして……受け止めようとした歩脚を全て強引に切り落とした!
『何……!?』
ナラシンハの動揺。二振りの巨大チャクラムは、更に蜘蛛の胴体を斬り裂いてナラシンハの上半身に迫る。
『しゃらくさい……!』
ナラシンハは持っているクリスナーガを突き出して円盤を受け止めようとする。二つの神器が接触し、凄まじい神気が大量の火花となって飛び散る。
『ぬぅぅぅぅぅっ!!』
「う、ぐぅぅぅぅ……!」
クリスナーガで受け止めるナラシンハと、チャクラムを投げつけた姿勢のままそれを制御するシャクティ。両者は拮抗……いや、徐々にシャクティの表情が歪み、脂汗の量が多くなる。それと同時に心なしかチャクラムの大きさが縮み始めているような……
この『カーリーの抱擁』という技は威力が高い分大量の神力を消費するらしく、長い間技を維持出来ないのだ。このままではシャクティが押し負ける。
だが……ここで戦っているのはシャクティ1人ではない。
「鬼刃連斬ッ!!」
「連舞気炎弾!」
天馬と小鈴が左右から挟撃するように遠距離攻撃を連撃で撃ち込む。真空刃と火球の連撃を左右から受けたナラシンハは防御を担っていた歩脚が切断されていた事もあって、それらの攻撃がまともにヒットする。
全力を開放したウォーデン相手には牽制程度にしかならないそれらの攻撃も、シャクティの『カーリーの抱擁』と競り合っている状態となれば話は別だ。
『ぬ……が……! おぉ……!!』
万全の状態であればビクともしなかったであろう攻撃にナラシンハが苦鳴を上げる。高い防御力を誇っていた蜘蛛の胴体と歩脚が打ち破られ、奴の本体に直接攻撃が当たっているお陰だ。
そして更にダメ押しが……
「神聖……砲弾!!」
ナラシンハの圧力から解放されたアリシアが、今が好機と神力を練り上げ、シャクティの技と競り合うナラシンハ目掛けて必殺技の神聖砲弾を撃ち込んだ!
『――――っ!!』
さしものウォーデンも4人のディヤウスの同時攻撃の前に、遂にその防御が完全に破られた。神聖砲弾によって蜘蛛の胴体を貫かれ、甚大なダメージにナラシンハが苦悶した。そこに競り合っていたシャクティの巨大チャクラムがクリスナーガを弾き飛ばし……ナラシンハの上半身を真っ二つに両断した!
『うぼあぁぁぁぁ……!!』
大量の血液と黒い魔力を噴き出しながら地面に転がるナラシンハの上半身。蜘蛛の胴体が溶けるように崩れていき、同時に遺跡を覆っていたナラシンハの魔力圧が消えていく。




